47 / 53
第七章
第47話 オールドヴィレッジ
しおりを挟む
オールド・ヴィレッジは、お城から三時間ほどで着いた。
村の中に車は入れないようで、外の駐車場で降ろしてもらう。
「明日の朝七時に、同じこの場所へ」
運転手に言われた。うなずいて歩きだそうとすると、もう一度呼び止められた。封筒を差しだしてくる。中には、お金が入っていた。
「滞在費にどうぞ、というのが伝言です」
やられた! この運転手は部外者だ。突き返すわけにもいかない。さすがは執事グリフレット。ぬかりないわね。
そういえば、グリフレットの携帯番号。思いだしてバッグをさぐると、紙切れはまだあった。電話して感謝を言うか、または、お金は要らないと伝えるか。
いや、それより、もうすぐ部外者になるのだ。この紙すら持ってないほうがいい。紙切れを運転手にあずけた。
「わたしの感謝と、この紙を、わたしてくれる?」
運転手は、ふしぎそうな顔をしたが「わたせば、わかるから」と言うと納得した。グリフレットも、自分の番号を知られたままは気持ち悪いだろう。
「バイバーイ」
運転手に手をふり続けるモリーを引っぱって、わたしたちは村へ入った。
そこは「オールド・ヴィレッジ」という名の通りの村だった。古い中世の街並みが、そのままに再現されている。石造りの一階建て、高くても三階建ての小さな建物が軒をつらねていた。
「ママ、これと一緒!」
モリーがうれしそうに、手提げから騎士カードをだした。クリスマス・プレゼントの中から持ちだしたものだ。箱の裏に書かれた城下町のイラストをわたしに見せる。
「モリー、しまって」
娘に注意して歩きだす。たしかに、いい雰囲気だ。こじんまりした村でかわいい。細かいところもこだわっていて、お店の看板は木だし、道路はアスファルトではなくレンガが敷きつめられていた。
「ワーオ」
わたしとモリーは同時におどろいた。レンガ道の上を黒塗りの馬車が通ったからだ。
とりあえず、予約してもらったホテルを探す。馬のフンを掃除していた甲冑を着た人に教えてもらい、場所がわかった。
にぎやかな通りからは少し外れた、小さなホテル。ここなら、落ち着いて寝ることができそう。グリフレットの配慮に感謝だ。ところが、ホテルのスタッフから、今日は村でカウントダウンのイベントがあると教わった。お店は深夜まで営業し、カウントダウンで花火もあがるらしい。
あまり観光をする気分でもないのだが、モリーが「花火見たい!」と言う。部屋にいても、花火の音は聞こえるだろう。その音に背をむけて、がんばって寝るというのも、むなしいだけかもしれない。
「ちゃんと、お昼寝できる?」
「できる!」
モリーの「できる」ほど、当てにならないものはないが、夜ふかしを許すことにした。日中は出歩かず、ほとんどホテルの部屋ですごした。
モリーは、よほど花火が見たいのか、めずらしくお昼寝してくれた。わたしも昼寝しようと思ったが、今日の〇時にエルウィンが眠ることを考えると、なかなか寝つけなかった。
お昼寝から起きると、もう夕方。外へ出かけることにする。
通りに出て、人の多さにおどろいた。日が暮れてからのほうが、圧倒的に多い。さらにおどろいたのが、フリフリのドレスや燕尾服を着た人とすれちがうことだった。
よく見れば、村のあちこちに貸衣装屋がある。たしかに、この村でドレスを着て写真を取れば、かなり雰囲気がでそう。
また大通りには、ホットワインやパンとチーズといった、食べ物の屋台が出ていた。銀細工や、革の小物入れといった露店もあり、多くの人で賑わっている。
そんな露店の中に、見知った顔を見つけた。会えなかったメイド長、ミランダだ!
ミランダは、クロスをかけたテーブルに、靴をひとつ乗せている。その横に、お金を投げ入れる編みカゴを置いていた。そしてテーブルの前には看板があった。
「幸運の靴、あなたも履いてみませんか? ピッタリの人には賞金差しあげます」
かなり考えた手ではあると思ったが、あやしむ顔をして、通りすぎる人が多い。
「ミランダ!」
「まあ、ジャニス! モリー!」
ミランダと抱き合ってよろこんだ。わたしは靴を指して言った。
「いい手を考えたわね」
「そうでもありません。一日に一〇人ぐらいしか、履いてくれませんわ」
ミランダは渋い顔をしたが、わたしはミランダを心の底から尊敬した。これを無駄な足掻きと言う人とは、友だちになりたくない。
「履いてみます?」
ミランダは笑ってそう冗談を言ったが、わたしは首をふった。
「気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、ミランダ」
そう言っていると、若い女の子たちが、むこうから歩いてくるのが見えた。わたしは大げさに、おどろいてみせる。
「わー、これはすごい! 何年前の靴なんだろう」
女の子たちが、こちらを見た。
「ありがとう、良い物を見せてもらったわ!」
これまた大声で言って、ポケットから小銭をだし、編みカゴに投げ入れた。わたしが去ったあとに、女の子たちがミランダに話しかけていた。うまくいった。
そろそろ、ほんとに空腹になってきた。通りに面したレストランに入ったが、あいにく予約でいっぱい。いくつかの店をまわって、やっと席にありつく。
苦労して得た食事のわりに、モリーは半分ほど食べると飽きたらしい。ハンバーグをつついて遊びはじめた。
「モリー、ちゃんと食べなさい」
「やだ! ママのご飯の方がいい」
お褒めいただいたのは嬉しいが、声が大きい。少しあせる。わたしの感想としては、価格と味が、まったく釣り合っていなかった。わたしのほうのハンバーグなんて焦げている。まあ観光地だ。がまんしよう。しかし、この料理を、もし前メイド長のドロシーが食べたら、なんて言うだろう。
「これを作られたのは、どなたでしょうか?」
涼しい顔をして言いそうな気がする。わたしはドロシーに怒られないような料理を作り続けよう。それがきっと、ドロシーへの恩返しになる気がする。
村の中に車は入れないようで、外の駐車場で降ろしてもらう。
「明日の朝七時に、同じこの場所へ」
運転手に言われた。うなずいて歩きだそうとすると、もう一度呼び止められた。封筒を差しだしてくる。中には、お金が入っていた。
「滞在費にどうぞ、というのが伝言です」
やられた! この運転手は部外者だ。突き返すわけにもいかない。さすがは執事グリフレット。ぬかりないわね。
そういえば、グリフレットの携帯番号。思いだしてバッグをさぐると、紙切れはまだあった。電話して感謝を言うか、または、お金は要らないと伝えるか。
いや、それより、もうすぐ部外者になるのだ。この紙すら持ってないほうがいい。紙切れを運転手にあずけた。
「わたしの感謝と、この紙を、わたしてくれる?」
運転手は、ふしぎそうな顔をしたが「わたせば、わかるから」と言うと納得した。グリフレットも、自分の番号を知られたままは気持ち悪いだろう。
「バイバーイ」
運転手に手をふり続けるモリーを引っぱって、わたしたちは村へ入った。
そこは「オールド・ヴィレッジ」という名の通りの村だった。古い中世の街並みが、そのままに再現されている。石造りの一階建て、高くても三階建ての小さな建物が軒をつらねていた。
「ママ、これと一緒!」
モリーがうれしそうに、手提げから騎士カードをだした。クリスマス・プレゼントの中から持ちだしたものだ。箱の裏に書かれた城下町のイラストをわたしに見せる。
「モリー、しまって」
娘に注意して歩きだす。たしかに、いい雰囲気だ。こじんまりした村でかわいい。細かいところもこだわっていて、お店の看板は木だし、道路はアスファルトではなくレンガが敷きつめられていた。
「ワーオ」
わたしとモリーは同時におどろいた。レンガ道の上を黒塗りの馬車が通ったからだ。
とりあえず、予約してもらったホテルを探す。馬のフンを掃除していた甲冑を着た人に教えてもらい、場所がわかった。
にぎやかな通りからは少し外れた、小さなホテル。ここなら、落ち着いて寝ることができそう。グリフレットの配慮に感謝だ。ところが、ホテルのスタッフから、今日は村でカウントダウンのイベントがあると教わった。お店は深夜まで営業し、カウントダウンで花火もあがるらしい。
あまり観光をする気分でもないのだが、モリーが「花火見たい!」と言う。部屋にいても、花火の音は聞こえるだろう。その音に背をむけて、がんばって寝るというのも、むなしいだけかもしれない。
「ちゃんと、お昼寝できる?」
「できる!」
モリーの「できる」ほど、当てにならないものはないが、夜ふかしを許すことにした。日中は出歩かず、ほとんどホテルの部屋ですごした。
モリーは、よほど花火が見たいのか、めずらしくお昼寝してくれた。わたしも昼寝しようと思ったが、今日の〇時にエルウィンが眠ることを考えると、なかなか寝つけなかった。
お昼寝から起きると、もう夕方。外へ出かけることにする。
通りに出て、人の多さにおどろいた。日が暮れてからのほうが、圧倒的に多い。さらにおどろいたのが、フリフリのドレスや燕尾服を着た人とすれちがうことだった。
よく見れば、村のあちこちに貸衣装屋がある。たしかに、この村でドレスを着て写真を取れば、かなり雰囲気がでそう。
また大通りには、ホットワインやパンとチーズといった、食べ物の屋台が出ていた。銀細工や、革の小物入れといった露店もあり、多くの人で賑わっている。
そんな露店の中に、見知った顔を見つけた。会えなかったメイド長、ミランダだ!
ミランダは、クロスをかけたテーブルに、靴をひとつ乗せている。その横に、お金を投げ入れる編みカゴを置いていた。そしてテーブルの前には看板があった。
「幸運の靴、あなたも履いてみませんか? ピッタリの人には賞金差しあげます」
かなり考えた手ではあると思ったが、あやしむ顔をして、通りすぎる人が多い。
「ミランダ!」
「まあ、ジャニス! モリー!」
ミランダと抱き合ってよろこんだ。わたしは靴を指して言った。
「いい手を考えたわね」
「そうでもありません。一日に一〇人ぐらいしか、履いてくれませんわ」
ミランダは渋い顔をしたが、わたしはミランダを心の底から尊敬した。これを無駄な足掻きと言う人とは、友だちになりたくない。
「履いてみます?」
ミランダは笑ってそう冗談を言ったが、わたしは首をふった。
「気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、ミランダ」
そう言っていると、若い女の子たちが、むこうから歩いてくるのが見えた。わたしは大げさに、おどろいてみせる。
「わー、これはすごい! 何年前の靴なんだろう」
女の子たちが、こちらを見た。
「ありがとう、良い物を見せてもらったわ!」
これまた大声で言って、ポケットから小銭をだし、編みカゴに投げ入れた。わたしが去ったあとに、女の子たちがミランダに話しかけていた。うまくいった。
そろそろ、ほんとに空腹になってきた。通りに面したレストランに入ったが、あいにく予約でいっぱい。いくつかの店をまわって、やっと席にありつく。
苦労して得た食事のわりに、モリーは半分ほど食べると飽きたらしい。ハンバーグをつついて遊びはじめた。
「モリー、ちゃんと食べなさい」
「やだ! ママのご飯の方がいい」
お褒めいただいたのは嬉しいが、声が大きい。少しあせる。わたしの感想としては、価格と味が、まったく釣り合っていなかった。わたしのほうのハンバーグなんて焦げている。まあ観光地だ。がまんしよう。しかし、この料理を、もし前メイド長のドロシーが食べたら、なんて言うだろう。
「これを作られたのは、どなたでしょうか?」
涼しい顔をして言いそうな気がする。わたしはドロシーに怒られないような料理を作り続けよう。それがきっと、ドロシーへの恩返しになる気がする。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる