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第六章

第45話 最後のツリー

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「最後は、僕が作ってみよう」

 エルウィンの言葉に、みんなが驚愕した。

 夕食は、ダンスホールを使うことになった。エルウィンはメイドたちの手を借り、大きな鍋をコンロにかける。スープを作るらしい。この大鍋のスープは、昔に狩猟場で、よくやったそうだ。

「床が傷みます!」

 執事グリフレットは反対したが、大工たちが反論した。

「そんなもの、おれたちがいくらでもなおす!」

 その一言で決まった。

 大鍋を、お城でぐつぐつ煮る。場所といい古い大鍋といい、まるで魔女が作る毒鍋だったが、匂いは素晴らしい。ガーリックとジンジャーの匂いが、とても食欲をそそる。

 これが最後の夕食。エルウィンだけでなく、この場にいるすべての人と別れがたかった。みんなとしゃべっていると、あっという間に鍋はできた。深めの皿に、鶏肉のかたまりとジャガイモを入れてもらう。

 ベンチの一つに、モリーと腰かけた。残念ながら、エルウィンの料理は、美味しいとは言えなかった。でも、いい思い出にはなった。みんなも満足そうに食べている。食べていると、執事があらわれた。

「明日の飛行機は、午前一〇時の出発でよろしいですか?」

 わたしは、お皿をベンチの上に置いて、執事とむきあった。

「そのことなんですが、空港の近くに、ホテルなんかありません?」

 執事は首をひねった。わたしの言った意味が、わからなかったようだ。

「飛行機の中で、新年を迎えたくないんです。この城でなくとも、この地で新年を迎え、そしてお別れしたいのです」

 今度は理解してくれた。うなずいて、しばらく考える。

「街とは反対の方向にオールド・ヴィレッジ、と呼ばれる観光地があります。そこなら宿泊施設もありますし、年末でにぎわっているでしょう。いかがです?」

 にぎわってなくていい。静かな場所で休みたかったが、あまり無理も言えない。

「ママ、明日帰るの?」
「そうよ。そろそろ、おうちに帰りましょうね」
「やだ!」

 モリーは、かけだして行ってしまった。

「泊まるのはそこでいいです」

 執事に伝え、モリーを追う。モリーは人のあいだをすり抜けて逃げまわった。走るたびに、せっかくしきつめた枯れ葉が舞う。スタンリーたちが作った散歩道が台なしだ。

 会場の中央で、エルウィンがツリーを見あげていた。モリーは走り寄り、その足に抱きついた。

「モリー!」

 わたしの声に気づいたエルウィンは、モリーを抱えあげた。

「どうした? お姫様」

 モリーは答えず、エルウィンの首に、ぎゅっとしがみつく。

「明日帰るので、ちょっとすねてるのよ」
「そうか」

 エルウィンは、そう言うと、ぎゅっとモリーを抱きしめ返した。

「また来てもいい?」

 モリーが首から手を離して聞く。エルウィンはモリーを降ろし、しゃがんでモリーの両手をにぎった。

「ドロシーを知ってるね」

 モリーがうなずく。

「もう九二歳だそうだ。モリーも、うんと長く生きてれば、また会えるよ。うんと長く生きて欲しい。心からもう一度会いたいと願っているよ」

 おそらく、意味はわからなかっただろう。でも、もう一度会いたいと言われて、モリーは納得したようだった。

「ほら、最後にクリスマスツリーをよく見ておこう」

 モリーが、エルウィンとつないだ反対の手を、わたしに伸ばしてきた。わたしはその手をにぎり、ふたりと同じように、ツリーを見あげる。

 こんな気持ちでツリーを見あげることは、もう生涯ないだろう。

「ありがとう、ジャニス」

 彼がわたしの方をむいて言った。わたしは笑顔で答えた。

「さようならエルウィン」
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