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第六章

第39話 大工のひみつ

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 玄関に出た。大工長のパットが階段にすわっている。

「では、お願いパット」

 大工長は腰をあげた。一団のうしろを見る。カーラとビバリーが、ついて来ていた。

「あんまり、大勢には見せたくねえんだがなあ」

 そう言って歩きだした。北側にある雑木林の道を進む。通ったことがない道だ。林を抜けると、大きなコンクリートの倉庫があった。真四角で、巨大な箱のよう。

「これは、はじめて見るな」

 エルウィンが、おどろいている。

「なにこれ? こんなのが敷地にあったなんて」

 メイドのふたりも、目を大きくしている。

「わしら、大工たちが使う建物だ。じゃあ次に、庭師のほうへ」

 大工長は、そう言って道を引き返そうとする。わたしは、大工長の前に立ちふさがった。

「パット! お願い、ちゃんと案内して」

 大工長は嫌そうな顔をした。帽子を脱ぎ、あたまをかく。

「しょうがねえなあ」

 そう言って帽子を被りなおす。ポケットからリモコンをだして、ボタンを押した。正面にある巨大な扉が、ゆっくり動きはじめる。そこには、様々な木材が保管されていた。立てかけている丸太もあれば、大きな棚に積み上げられた板もある。

「ここは、木の倉庫だ」

 大工長が言った。みんなで倉庫に入っていく。高い天井を見あげた。三階建てぐらいの高さだろう。壁には、巨大な換気扇が二機まわっている。

「こんなに予備の木が必要なのか? 城はそれほど、傷んでいるとは思えないが」

 エルウィンが、ふしぎそうに聞く。大工長が、ふり返って答えた。

「ここは、木を寝かせておるんです」
「寝かせる?」
「切ったばかりの木は、新しくて使えません」
「ちょっと大工だけ贅沢すぎない? あたしらは、昔からの貯蔵庫で我慢してるのに」

 そう文句をつけたのは、メイドのカーラだ。たしかに材木置場にしては立派だ。大工長は、また帽子をとって頭をかいた。

「十年ほど前に、泥棒に入られちまって。木ってやつは思いのほか金になる。それから、この倉庫を作ったってわけだ」
「盗まれたのは、いくらぐらいの?」

 わたしは聞いてみた。自宅のキッチンにつけた板は、八ドルほどだった。

「一万ドルぐらいのやつが、一〇本」
「一万ドル! 木の板が?」
「いや、板じゃねえ、丸太だ」

 そうだとしても高い! 倉庫があるのは執事から聞いていた。まさか木の値段が、そんなに高いとは。

「あれが、盗まれなくて良かった」

 大工長が、右の奥を指した。

「一番奥の丸太は、マホガニーだ。百年ほど前に先代たちが、キューバから仕入れた」

 マホガニー。アンティークショップで目が飛び出るぐらい、高かったキャビネットを見たことがある。

「いまじゃ、ワシントン条約なんて面倒もあるんで、いいやつは手に入らねえ。値段は、聞かねえほうがいいぞ」

 大工長は、わたしを見て、にやっと笑った。言われなくても、怖くて聞けない。大工長は次に左を指した。

「左の壁に立てかけてあるのは、オーク材やパイン材。切った年代が、全部ちがう」
「なるほど、色合いか」

 エルウィンは合点がいったようだ。

「色合いもそうですが、薬品で多少は、ごまかせます。面倒なのは目のつまり具合で」
「そこまで合わせるのか!」
「木目、というのは同じものがねえです。しかし、なるべく似たのを探します」

 大工長は一団を連れて、さらに奥に進む。もう一度リモコンを押した。二メートルほどの高さの扉が、電動でひらいていく。

 奥は作業場になっていた。三人の大工が、それぞれ作業台にむかっている。手前の作業台では、知った顔が木のドアノブを作っていた。数学者のような、くしゃくしゃ頭。若き大工のナサニエルだ。

「あら? それ、見たことがあるわね」

 どこかで見たような、ドアノブだった。うしろから、カーラに服を引っぱられた。

「カーラ、ほんとよ? どこかで」

 ナサニエルは、もう一個のドアノブを見せた。マジックで黒く塗られている。

「お嬢さんが、塗りました」

 わたしは、口をあんぐりあけて、まわりを見た。みんなが、わたしを見ている。

「だから聞かなくていいのに」

 うしろでカーラが、ぼそっとつぶやいた。モリーは、あとでしかるとして、わたしは今一度、片手をあげた。

「次! 次、行きましょう!」

 大工たちも連れて、倉庫を出た。
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