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第四章
第26話 メイド長のむすめと前執事
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娘の姿は、探すまでもなく食堂で見つけた。
前メイド長のドロシーと、テーブルの上で、なにやら絵を書いている。反対に、現メイド長ミランダの姿はなかった。ほかには一〇人近くのメイドたちが、ところせましと働いている。これは新旧のメイドが勢ぞろいなんだろう。
「ちょっと通りますよ!」
わたしたちの前を女性が横切った。メイド服に身を包んでいたが、ほかのメイドにくらべ、太っていて松葉杖をついている。ひざに包帯を巻いているのを見ると、ひざが悪いのだろう。
「レベッカ」
「レベッカ?」
「ああ、何ヶ月かまえに辞めた女性だ。そうか、足が悪かったのか」
レベッカは、エルウィンに気づかなかったようだが、十二か十三歳ごろの、小さなメイドが、わたしたちの前に来た。
スカートを持ち、すっとしゃがんで挨拶をする。なんて上品な子。
「クロエと申します。母ミランダが、いつもお世話になっています。本日は、お招きいただきありがとうございます」
メイド長の娘! これは、さすがと言うべきだろうか。
わたしが、もし死ぬことになったら、モリーはメイド長に預けよう、そう思った。そして、この子はエルウィンの秘密を知っている。彼を見る目が、きらきらに輝いていた。それはそうだ。伝説の王子様なのだから。
クロエに聞くところ、モリーは邪魔になってないようだ。いまはドロシーと一緒に「七色のババロア」を考えているらしい。長居をして、みんなの邪魔をしても悪い。ほかに行くことにした。
お城の中は、いたるところで大忙しだ。とくに掃除婦が走りまわっている。それでも決して誰も、あわててはいない。
エルウィンが「舞踏会場を見に行こう」と言い、心がおどった。彼と彼女が出会う、運命的なシーンの場である。
いまで言うダンスホールは、内庭をひとつ抜けたさきにあった。入り口には大きな扉。その扉をあけると会場かと思ったら、なんと待合室。それでも、かなりの広さ。落ちついた雰囲気の客室とはまたちがう、豪華な豪華な部屋づくり。
壁は大きな壁画になっていて、なにかの神話が描かれていた。地上の女性を巡って、空と海の神が戦う。おそらくそんな話。その壁画の両端には、金糸の刺繍がされたビロードの幕が垂れさがる。
あちこちに目を奪われながら、いざ会場へ入ろうとすると、男が立ちふさがった。さきほど上から見た、バトラースーツの老紳士だ。
「もうしわけございません。準備中でございます」
扉のむこうからは、トンカチを叩く音や、作業の声が聞こえる。
「バートランドだな、前の執事の。エルウィンだ」
エルウィンは手を差しだした。
「もちろん、存じあげております」
うやうやしく、前執事が両手でにぎり返す。ふるえているのに気づいた。それほど敬愛しているのに、会うのが今日やっと、というのがやるせない。
「リベラ婦人、ようそこ我が君の城へ」
「ジャニスで」
わたしも握手しようと手を差しだしたら、手の甲にキスされて、びっくりした。
「あなたが、後任にグリフレットを選んだ、前の執事さん?」
「左様でございます」
「ずいぶんちがうタイプですね。あなたと比べると」
「私は元々、ここの農夫でして」
そう言われれば、ふれた手は、ごつごつした大きな手だった。
「いまは複雑な時代でございます。数字に強いほうが良いでしょう」
「でも、まだまだ、お元気そうです」
前執事は高齢そうだが、背筋もしっかりし、まだ充分に働けそうだった。
「明日の天気さえ気にしておれば良い時代は、とうの昔に去りました」
笑った前執事は、少し、さみしげに見えた。
「まあ、センチメンタルの欠片もない男のほうが、この時代を乗り切れると思います」
なるほど、執事の世界も色々と大変そうだ。
「それで、僕らは見てもいいだろう?」
「なりませぬ。主催者である、モリー様以外はご遠慮ください」
ぴしゃり! そう言われると、むりに入る理由もない。ダンスホールをあとにし、庭に出ることにした。
前メイド長のドロシーと、テーブルの上で、なにやら絵を書いている。反対に、現メイド長ミランダの姿はなかった。ほかには一〇人近くのメイドたちが、ところせましと働いている。これは新旧のメイドが勢ぞろいなんだろう。
「ちょっと通りますよ!」
わたしたちの前を女性が横切った。メイド服に身を包んでいたが、ほかのメイドにくらべ、太っていて松葉杖をついている。ひざに包帯を巻いているのを見ると、ひざが悪いのだろう。
「レベッカ」
「レベッカ?」
「ああ、何ヶ月かまえに辞めた女性だ。そうか、足が悪かったのか」
レベッカは、エルウィンに気づかなかったようだが、十二か十三歳ごろの、小さなメイドが、わたしたちの前に来た。
スカートを持ち、すっとしゃがんで挨拶をする。なんて上品な子。
「クロエと申します。母ミランダが、いつもお世話になっています。本日は、お招きいただきありがとうございます」
メイド長の娘! これは、さすがと言うべきだろうか。
わたしが、もし死ぬことになったら、モリーはメイド長に預けよう、そう思った。そして、この子はエルウィンの秘密を知っている。彼を見る目が、きらきらに輝いていた。それはそうだ。伝説の王子様なのだから。
クロエに聞くところ、モリーは邪魔になってないようだ。いまはドロシーと一緒に「七色のババロア」を考えているらしい。長居をして、みんなの邪魔をしても悪い。ほかに行くことにした。
お城の中は、いたるところで大忙しだ。とくに掃除婦が走りまわっている。それでも決して誰も、あわててはいない。
エルウィンが「舞踏会場を見に行こう」と言い、心がおどった。彼と彼女が出会う、運命的なシーンの場である。
いまで言うダンスホールは、内庭をひとつ抜けたさきにあった。入り口には大きな扉。その扉をあけると会場かと思ったら、なんと待合室。それでも、かなりの広さ。落ちついた雰囲気の客室とはまたちがう、豪華な豪華な部屋づくり。
壁は大きな壁画になっていて、なにかの神話が描かれていた。地上の女性を巡って、空と海の神が戦う。おそらくそんな話。その壁画の両端には、金糸の刺繍がされたビロードの幕が垂れさがる。
あちこちに目を奪われながら、いざ会場へ入ろうとすると、男が立ちふさがった。さきほど上から見た、バトラースーツの老紳士だ。
「もうしわけございません。準備中でございます」
扉のむこうからは、トンカチを叩く音や、作業の声が聞こえる。
「バートランドだな、前の執事の。エルウィンだ」
エルウィンは手を差しだした。
「もちろん、存じあげております」
うやうやしく、前執事が両手でにぎり返す。ふるえているのに気づいた。それほど敬愛しているのに、会うのが今日やっと、というのがやるせない。
「リベラ婦人、ようそこ我が君の城へ」
「ジャニスで」
わたしも握手しようと手を差しだしたら、手の甲にキスされて、びっくりした。
「あなたが、後任にグリフレットを選んだ、前の執事さん?」
「左様でございます」
「ずいぶんちがうタイプですね。あなたと比べると」
「私は元々、ここの農夫でして」
そう言われれば、ふれた手は、ごつごつした大きな手だった。
「いまは複雑な時代でございます。数字に強いほうが良いでしょう」
「でも、まだまだ、お元気そうです」
前執事は高齢そうだが、背筋もしっかりし、まだ充分に働けそうだった。
「明日の天気さえ気にしておれば良い時代は、とうの昔に去りました」
笑った前執事は、少し、さみしげに見えた。
「まあ、センチメンタルの欠片もない男のほうが、この時代を乗り切れると思います」
なるほど、執事の世界も色々と大変そうだ。
「それで、僕らは見てもいいだろう?」
「なりませぬ。主催者である、モリー様以外はご遠慮ください」
ぴしゃり! そう言われると、むりに入る理由もない。ダンスホールをあとにし、庭に出ることにした。
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