22 / 53
第四章
第22話 モリーの願いごと
しおりを挟む
勝手がちがう調理場にも、だんだん慣れてきた。
そう思っていると、とつぜん、食堂内の人たちから拍手がわき起こった。城のあるじが来たのかと思いきや、ちがった。入ってきたのは小さな王女? いやモリーだ!
娘のモリーは、ピンクのドレスを着ていた。ふわふわのチュールを重ねたデザインが、なんともかわいらしい。あたまにはシルバーの髪飾りまでつけていた。モリーが調理場のわたしを見つけて、かけよってくる。そのうしろからメイド長も入ってきた。満面の笑みで。
「やりたかったことが叶いましたわ。すっきりした!」
「普通の服でもいいのに。でもありがとう」
「大人用も着せてみたいのですけどねぇ」
「それは辞退します」
メイド長がむくれていると、一気に一〇人ほどが入ってきた。これはコーヒーを入れなおさないと。
「手伝わせましょう。カーラ、フローラ、ビバリー!」
メイド長に呼ばれた三人のメイドは、さっと口元をハンカチでぬぐうと、自らの食器を持って、立ちあがった。
「さあさあ、お姫様は、朝ごはんにしましょう」
メイド長はそう言って、モリーの手を引いてくれた。
「さすがです。あなたたち、母娘は」
背後から急に声をかけられて、びっくりした。
「グリフレット! おどかさないでよ」
「目立たぬのも、執事の重要な資質です」
「それにしても、みんな朝早くから元気ですね」
わたしの言葉に、執事が首をかしげて言った。
「それはそうでしょう。準備がありますので」
今度は、わたしが首をかしげた。
「おや、ご存じありませんか? ご令嬢のご活躍を」
「モリーの?」
聞けばちょうど、わたしとメイドのカーラが、白ワインを飲んでいた時の話。モリーと食事をしていたエルウィンは、ふと「クリスマスにプレゼントはいるかな?」と聞いたらしい。あまりに色々ありすぎて忘れていた。今日はクリスマス・イブだ。
「なんと言ったんです? モリーは」
「みんなでクリスマス・パーティー」
「それは」
「はい。無理だと、我が君は申しあげたそうですが」
「まさか、ごねました?」
執事は大きく、うなずいた。
「それは見事な、ごねっぷりだったそうで。スケート靴やおもちゃといった代案も、一切拒否です」
ごねる姿が目に浮かぶ。しかも最後には泣く。
「これには、我が君も折れるしかありません。そこからさらにツリーや食べたい物など、あれやこれやの」
もう、いたたまれなくて、聞くのが辛い。わたしは食堂を見まわした。それで、こんなに朝から人が多いのか。さきほどの庭師と思われる三人は、追加のチーズサンドをほおばりながら、図面をかこみ熱心に話し込んでいる。
「あれは西の森から、モミの木を切りだす計画です。庭師たちが昨夜、一番良いモミの木を探しだしました」
「そんな大げさな!」
「当然です。おそらく何百年ぶりかの晩餐会」
執事は、眼鏡をあげなおした。
「今宵は、使用人一同の矜持が、かかっております」
「きょうじ?」
「誇り、いや、使命とも言えましょう。ご期待を」
あっけに取られるわたしを置き、執事は去っていった。
「フローラ! 言ってくれれば良かったのに」
うしろで食器を洗っていたフローラに言った。フローラは、エルウィンとモリーが食事をした席にいたはずだ。
「すいません! 反対されるかと思って」
「もう!」
わたしはそう言いながら、フランパンに火を入れる。
「ジャニス、あまり妹を責めないでください。あたしも大賛成です」
カーラが何も言われずとも新しい皿をだした。
「今日は、アラームより早く起きました。こんな緊張感、はじめてです」
カーラが真剣な顔で言う。わたしはただ、もうしわけないばかりだ。
「ちゃちゃっと気楽にやって。お願いよ」
モリーが満足すればいいだけだ。軽いパーティーにしてもらおう、わたしはそう思った。
そう思っていると、とつぜん、食堂内の人たちから拍手がわき起こった。城のあるじが来たのかと思いきや、ちがった。入ってきたのは小さな王女? いやモリーだ!
娘のモリーは、ピンクのドレスを着ていた。ふわふわのチュールを重ねたデザインが、なんともかわいらしい。あたまにはシルバーの髪飾りまでつけていた。モリーが調理場のわたしを見つけて、かけよってくる。そのうしろからメイド長も入ってきた。満面の笑みで。
「やりたかったことが叶いましたわ。すっきりした!」
「普通の服でもいいのに。でもありがとう」
「大人用も着せてみたいのですけどねぇ」
「それは辞退します」
メイド長がむくれていると、一気に一〇人ほどが入ってきた。これはコーヒーを入れなおさないと。
「手伝わせましょう。カーラ、フローラ、ビバリー!」
メイド長に呼ばれた三人のメイドは、さっと口元をハンカチでぬぐうと、自らの食器を持って、立ちあがった。
「さあさあ、お姫様は、朝ごはんにしましょう」
メイド長はそう言って、モリーの手を引いてくれた。
「さすがです。あなたたち、母娘は」
背後から急に声をかけられて、びっくりした。
「グリフレット! おどかさないでよ」
「目立たぬのも、執事の重要な資質です」
「それにしても、みんな朝早くから元気ですね」
わたしの言葉に、執事が首をかしげて言った。
「それはそうでしょう。準備がありますので」
今度は、わたしが首をかしげた。
「おや、ご存じありませんか? ご令嬢のご活躍を」
「モリーの?」
聞けばちょうど、わたしとメイドのカーラが、白ワインを飲んでいた時の話。モリーと食事をしていたエルウィンは、ふと「クリスマスにプレゼントはいるかな?」と聞いたらしい。あまりに色々ありすぎて忘れていた。今日はクリスマス・イブだ。
「なんと言ったんです? モリーは」
「みんなでクリスマス・パーティー」
「それは」
「はい。無理だと、我が君は申しあげたそうですが」
「まさか、ごねました?」
執事は大きく、うなずいた。
「それは見事な、ごねっぷりだったそうで。スケート靴やおもちゃといった代案も、一切拒否です」
ごねる姿が目に浮かぶ。しかも最後には泣く。
「これには、我が君も折れるしかありません。そこからさらにツリーや食べたい物など、あれやこれやの」
もう、いたたまれなくて、聞くのが辛い。わたしは食堂を見まわした。それで、こんなに朝から人が多いのか。さきほどの庭師と思われる三人は、追加のチーズサンドをほおばりながら、図面をかこみ熱心に話し込んでいる。
「あれは西の森から、モミの木を切りだす計画です。庭師たちが昨夜、一番良いモミの木を探しだしました」
「そんな大げさな!」
「当然です。おそらく何百年ぶりかの晩餐会」
執事は、眼鏡をあげなおした。
「今宵は、使用人一同の矜持が、かかっております」
「きょうじ?」
「誇り、いや、使命とも言えましょう。ご期待を」
あっけに取られるわたしを置き、執事は去っていった。
「フローラ! 言ってくれれば良かったのに」
うしろで食器を洗っていたフローラに言った。フローラは、エルウィンとモリーが食事をした席にいたはずだ。
「すいません! 反対されるかと思って」
「もう!」
わたしはそう言いながら、フランパンに火を入れる。
「ジャニス、あまり妹を責めないでください。あたしも大賛成です」
カーラが何も言われずとも新しい皿をだした。
「今日は、アラームより早く起きました。こんな緊張感、はじめてです」
カーラが真剣な顔で言う。わたしはただ、もうしわけないばかりだ。
「ちゃちゃっと気楽にやって。お願いよ」
モリーが満足すればいいだけだ。軽いパーティーにしてもらおう、わたしはそう思った。
1
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる