ガラスの靴の行方 私が過ごした秘密の城のクリスマス10日間

代々木夜々一

文字の大きさ
上 下
20 / 53
第四章

第20話 わたしの特技

しおりを挟む
 ぶつけた噴水の夢で飛び起きる。

 また夜明け前に目がさめた。今日こそ、ゆっくり寝ようと思ってたのに! 悪夢というより、びっくりした夢で、まだ心臓が早い。気を落ち着かせようとベッドからおりて、窓辺のテーブルにすわった。

 外を見る。まだ真っ暗だ。ふと、テーブルの上に置いたスノードロップに、新しい花が咲いているのを見つけた。これで白く小さな花は三つになった。ほかの蕾も膨らみはじめている。花とは、たいした生き物だ。この夜明け前の暗闇でも、わたしをなごませるんだから。

 城内はとても静かだった。娘の寝息だけが、かすかに聞こえる。いい意味で疲れているのだろう。一日中、遊びっぱなしだ。

 いつもなら保育園が終われば、わたしを待つだけの毎日。ところが、このお城では、いつでも誰かが遊んでくれる。おまけに、走りまわる広さには困らない。楽しくて仕方がないだろう。

 モリーを起こさないように、そっとバスルームに行ってシャワーを浴びる。

 思えばわたしも、仕事をしないでいいだけでなく、家事もない。なにも考えないでいいとは、何年ぶり? 学生のとき以来かも。

 わたしにとっても、モリーにとっても、思いがけない休暇だ。それがここまで、さんざんだった。

 一日目、斧をふりまわした。二日目、また斧をふりまわした。どちらも、元は、わたしが悪いけれど。

 今日こそ、なにもなく一日が終わりますように! そう願いながらシャワーを浴びていると、思いだした。そろそろ、自分たちの服を調達しなきゃ。

 チェンと一緒に帰ることもできたが、年末まで、いるように勧められた。もちろんそうする。点けっぱなしのエアコンは気になったが、それどころではない。お城で生活している、そんな自分が信じられない!

 あらためて感動しながらバスルームを出ると、テーブルの上に服が用意されていた。下着も肌着も用意してくれていたが、思わず「もう」と言ってしまった。ジーンズでいいと言ったのに、ベージュのスカートと白いブラウスだった。嫌々ながら着てみたが、意外と着ごごちはいい。

 いや、良すぎる。ウエストはぴったりで、スカートの長さもちょうどいい。なによりブラウスが楽だった。思わず肩をまわしてみる。かた苦しい服は、きゅうくつで苦手なのに、それがまったくない。まるで、わたしのための服だ。わたしの?

 いてもたってもいられず、階段をかけおりた。メイド長のミランダを探す。調理場で、お湯をわかしているメイド長を見つけた。

「ミランダ!」
「おやまあ、すいぶんお早いですね」

 メイド長は、わたしの服を見て得意げに笑った。

「どうです? 三〇ドルも」

 その言葉が終わらないうちに、抱きついた。もう嬉しくて、たまらなかった。生まれて初めて、自分のために仕立てた服を着たのだから。

「気に入りました?」
「最高!」
「既製品のサイズを、なおしただけですよ」

 なおしただけ! できる人が言うとそうなのか。わたしなら、はずれたボタンをつけるだけでも一苦労だ。お湯がわく音がしたので、メイド長を離した。

「ミランダ、いまはなにを?」
「ええ、これから、使用人たちの朝食を仕込みます」

 ふふ、と笑いが込みあげた。

「ジャニス?」

 神か魔法使いに感謝しよう、こんなに早く恩を返せるとは。

「ミランダ、わたしは朝食を作るのが得意なんだ!」

 わたしは笑いながら、気合いを入れてブラウスのそでをまくった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

姫の歳月〜貴公子に見染められた異形の姫は永遠の契りで溺愛される

花野未季
恋愛
最愛の母が亡くなる際に、頭に鉢を被せられた “鉢かぶり姫” ーー以来、彼女は『異形』と忌み嫌われ、ある日とうとう生家を追い出されてしまう。 たどり着いた貴族の館で、下働きとして暮らし始めた彼女を見染めたのは、その家の四男坊である宰相君。ふたりは激しい恋に落ちるのだが……。 平安ファンタジーですが、時代設定はふんわりです(゚∀゚) 御伽草子『鉢かづき』が原作です(^^; 登場人物は元ネタより増やし、キャラも変えています。 『格調高く』を目指していましたが、どんどん格調低く(?)なっていきます。ゲスい人も場面も出てきます…(°▽°) 今回も山なしオチなし意味なしですが、お楽しみいただけたら幸いです(≧∀≦) ☆参考文献)『お伽草子』ちくま文庫/『古語辞典』講談社 ☆表紙画像は、イラストAC様より“ くり坊 ” 先生の素敵なイラストをお借りしています♪

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...