ガラスの靴の行方 私が過ごした秘密の城のクリスマス10日間

代々木夜々一

文字の大きさ
上 下
18 / 53
第三章

第18話 恋の修羅場

しおりを挟む
 物音を聞きつけて、人が集まってきた。

「最近、よく見ますな。こういう光景を」

 そう言ったのは、執事。一気に恥ずかしくなった。

「ジャニス、大丈夫。いっしょに帰ろう」

 ケーキナイフの刃先が揺れている。近づこうとしたが、またエルウィンが止めた。エルウィンは、チェンの顔をじっと見ていたが、なにかに気づいた。

「そうか、あの店の。きみは、ジャニスの同僚だな」
「そうだ」
「たいしたものだ。ここまでくるとは」
「ジャニスをはなせ!」
「きみはジャニスの恋人か?」

 なにを言いだすんだろう? この城主は。

「待ってエルウィン、言ったら、おばさんと子供よ」
「年齢は関係ない。きみが好きだから、追いかけてきたのだろう」
「ちがうの。チェンはね、わたしが」

 エルウィンは説明を聞かず、説得をはじめた。

「僕とジャニスは恋仲ではない。ただの知り合いだ。誤解しなくていい」
「ちがう!」

 チェンが大声でさけんだ。

「ジャニスは、おれに優しい、たったひとりの同僚だ!」
「では、好きではないのか?」
「好きって、料理をすべて教えてくれたのはジャニスだ。返しきれない恩がある」

 ああ、もう聞いてられない! まわりを見た。庭師のひとりが、手に斧を持っている。その斧をぶんどった。持ちにくくて腹が立ってくる。なんで斧なのよ、いっつも! 片手では重くて持てず、両手で持ってさかさにした。斧の刃を首筋に当てる。自分の。

「チェン! ケーキナイフ捨てないと、首をかっ切るわよ!」

 チェンは動揺して、わたしにナイフをむけた。なんで、わたしにむけるのよ。

「わたしはここに遊びに来てるの! わかった?」

 チェンが右へ左へ首をふる。混乱に輪をかけてしまったようだ。エルウィンまで、動揺した顔をした。

「ジャニス危ない。よしてくれ。よし、チェンと言ったな。とりあえずきみは、刃物を置こう」

 チェンが、エルウィンに刃物をむける。

「彼を傷つけたら、許さないわよ! わたしのあとに、あなたもかっ切るから!」
「ジャニス様、順序が」
「うるさい!」
「チェーン!」

 うしろから、モリーの声が聞こえた。チェンとは顔なじみだ。おそらく手をふって走ってきているだろう。

「ほんとに休暇なのか」

 チェンがケーキナイフをおろした。みんが「やれやれ」と、ため息をつく。わたしも、やれやれだ。こんな気分だったのね。昨日の人は。明日、みんなが来たら謝っておこう。

「ここを、なんだと思ったの?」
「マフィアの家だと思った。人身売買にでも捕まったのかと」
「あのね、こんなおばさん誰に売るのよ」
「ジャニスは、きれいだから。年のわりに」

 びみょうに褒められた。そして、ティーンネイジャーから見ると、やっぱりおばさんだ。

「一度、お部屋に、おもどりください」

 執事に言われた。みんなにあやまりたかったが、チェンは、まだ動揺している。とりあえず、チェンを連れて部屋にもどった。

 昼に置いたテーブルにすわらせ、水を飲ます。むせ返ったので背中をさすった。思えば十代の子供だ。どれほどの緊張を超えて来たのだろう。気の毒なことをした。

 窓から、レッカー車が入ってくるのが見えた。チェンのレンタカーを引き取りに来たようだ。こわれた車の費用は、なんとかなるらしい。借りる時に、わからないまま最高の保険をつけていたのが良かった。きっと窓口の人間は、噴水にぶつけるとは思わなかっただろう。

「ごめんよ、おれはてっきり」

 わたしは無言で笑って答えた。「この馬鹿!」と、怒鳴ることもできるけど、悪気はないし。それに誰かがケガをしたわけでもない。あとは、わたしとチェンで弁償するだけだ。もちろん、分割払いができればだが。

 ノックの音がして、執事のグリフレットが入ってきた。手には封筒を持っている。

「列車と、飛行機の手配ができました」

 そうだ、メイド長に借りた服を返さないと。わたしはそう思って、自分の服を探したが、どこにもない。執事はチェンの横に立った。

「どうぞ。駅まではのちほど、お送りいたします」

 あら、わたしは? そう思って執事を見た。執事は、ちらりとこっちを見ただけ。チェンは立ちあがって、封筒を受け取った。

「お庭は弁償します。いますぐは無理ですけど」

 執事は、それには答えず淡々と説明をはじめた。

「エルウィン様からの伝言です。庭も飛行機代も、気にしないでいいと」
「えっ?」
「そのかわり、ジャニス様が帰ったら、今後も悪者から守るようにと」

 チェンが、わたしを見たので、わたしもうなずく。わたしを守らなくていいけど、ここは好意に甘えたほうがいい。だいたい、あの噴水が自分たちに弁償できる金額なのかも、わからない。

 執事はそれだけ伝えると、帰っていった。「あの」と声をかけたが無視された。まったくもう、あいかわらず読めない人だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...