ガラスの靴の行方 私が過ごした秘密の城のクリスマス10日間

代々木夜々一

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第三章

第16話 おおきな誤解

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「チェン!」
「ジャニス? 良かった。元気なんだね」

 執事が聞きたそうにしているのを見て、スピーカーに変えた。

「チェン、あのね」
「ジャニス、いまどこ?」

 返答に困った。

「うまく言えないわ」
「言えない?」
「でも、わたしは大丈夫だから」

 しばらく、反応がなかった。

「そうか、この会話は聞かれているんだな」

 思わず執事と目があった。当たってはいるが完全に誤解している。

「親戚よ、親戚のところ!」
「わかった。親戚のところだね。しゃべれることだけで、いいよ」

 わかってない。

「チェン、勘ちがいしないで!」
「ところで、なにしに市民病院へ行ったんだい。同僚がジャニスを見たって言ってたよ。すごい顔で看護師に、つめ寄ってたって」
「あれはね」

 またも返答に困った。

「親戚のおじいさん、おじいさんが危篤なの!」
「へー、どんな、おじいさん?」
「どんなって、ふつうよ。えーと」

 わたしは執事を見た。

「丸眼鏡をかけてて、目は細いの。眉毛も細い。嫌なやつなのか、優しいのか、よくわかんない人よ」

 執事が興味深そうに、わたしを見た。失敗! 余計なことまでしゃべった。チェンの返答はなく、しばらく無言のあと聞いてきた。

「娘さんは元気?」
「モリー? モリーは元気よ」
「そばにいる?」
「えーと、ここにはいないわ」
「そうか。娘さんと離れてるのか」

 思わず言葉につまった。勘ちがいすぎる。

「それはちがうわ。チェン、ちょっと聞いて!」
「あなたは、なにか妄想に取り憑かれていますね」

 とうとつに執事が横からしゃべった!

「来たな。犯人グループだな」
「つまらない質問ですが、シラフですか、それとも質の悪い薬でもやってらっしゃる?」
「ごまかされないぞ。グリフレット」

 なんで名前を? わたしは思わず、執事室を見まわした。執事は、わたしに落ちつくよう手をあげた。

「ほう、どこでその名前を?」
「医療タクシーにジャニスを乗せただろ。その会社に難クセをつけた。駐車場で、おれの車にこすっただろうと」
「なるほど」
「グリフレット会計事務所に、請求しろって言われたよ」
「請求しますか?」

 一瞬の沈黙のあと、怒鳴り声が帰ってきた。

「ジャニスを返してくれ! 娘のモリーも!」
「そこですが、勘ちがいされておられます。ジャニス様は休暇で来ております」
「それはおかしい。休暇なら、エアコンぐらい切って行きそうだ。ジャニスの家には行った。エアコンのファンは、まわりっぱなしだった!」

 そうだ、あの日は寒かった。すぐ帰ると思って、エアコン点けっぱなしだった!

「チェン、ちがうから!」
「大丈夫だよ。ぜったい助けるから」
「助けなくていい!」

 電話口のむこうで、電車の音が聞こえる。電話は、ぷつりと切れた。

「鋭いのか、鈍いのか、よくわかりませんな」

 なんてこと。なんでこうなっちゃう。わたしは頭をかかえた。執事があらためて、わたしを見る。

「病院からは、どういう電話をかけられましたか?」
「えーと、親戚が病気でと」
「ほほう、親戚はいらっしゃる?」

 あっ! と声が出た。

「いないわ。それはあの子も一緒。そんな話を昔にした!」
「では、そこが、きっかけですね」

 わたしはひたいを押さえて、大きく息をついた。ほんとに大失敗だわ。チェンはどうするつもりだろう。そう思うと、ひとつ思いついた。はっとして、顔をあげる。

「ここまで、くるかしら?」
「さて、会計事務所の本社は、ここになっています。調べようとすれば調べられると思います」

 どうしたらいいんだろう? わたしは執事の書斎を、ぐるぐるまわった。すぐに連れて帰りたい。でも、どこにいるのか。

「ご報告しますか?」

 わたしは足を止めて、執事を見た。

「エルウィンに?」

 執事は小さくうなずいた。

 どうしよう。こんな馬鹿げたことで時間を使ってほしくない。でも、だまっていて迷惑をかけるのも、したくない。

「秘密にしましょう」

 執事の言葉におどろいた。

「おおごとにはならないでしょう。エルウィン様の、貴重な時間を使うべきではありません」

 やっぱり執事も、そう思うのね。

「歴代から執事のおきては、たったひとつ。我が君をわずらわすな、です」
「わがきみ?」
「私の主君、という意味です」
「なるほど。わずらわさないよう、来たらすぐに連れて帰ります」
「お店への派遣は、人数を増やしましょう」

 わたしは、もう一度おどろいて執事を見た。

「帰ってクビになっていた、では、あまりにふびんです。あなたも、この子も」

 さきほど「嫌なやつ」と言ったのを後悔した。わたしは執事に、心からの感謝をのべた。
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