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第二章
第14話 温室のスノードロップ
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執事が帰りだしたので、あわててついていく。気になったことを聞いてみた。
「彼女の生まれ変わりは、どうやってわかるの?」
「ローズが言うには、彼女は生前の記憶を持って生まれるそうです。会えば、すぐわかるだろうと」
「そんなに上手くいくのかしら?」
「まあ、ローズのツメの甘さは私も感じますが、エルウィン様が生きつづけている理由は、変わりません」
それは言える。ひとつ、思いだしたことも聞いてみた。
「あの黒い革靴は、なんなの?」
「これもローズが言うには、顔は変わっても、心と足のサイズは変わらないそうです」
これまた、うさん臭い。しかし執事が追加で解説してくれた。
「取り残されたガラスの靴だけ、魔法は解けませんでした。子供のころ、ふしぎに思いませんでしたか?」
思った! わたしは力強く、うなずいた。
「それはつまり、さまよう魂とガラスの靴は、いまでも魔法でつながっているのです。そこで、ガラスの靴から型どったレプリカを作りました。コンマ一ミリの誤差もなく」
なるほど、テスト用か! でも生まれ変わりが、外反母趾になったらどうするんだろう。
「それにしても、ハイヒールでは、なかったのですね」
「そんなものを履いて踊ったら、捻挫しますよ」
わたしたちはローズの墓をあとにして、お城へもどることにした。その帰りぎわ、庭のすみに温室があるのを見つけた。
入って良いと聞けば、もちろん入る。外からでも見えるが、温室の中は冬でも花が咲き乱れていた。一歩入ると、むせかえるような花の香り。思わず胸いっぱいに吸い込む。色とりどりのパンジーにビオラは元気良さそう。ポインセチアの赤も、あざやかだった。
「こんなにあるなら、お城の中にも置けばいいのに」
お城がどことなく生活感のない、ひんやりとしていたのを思いだした。
「花をめでる、そんな余裕は、ないのです」
執事が、あとから入ってきた。
「あてのない旅を続けるだけの毎日です。目覚めた直後は希望にあふれているでしょう」
そう言って、優しくパンジーの花をつまんだ。
「しかし、徐々にすり減っていきます。やがて年の終わりになり、今回もだめだったかと失望をかかえて眠ることになります」
傷んだ茎を見つけたようで、ちぎると温室内のゴミ箱に捨てた。
わたしは、彼と最初に会った姿を思いだしていた。まるでホームレスだった。かなり変わり者だと思っていたけど、やはり、すさんでいたのかもしれない。
「わたしとモリーを招いたのは、なぜ?」
「エルウィン様が我々、使用人以外と関わりを持つのは、ひじょうにめずらしいのです。こんな言い方は失礼かもしれませんが、エルウィン様への一服の清涼剤になればと」
清涼剤か。そう言われて、むっとするような気持ちはなかった。わたしは置いておくとしても、小さい子供と接するのは気分転換になる。それに彼は、もうすぐいなくなるのだから。会えて良かった、そんな感情にちかい。
「こんな秘密をべらべらと、いいのですか? 言いふらすかもしれない」
そんな気はないが、悪戯心で聞いてみた。なにしろ、この執事には、やられっぱなしだ。
「あなた様が? まさか。見ずしらずの男を夜通し守る女性です。勇気があり、めったにお目にかかれない高貴な人物と存じます」
執事は温室にならんだ鉢の中から、スノードロップの鉢を、わたしに差しだした。
スノードロップ。寒さに強いことで有名な、白い花だ。この花は下をむいて花びらがひらく。まるで、夜の道を照らす街路灯のようで、わたしは好きだった。
「寝室に飾ってください。あなた様が持って入っても、なにも言われないでしょう」
もらった鉢は、中央から細い茎が七本ほど伸びていた。まだ蕾が多く、いまは一つだけ花が咲いている。
その夜、わたしは出窓のふちに置いたスノードロップと、夜の庭を眺めていた。たまに懐中電灯の光が見えるのは、巡回だろうか。思えばここの人たちは、あるじの城を、ずっと守り続けている。彼が眠っているあいだも、ずっと。
大きな天蓋つきベッドで、モリーが寝返りを打つ音が聞こえた。わたしは、モリー以外に守るようなものは、なにもない。しかし・・・・・・
「百年か」
だれに言うでもなく、わたしは、もう一度、夜の庭にむかってつぶやいた。
「彼女の生まれ変わりは、どうやってわかるの?」
「ローズが言うには、彼女は生前の記憶を持って生まれるそうです。会えば、すぐわかるだろうと」
「そんなに上手くいくのかしら?」
「まあ、ローズのツメの甘さは私も感じますが、エルウィン様が生きつづけている理由は、変わりません」
それは言える。ひとつ、思いだしたことも聞いてみた。
「あの黒い革靴は、なんなの?」
「これもローズが言うには、顔は変わっても、心と足のサイズは変わらないそうです」
これまた、うさん臭い。しかし執事が追加で解説してくれた。
「取り残されたガラスの靴だけ、魔法は解けませんでした。子供のころ、ふしぎに思いませんでしたか?」
思った! わたしは力強く、うなずいた。
「それはつまり、さまよう魂とガラスの靴は、いまでも魔法でつながっているのです。そこで、ガラスの靴から型どったレプリカを作りました。コンマ一ミリの誤差もなく」
なるほど、テスト用か! でも生まれ変わりが、外反母趾になったらどうするんだろう。
「それにしても、ハイヒールでは、なかったのですね」
「そんなものを履いて踊ったら、捻挫しますよ」
わたしたちはローズの墓をあとにして、お城へもどることにした。その帰りぎわ、庭のすみに温室があるのを見つけた。
入って良いと聞けば、もちろん入る。外からでも見えるが、温室の中は冬でも花が咲き乱れていた。一歩入ると、むせかえるような花の香り。思わず胸いっぱいに吸い込む。色とりどりのパンジーにビオラは元気良さそう。ポインセチアの赤も、あざやかだった。
「こんなにあるなら、お城の中にも置けばいいのに」
お城がどことなく生活感のない、ひんやりとしていたのを思いだした。
「花をめでる、そんな余裕は、ないのです」
執事が、あとから入ってきた。
「あてのない旅を続けるだけの毎日です。目覚めた直後は希望にあふれているでしょう」
そう言って、優しくパンジーの花をつまんだ。
「しかし、徐々にすり減っていきます。やがて年の終わりになり、今回もだめだったかと失望をかかえて眠ることになります」
傷んだ茎を見つけたようで、ちぎると温室内のゴミ箱に捨てた。
わたしは、彼と最初に会った姿を思いだしていた。まるでホームレスだった。かなり変わり者だと思っていたけど、やはり、すさんでいたのかもしれない。
「わたしとモリーを招いたのは、なぜ?」
「エルウィン様が我々、使用人以外と関わりを持つのは、ひじょうにめずらしいのです。こんな言い方は失礼かもしれませんが、エルウィン様への一服の清涼剤になればと」
清涼剤か。そう言われて、むっとするような気持ちはなかった。わたしは置いておくとしても、小さい子供と接するのは気分転換になる。それに彼は、もうすぐいなくなるのだから。会えて良かった、そんな感情にちかい。
「こんな秘密をべらべらと、いいのですか? 言いふらすかもしれない」
そんな気はないが、悪戯心で聞いてみた。なにしろ、この執事には、やられっぱなしだ。
「あなた様が? まさか。見ずしらずの男を夜通し守る女性です。勇気があり、めったにお目にかかれない高貴な人物と存じます」
執事は温室にならんだ鉢の中から、スノードロップの鉢を、わたしに差しだした。
スノードロップ。寒さに強いことで有名な、白い花だ。この花は下をむいて花びらがひらく。まるで、夜の道を照らす街路灯のようで、わたしは好きだった。
「寝室に飾ってください。あなた様が持って入っても、なにも言われないでしょう」
もらった鉢は、中央から細い茎が七本ほど伸びていた。まだ蕾が多く、いまは一つだけ花が咲いている。
その夜、わたしは出窓のふちに置いたスノードロップと、夜の庭を眺めていた。たまに懐中電灯の光が見えるのは、巡回だろうか。思えばここの人たちは、あるじの城を、ずっと守り続けている。彼が眠っているあいだも、ずっと。
大きな天蓋つきベッドで、モリーが寝返りを打つ音が聞こえた。わたしは、モリー以外に守るようなものは、なにもない。しかし・・・・・・
「百年か」
だれに言うでもなく、わたしは、もう一度、夜の庭にむかってつぶやいた。
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