12 / 53
第二章
第12話 エルウィンの正体
しおりを挟む
わたしがいたのは四階だと思っていたが、二階だった。
ころげるように階段を一階まで降りた。廊下を見まわす。玄関がわからなかったが、とりあえず走った。勝手口のような戸がある。出てみると建物の裏。誰かが薪割りをしていたようで、その斧と薪を両手に持った。
「モリー!」
わたしは叫びながら走った。池の近くまで走ると、モリーが、わたしに気づいてすべってくる。まわりの人も近づいてきた。
「モリー、うしろに隠れて!」
モリーは意味がわからないようだ。わたしがモリーの前に立つ。寄ってくる人に斧をむける。
「ジャニス」
エルウィンも近寄ってきたので、もう片方の薪をむけた。
「こないで」
彼が、近づくのをやめた。
「斧をおろせ、おばさん」
がちゃり、という音。さきほどの運転手だ。手には猟銃のような物を持っている。
「ボブ、銃を、おろしてくれ」
エルウィンが静かに言った。
「こいつは盗人だ。屋根裏で、金目の物を物色してやがった」
「ボブ、なにか混乱が起きている。それに、そこから打てば子供にも当たるぞ」
運転手が娘を見た瞬間、わたしとの直線上に、エルウィンが素早く割り込んだ。この城のあるじに銃口はむけられず、銃はおろされた。次に、ふりかえって、わたしを見る。
「ジャニス。きみも、なにか誤解がある」
「いいえ、屋根裏部屋で絵を見たわ!」
「絵?」
「何百年も前の絵なのに、あれは絶対に、あなたよ!」
「たしかに僕の絵だ」
おどろいた。あっさり認めた。
「あなたいったい、何歳なの!」
「今年で三十六になった」
「嘘よ!」
「僕を、なにと思っているんだい?」
「だれだって知ってる。ドラキュラでしょ!」
ぷっ! と、だれかが笑う声が聞こえた。「なるほど」という声は、おそらく執事。
「ジャニス、この太陽のしたでドラキュラ伯爵というのも奇妙だが、そうだとしても、なにか、きみに危害を加えただろうか?」
それは、たしかにそうだった。
「ここは寒い。ひとまず中に入って、温かいミルクでも飲もう」
エルウィンの言葉に、まわりの人たちは「やれやれ」といった感じで引きあげていく。執事のグリフレットが、わたしの前に立った。
「ジャニス様、こちらへ」
執事はそう言うと、わざとらしく「ごほっごほっ」と咳き込んだ。
「老人と子供は、すぐに風邪を引いてしまいます。行きましょう」
わたしはモリーを見た。ぎゅっと、わたしの足につかまっている。あたまは混乱したままだったが、お城にもどることにした。
案内されたのは、使用人の食堂のようだった。壁や天井は、ごつごつした石造りのむきだしだ。大きくて素朴な木のテーブルが、いくつもならんでいた。お城の豪華さにくらべ、質素ですこし、ほっとする。部屋のおくには大きな調理場もあった。メイド長がいて、わたしにかけ寄ろうとしたのを、執事が制した。
「ミルクとクッキーを」
メイド長はうなずき、調理場に引きかえす。やがて、湯気の立つコップと、一皿のクッキーがでてきた。
「ミランダ、ご息女をお願いできますか?」
メイド長はモリーを連れて、おくのテーブルに移動した。わたしは、だされたミルクをひとくち飲んだ。執事が見つめてくる。
「すこし、落ちつかれましたか?」
たしかに、落ちついた。
「わけが、わからなくて」
執事が、大きくうなずく。
「それはそうです。突然に、ここに連れてこられたのですから」
それは、あなたのせいでしょ! と思ったが、うなずいた。
「色々と説明するつもりだったのですが、あなた様が気を失ってしまったので」
執事はすこし考え込んだ。
「ここまでの経緯で、わかりそうなものですが。実際に、見ていただいたほうが早いかもしれません」
執事に連れられ案内されたのは、玄関をでてすぐの階段だった。
「お気づきに、なりませんか?」
わたしは首をひねった。
「では、少々お待ちを」
待っていると若いメイドが来た。手には、アタッシュケースを持っている。よく宝石の運搬などで見る、鍵つきのジュラルミンケースだ。執事はメイドからアタッシュケースを受けとると、階段を降りはじめた。
「あの」
わたしの言葉は無視して、階段の真ん中までおりる。アタッシュケースを下に置いた。ダイヤルをまわし、がちゃっと鍵がひらく。わたしからは見えない。近づこうしたら、執事が白手袋をはめだしたので、思わず止まった。そんなに高価な物なの?
アタッシュケースから、ゆっくりと持ちあげたのは靴だ。女性用、片方の一足。透明だ。ガラス?
「あっ!」と叫びそうになって、口を押さえた。
執事は、そっとそれを階段の上に置いた。わたしは恐る恐る、近づいてみる。いま脱ぎ捨てられたかのように光っていた。思わず階段の下まで走って、お城を見あげる。
白亜の城。お城へのぼる階段。落ちたガラスの靴。
まさか、いやいや、まさかまさか!
わたしは執事を見た。
「そんなまさか! と、いま思われました?」
なにか言おうとしたが、言葉が見つからず、口をぱくぱくした。執事は靴をアタッシュケースにもどすと、まだ待っていた若いメイドに手渡した。若いメイドは、わたしを見てにっこりと笑う。
「大丈夫ですよ。あたしも一五の時、母に連れられてきて同じ反応をしました」
わたしはまだ、口をぱくぱくしている。ぜんぜん、ぜんぜん大丈夫じゃない!
ころげるように階段を一階まで降りた。廊下を見まわす。玄関がわからなかったが、とりあえず走った。勝手口のような戸がある。出てみると建物の裏。誰かが薪割りをしていたようで、その斧と薪を両手に持った。
「モリー!」
わたしは叫びながら走った。池の近くまで走ると、モリーが、わたしに気づいてすべってくる。まわりの人も近づいてきた。
「モリー、うしろに隠れて!」
モリーは意味がわからないようだ。わたしがモリーの前に立つ。寄ってくる人に斧をむける。
「ジャニス」
エルウィンも近寄ってきたので、もう片方の薪をむけた。
「こないで」
彼が、近づくのをやめた。
「斧をおろせ、おばさん」
がちゃり、という音。さきほどの運転手だ。手には猟銃のような物を持っている。
「ボブ、銃を、おろしてくれ」
エルウィンが静かに言った。
「こいつは盗人だ。屋根裏で、金目の物を物色してやがった」
「ボブ、なにか混乱が起きている。それに、そこから打てば子供にも当たるぞ」
運転手が娘を見た瞬間、わたしとの直線上に、エルウィンが素早く割り込んだ。この城のあるじに銃口はむけられず、銃はおろされた。次に、ふりかえって、わたしを見る。
「ジャニス。きみも、なにか誤解がある」
「いいえ、屋根裏部屋で絵を見たわ!」
「絵?」
「何百年も前の絵なのに、あれは絶対に、あなたよ!」
「たしかに僕の絵だ」
おどろいた。あっさり認めた。
「あなたいったい、何歳なの!」
「今年で三十六になった」
「嘘よ!」
「僕を、なにと思っているんだい?」
「だれだって知ってる。ドラキュラでしょ!」
ぷっ! と、だれかが笑う声が聞こえた。「なるほど」という声は、おそらく執事。
「ジャニス、この太陽のしたでドラキュラ伯爵というのも奇妙だが、そうだとしても、なにか、きみに危害を加えただろうか?」
それは、たしかにそうだった。
「ここは寒い。ひとまず中に入って、温かいミルクでも飲もう」
エルウィンの言葉に、まわりの人たちは「やれやれ」といった感じで引きあげていく。執事のグリフレットが、わたしの前に立った。
「ジャニス様、こちらへ」
執事はそう言うと、わざとらしく「ごほっごほっ」と咳き込んだ。
「老人と子供は、すぐに風邪を引いてしまいます。行きましょう」
わたしはモリーを見た。ぎゅっと、わたしの足につかまっている。あたまは混乱したままだったが、お城にもどることにした。
案内されたのは、使用人の食堂のようだった。壁や天井は、ごつごつした石造りのむきだしだ。大きくて素朴な木のテーブルが、いくつもならんでいた。お城の豪華さにくらべ、質素ですこし、ほっとする。部屋のおくには大きな調理場もあった。メイド長がいて、わたしにかけ寄ろうとしたのを、執事が制した。
「ミルクとクッキーを」
メイド長はうなずき、調理場に引きかえす。やがて、湯気の立つコップと、一皿のクッキーがでてきた。
「ミランダ、ご息女をお願いできますか?」
メイド長はモリーを連れて、おくのテーブルに移動した。わたしは、だされたミルクをひとくち飲んだ。執事が見つめてくる。
「すこし、落ちつかれましたか?」
たしかに、落ちついた。
「わけが、わからなくて」
執事が、大きくうなずく。
「それはそうです。突然に、ここに連れてこられたのですから」
それは、あなたのせいでしょ! と思ったが、うなずいた。
「色々と説明するつもりだったのですが、あなた様が気を失ってしまったので」
執事はすこし考え込んだ。
「ここまでの経緯で、わかりそうなものですが。実際に、見ていただいたほうが早いかもしれません」
執事に連れられ案内されたのは、玄関をでてすぐの階段だった。
「お気づきに、なりませんか?」
わたしは首をひねった。
「では、少々お待ちを」
待っていると若いメイドが来た。手には、アタッシュケースを持っている。よく宝石の運搬などで見る、鍵つきのジュラルミンケースだ。執事はメイドからアタッシュケースを受けとると、階段を降りはじめた。
「あの」
わたしの言葉は無視して、階段の真ん中までおりる。アタッシュケースを下に置いた。ダイヤルをまわし、がちゃっと鍵がひらく。わたしからは見えない。近づこうしたら、執事が白手袋をはめだしたので、思わず止まった。そんなに高価な物なの?
アタッシュケースから、ゆっくりと持ちあげたのは靴だ。女性用、片方の一足。透明だ。ガラス?
「あっ!」と叫びそうになって、口を押さえた。
執事は、そっとそれを階段の上に置いた。わたしは恐る恐る、近づいてみる。いま脱ぎ捨てられたかのように光っていた。思わず階段の下まで走って、お城を見あげる。
白亜の城。お城へのぼる階段。落ちたガラスの靴。
まさか、いやいや、まさかまさか!
わたしは執事を見た。
「そんなまさか! と、いま思われました?」
なにか言おうとしたが、言葉が見つからず、口をぱくぱくした。執事は靴をアタッシュケースにもどすと、まだ待っていた若いメイドに手渡した。若いメイドは、わたしを見てにっこりと笑う。
「大丈夫ですよ。あたしも一五の時、母に連れられてきて同じ反応をしました」
わたしはまだ、口をぱくぱくしている。ぜんぜん、ぜんぜん大丈夫じゃない!
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
姫の歳月〜貴公子に見染められた異形の姫は永遠の契りで溺愛される
花野未季
恋愛
最愛の母が亡くなる際に、頭に鉢を被せられた “鉢かぶり姫” ーー以来、彼女は『異形』と忌み嫌われ、ある日とうとう生家を追い出されてしまう。
たどり着いた貴族の館で、下働きとして暮らし始めた彼女を見染めたのは、その家の四男坊である宰相君。ふたりは激しい恋に落ちるのだが……。
平安ファンタジーですが、時代設定はふんわりです(゚∀゚)
御伽草子『鉢かづき』が原作です(^^;
登場人物は元ネタより増やし、キャラも変えています。
『格調高く』を目指していましたが、どんどん格調低く(?)なっていきます。ゲスい人も場面も出てきます…(°▽°)
今回も山なしオチなし意味なしですが、お楽しみいただけたら幸いです(≧∀≦)
☆参考文献)『お伽草子』ちくま文庫/『古語辞典』講談社
☆表紙画像は、イラストAC様より“ くり坊 ” 先生の素敵なイラストをお借りしています♪
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

KNOCK
菅井群青
恋愛
そのドアを開けるとあの人の元へと繋がっていた──
トントントン……7回ノックをする時だけ嫌いなアイツの部屋へと繋がる。犬猿の仲である男女がドアを通じて心を通わせていく。
私は5年後のあなたへ会いに行く
俺は5年前のあなたへ会いに行く
ドアの向こうにいるあなたをもっと知りたい……
すみません、至らぬ点あるかもしれません……初めての執筆ですのでご容赦ください。温かい目で見て頂けると有り難いです(*´꒳`*)
完結しました!(2019/06/20)
※番外編完結しました!(2019/06/27)
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる