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第二章

第8話 グリフレットの役職

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「お目覚めに、なられましたか」
「ああ」
「なにか飲まれますか?」
「水を一杯」

 グリフレットが一礼して去っていく。エルウィンは、わたしたちの前にすわった。

「大丈夫なの?」
「この時期になると、たまになる」
「持病のせいで?」
「まあ、そんなところだ」

 聞きたいことが山ほどあるが、とりあえず、あの男だ。

「あの会計士は、なに?」
「グリフレットか。僕の執事だ」
「執事!」

 生まれてはじめて目の前で聞いた言葉かもしれない。TVの街頭インタビューで「執事をしてます」なんて人も見たことがない。

 その執事が、コップに水を入れて持ってきた。

「グリフレット、なぜ」

 あるじであるエルウィンの言葉を無視して、執事は言った。

「お昼は食べられますか?」
「食べるー!」

 まっさきに答えたのはモリーだ。わたしも頼むことにした。正直、しばらくなにも食べていない。

 出てきた食事は、これが機内食? と思うほど充実した昼食だった。

「あのね、エルウィン」

 わたしが聞こうとすると、執事がそれをさえぎった。

「エルウィン・ヘレリック・イリンガス様です。由緒ただしきイリンガス家の当主で」

 給仕をしながら、グリフレットが説明しはじめた。美味しい食事がまずくなるほど、執事のていねいな説明は、よくわからない。

 要約するとこうだ。エルウィンの家は、代々続いている領主、いまで言うと資産家であると。ご両親はすでに他界していて、兄弟もおらず、いまはひとり。

「イリンガス家の歴史は古く」
「僕のことは、もういい」

 さらに話そうとしたグリフレットを、エルウィンが制した。そういえば、今までエルウィンは自分のことを、ほとんどしゃべらない。お金持ちというのは、ことさら自分のことを語りそうだけど、彼はちがうのね。それより、グリフレットとの会話を思いだした。エルウィンの家族を聞いた時に「さあ、そこまでは」と言った。よくも平気で言えたものだ。

「ねえ、なんであの執事を雇ったの?」

 グリフレットが退室したのを見計らって、エルウィンに執事のことを聞いてみる。

「僕の家に、代々仕える使用人だ」

 代々仕える? 聞きなれない言葉が、また出てきた。では、グリフレットのお父さんも執事だったのかというと、ちがうようだ。

「執事」というのは、使用人を統括するリーダーのような役職らしい。エルウィンの家では、前の執事が退職するさいに、次の執事を指名するそうだ。

「執事の前は、何だったの?」
「うちの顧問会計士だ」

 あらま、グリフレット会計事務所とは、あながち嘘でもないのね。

「なにを考えているのか、わかりにくい人だが、信頼はできる」

 彼が微笑んだ。あやしんでいるのが、わかったらしい。

「もうすぐ年末だ。休暇は取らないのか?」

 エルウィンがふいに聞いてきた。

「そうねえ」

 ちょっと答えに困った。たまたま今日は、代わってもらえただけだ。

「休暇が取れると、いいけど」
「手前どもから、代わりを派遣すれば、よろしいかと。人材派遣のリストは、ご用意してございます」

 グリフレットが、そう言いながらコーヒーを持ってきた。

「それにしてもグリフレット、よく近くにいたな。あとをつけてたのか?」
「もちろんでございます」

 グリフレットは満面の笑みで答えた。

「薄汚いバッグに、GPSを埋め込んでおいたのですが、信号がとだえまして。あれには焦りました」

 思い当たる節が、大いにあった。エルウィンは「まいったな」とばかりに首をふり、わたしにむきなおった。

「ここまで連れてきてしまった。せめてウチで、ゆっくり休んで行ってくれ」

 まったく、いまの状況を理解はできていない。でも、とりあえず、うなずいた。これは誘拐されているのだろうか? とも思ったが、考えるのをやめた。わたしとモリーを誘拐しても、このジェットの燃料代にすらならないだろう。

 そんなジェット機は、順調に飛んでいるようだった。仮眠を勧められたが、寝れるわけがない。環境になれないからだ。ビジネスクラスにすら、乗ったことがないのに。

 もう一度食事をし、モリーが三回目のおやつを頼もうとして、わたしに怒られたころ、とても小さな空港についた。
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