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第一章

第6話 病院で代理人は答えない

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「エルウィン!」

 すぐに救急車を呼んだ。まわりの人たちが、彼を外に移動させてくれる。

 彼と娘のスケート靴を脱がしていると、救急隊員はすぐに来た。救急車に乗り込むと、さきほどの言葉を思いだし、検索してみる。

「グリフレット会計事務所」

 あまりない名前だと思いきや、三件ほど同じ名前の会計事務所がヒット。一番目に電話をかけてみたが、つながらない。二番目の事務所は電話に出たが、エルウィンという男は知らないと言われた。三番目にかけてみる。何回かコールのあと、留守番電話になった。念のため、メッセージを入れる。

「わたしはジャニス・リベラと言います。エルウィンという人を、ご存知でしょうか」

 それから彼の容態や、むかう病院などの情報を手短に入れておいた。

 救急車が市民病院につく。そのまま診察室に直行した。かなり荒っぽく診察台にうつされ、救命医らしきドクターが瞳孔を確認した。まわりの看護師がシャツを開いていく。診察がはじまった。

「あなたが一緒にいた方ですね」

 救命医が聞いてくる。倒れた状況を、なるべく細かく伝えた。うなずきながら診察表にメモを取っているようだ。

「CTが空き次第、検査に」

 そう言いかけた時、別の医師が急いで入ってきた。ドクターふたりは、わたしから離れ、なにか話すと救命医がもどってきた。

「この方の代理人から連絡がありまして。いっさいの医療行為を放棄する、ということでした。なので私たちは、これで」
「ちょっと待ってください!」

 わたしの声には耳を貸さず、救命医は看護師たちに声をかける。あっという間に、全員が出ていった。残ったのは診察台のエルウィンと、わたし、そしてモリーの三人だけ。

 わたしは病室を出た。男女の看護師が立ち話をしている。

「すいません! そこの患者なんですが」

 看護師ふたりは、さっと逃げだした。廊下のむこうから、かっぷくの良い中年のドクターが歩いてくる。

「さきほど救急で入ってきた者ですが」

 ドクターは最後まで聞かず「受付にいってくれ」と怒り、去っていった。わたしは廊下の真ん中で立ち尽くした。どうしたらいい?

「ジャニス・リベラ様、でしょうか?」

 ふり返るとスーツを着た中年の男がいた。あなた誰? すらりとした長身で、面長な顔。丸メガネをかけた細い目に細い眉毛。こんな神経質そうな顔は知り合いにはいない。

「代理人の、グリフレットと申します」

 グリフレット会計事務所、あそこが代理人だったのか! わたしは案内しながら問いつめた。

「医療行為をしないって、どういうことです?」

 その代理人は答えず、エルウィンに近寄った。口に手をかざし、息を確認する。それと同時に、ストレッチャーを押した救急隊員が入ってきた。よく見ると救急隊員ではない。民間の医療タクシー?

 医療タクシーのスタッフは、てきぱきとエルウィンをストレッチャーにうつした。

「あとは、こちらにおまかせ下さい。ご連絡、誠にありがとうございました」

 そう代理人は、丁寧な謝辞を言い、救急隊もどきは彼を運ぼうとする。わたしはストレッチャーをがしっとつかんだ。

「わたしも行くわ」

 これまでの人生で一つ教訓がある。「本人の口から出た言葉以外は、信じるな!」だ。彼は「連絡してくれ」としか言っていない。また代理人は「自分にまかせろ」と言うが「まかせろ」と言われて、まかせられたアルバイトはいない。目がさめるまでは、代理人がいようが、ほっとくわけにはいかなかった。

 わたしはモリーの手を引き、代理人のあとを追う。病院の玄関前には大型の白いバンが停まっていた。後部のハッチドアが開いていて、リフトがある。やっぱり医療タクシーだ。エルウィンが乗せられると、わたしとモリーも勝手に乗り込んだ。

 車の中でも、この代理人は無駄口を利かない。

「手前は、あくまで代理人を務める会計士なので」

 と、なにも答えなかった。反対に、わたしのことは根ほり葉ほり聞いてくる。やましいことも、隠すこともないので、全部に答えてあげた。答えたあとで、あなたの番よ! とばかりに、会計士をにらんでみる。

「彼が意識を失っているのは、持病によるものです」

 そうなのか。それなら緊急というほどではないのか。

「しばらくすれば目覚めます」

 それを聞いて、わたしは少し安心した。

 たどりついたのは、大きな病院。さきほどの市民病院より、はるかに大きい。診察室に行くのかと思いきや、そのままエレベーターに乗る。最上階の部屋に入った。部屋が「特別室」であることは、すぐにわかった。だって、わたしのアパートより広い。

 ちょっと待って、どういうこと? エルウィンは、よほど高額な保険に入っていたのか? それとも、このグリフレット会計士が金持ちなのか?

 彼はベッドにうつされ、グリフレットが毛布をかけた。ちょっと気になったのが、その毛布のかけ方が丁寧だった。さきほど、市民病院の手荒な感じを見たあとなので、なおさらそう思う。

 グリフレットが、わたしの前に立って見おろしてきた。言われる前に言ってやる。

「わたしは帰らないわ」

 会計士がじっとわたしを見る。何か言うかと身構えていたら、ポケットから手帳と万年筆を取りだし、携帯番号を書いた。破ってわたしに差しだす。

「なにかあれば、ここに」

 そう言って、あっさり帰っていった。

 また三人だけが取り残された形だが、モリーが泣きだした。不安だったろうと思う。いままで奇跡的に静かにしてくれた。よくがんばった。冷蔵庫にミネラルウォーターが入っていたので、それを飲ませて落ち着かせる。おなかはすいてないようで、それより、まぶたが重そうだ。

 壁ぎわに、つき添い用と思われるベッドがあった。つき添い用と言っても、正規のシングルサイズはあるベッドだ。モリーの上着や靴を脱がせ、ベッドにもぐり込ませると、すぐに寝はじめた。

 イスを探そうと思ったら、あきれたことにライティングデスクがある。病気で入院した人が何か書くことなんてあるのだろうか。肘掛けのついたチェアーを、エルウィンが寝るベッドの脇へ移動させた。

 エルウィンの胸は、ゆっくり上下している。眠っているようにしか見えない。彼の顔を見て、ほとほと疑問に思う。

「あなた、なに者?」

 もちろん、眠っている彼は答えてくれなかった。



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