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第一章

第5話 スケートリンクはあぶない

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 スケートリンクに行く途中、ホームセンターに寄った。

 彼の上着とセーターを買う。イエローの登山用ジャンパーにしたが、とりあえずデザインより寒さ対策。それに大きなポケットには、あの女性靴を入れることができた。

「金額をあとで」

 レジで会計のさいに彼が言いかけたので、わたしは首をふる。

「いいの。それより、あの子に、しっかりコーチしてあげて」

 わたしは笑顔で答えた。その直後、元旦那の革ジャンを、トイレの前にあるゴミ箱になげ捨てたら、もっと笑顔になれた。

 スケートリンクに着くと、娘はわたしをせっついて靴をレンタルし、一分でも早くとリンクに向かう。無料の日だったけど、さほど混んではいない。

 言葉通り、彼はしっかりとスケートを教えてくれた。気付けば、ふたりは二時間ほどすべりっぱなし。モリーはいいけど、エルウィンはそろそろ休憩してもいいころ。

 たしか、この近くにココアが美味しいと評判の店があったはずだ。見まわすと、通りを挟んだ向こうにそれらしいカフェがある。寒さで固くなった足腰をほぐしながら、早足で店に行った。

 ココアを買って帰ると、モリーは湯気のたつ紙コップを見て飛んでくる。この食べ物にたいする勘の良さ。

「おいしいー!」
「良い味だ」

 ココアは好評なようで、あっという間に、ふたりは飲みほした。彼が飲み終えたカップを見つめている。

「どうしたの?」
「いや、あまりに美味しかったので、もう一杯、もらうべきか考えている」
「冗談でしょ、明日ニキビできるわよ」

 チョコレートを食べるとニキビができる、というのは迷信らしいが、大の大人がココアを欲しがっているのが笑えた。

「そうだな、悪い癖だ。次はないと思うと欲ばってしまう」
「待って、ひょっとして、それであんなにビール飲んでたの?」

 彼は恥ずかしそうに笑った。

「チキンサンドのマスタードとマヨネーズが、実にビールと良く合う」
「それは光栄ね」

 褒められて、つい、にやけた。

「でも、いつでも次はあるわよ。明日死ぬんじゃないでしょ?」

 彼は笑ったが、一瞬、複雑な顔をした。

「もう、いつまで話してるのー!」

 モリーがスケートリンクから叫んでいる。彼が手をあげて、それに応えた。まったく、子供の体力って底なしだわ。

「僕が見ておくから、きみは、どこかで時間を潰すといい」

 そう彼に言われた。たしかに、ずっとベンチに座っているのは寒い。わたしのお尻は冷凍ピザのように冷え切っている。

 彼の言葉に甘え、となりのセンターストアをぶらぶらすることにした。大きなショッピングモールで、どこもかしこもクリスマス一色。去年のクリスマスは、店が人手不足で二十三時まで働いていた。

 今年こそ、クリスマスをしてあげなきゃ。そう思って、本屋でクリスマスカードを探す。すぐに見つけたけど一枚のバラがない。わたしとモリーの二枚あれば充分なのに。

 しょうがなく一番少ない、一〇枚セットを買うことにした。これ、あまった八枚をサンタさんに書いたら、八個プレゼントもらえないかしら? 一瞬そんなジョークを考えたが、よく考えれば買うのは自分だ。

 スケートリンクに帰ると、リンク内にちょっとした人の集まりができていた。モリーもいる。フェンスに近づき声をかけようとすると、遠くからエルウィンの声がした。

「行くぞー!」

 エルウィンがモリーの前まですべってくる。かなりのスピードだ。さっと片足を跳ねあげたかと思うと、ジャンプしながら華麗にクルリ!

「おー!」

 まわりで見ている人が歓声をあげた。フィギア選手ほどではないが一回転はしている。彼は自分で上手いと言っていたけど、これほど上手いとは!

「もう一回、もう一回!」

 モリーが手をたたいてよろこんでいる。エルウィンは笑って手をあげ、また勢いよく、すべりだす。ザッ! と氷を打ちつける音とともに、きれいにジャンプした。ところが着地したさいにツルッとすべり、うしろむきにバタン! と倒れた。

 わたしは、フェンスをまたぎ、すべらないように急いでかけ寄った。まわりの人たちを押しのけ、エルウィンをのぞき込む。

「大丈夫?」

 エルウィンはびっくりしたようで、目を大きくしばたかせた。

「危なかった!」

 どうやら大丈夫そうだ。

「年を取った。いま、それを思い知らされた」

 彼の手を取り、立ちあがるのを手伝った。

「そんなもの、わたしは毎朝、鏡の前で思い知らされてるわ」

 彼は笑った。背中についた氷の欠片を払おうとして、また膝をつく。

「エルウィン?」

 首をふって目をこすった。目眩だろうか?

「グリフレット会計事務所に電話してくれ」

 そう言い残し、彼はバタンと倒れた。
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