パンの味

塩こんぶ

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2人のルール

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 自分の家から持ってきた荷物を開けるとまるでカズくんとの思い出を開けるかのように次々と思い出が蘇る。
 この服はカズくんと初デートの時着ていった当時の私の勝負服。
 これはカズくんと水族館に行った時買ったストラップだ!
そういえばお揃い……。
なんでまだ持ってるんだろ、捨てなきゃ。
 どうしよう、これはカズくんとの写真。
もう少し時間が経ったら捨てるつもり。
 私はまだカズくんのことを諦めきれてない証拠だ。
 頭ではもう終わりだと分かっている。
諦めてカズくんの幸せを願おうとしている。
けど心がまだカズくんのこと好きだからと邪魔してくる。
 そういえば昔なんかの雑誌で書いてあった。女は別れた後、時間とともに付き合ってた男との良い思い出を忘れていく。
悪い思い出を次々に思い出すって。
だから別れた後、男の悪口を言う女が多いのだ。
逆に男は時間が経つにつれ、女との悪い思い出を忘れて良い思い出ばっかりになる。
別れてから時間が経った後、男の方から復縁を持ちかけてくることもよくあるらしい。
 なんの根拠か分からないけど私はカズくんが戻ってくると思っている。
 信じていると言ってもいいかもしれない。
あの優しいカズくんが、こんな私を一瞬でも愛してくれたカズくんがこんな酷い仕打ちをしてくるはずがない。
 だから私はこうなってもまだカズくんのことを待っている。
 新しいはずのこの部屋はカズくんとの思い出でまた埋め尽くされている。
 とにかく今は耐えるしかない。
ここが今私が生きる場所なんだから。
 荷解きがほぼ終わり、私は部屋から出た。
するとキッチンの方から美味しそうなバターが焼けたような香りがする。
「店長。あの、荷解き終わりました」
「お疲れ様。今日は私がご飯を作りました。お口に合うといいのですが……」
 店長が手に持っているお皿の上には見覚えのあるベージュ色のフワフワの……。
「店長。家でもパンですか?」
「はい、パンです」
「店長もしかしてパンばかですか?」
「パンばか?どういう意味ですか?」
 悪びれた様子もなく目をまん丸にして小首を傾げる店長。
ちょっと小動物みたいで可愛かった。
身長は高いけど。
……って、騙されるか!
可愛いからってなんでも許されると思わないで!
「毎日パンを作って食べて、店長はパンを愛してますね?多分異常なくらい愛してますね?それをパンばかと言います!」
「なるほど。いいじゃないですか。パンばかが作ったこだわりのパン、すごい美味しそうです」
「小麦大好きかよ……」
「というか、すいません、僕パンしか作れません」
「えっ!?」
 なんか店長がドヤ顔をしているような……。
パンしか作れないといいつつ、異常にニコニコしている。
確かにパン作れるってなかなか凄いけど!
「パンしか作れないし、崎宮さんがこの間パンを美味しそうに食べてくれたから今日もパンで元気を与えようとして……」
 また可愛い発言出ました。
私が喜ぶと思って作ってくれたんだ 。
店長良い人すぎる……!
最近は悲しくて悔しくて負の涙しかでてなかったけど今は嬉しくて泣いてしまいそう。
だがしかし。
「パンしか作れないっていうのはパン屋さんジョークですか?店長は毎日3食パンなんですか?」
「生憎パン屋さんジョークは持ち合わせていません。3食パンですが、スーパーなどのお店で米粉のパンやサンドイッチを買って食べているので実質、お米も野菜も食べていることになります」
「本当にパンばかだよ!」
何そのポテトチップスはジャガイモだから野菜、みたいな理論。
よく今まで隠して普通の人のふりして生きてたな。
ここは一肌脱ぎましょう。
「コホン。店長、私、調理師免許もってます」
「はい、存じ上げてます。履歴書見たし」
「私に毎日ご飯を作らせてください!」
「え、それってプロポーズ……ですか?」
 店長が両手を口に当ててうるうるした目でこちらを見ている。
 まさかのプロポーズ待ってたの!?
長年付き合ってやっとプロポーズしてくれた時の彼女面やめてください!
「えええ!?いや、違います!!!」
 私が動揺し、ワタワタしていると店長は突然笑い出した。
「ふふふっ。さっきパンばかって言った仕返しです。分かってますよ。毎日ご飯担当してくれるってことですよね?」
「そうですよ!!」
店長、ジョーク通じる人なのか……。
というか笑ったな、今……。
やっぱ自分の家だから気が緩んでいるのかもしれない。
普段仕事では見られないレアな店長を拝んだのが今日のハイライト。



『いただきます』
店長が焼いてくれたパン。
近くのスーパーに私が買い物に行って材料を買ってきて作ったコーンスープとサラダ。
今日の夜ご飯は以上です。
最近ご飯がすすまず、食べる気も起きなかったけど、こう人と食卓を囲んでは食べなければ失礼だと思い、しっかり食べられている。
 店長は一口、スプーンで熱々のコーンスープをフーフー冷ましながら恐る恐る口に含んだ。
するとその手が止まった。
「崎宮さん、このコーンスープ」
「はい?もしかして不味いですか?」
「いや、僕は今感動しています。コーンスープって作れるんですね。美味しい……」
メガネのレンズの向こう側で少し目をキラキラさせている店長。
私は久しぶりに人とこんなに暖かいご飯を食べ、私が作った料理が美味しいと言われた。
思わず笑みがこぼれる。
「明日はもっと美味しいもの作ってあげますね!あ!でも、店長のパンも美味しいからたまにはパン作ってください。そしたら私がまたスープとサラダ作ります」
「そうですか。楽しみです」
 そんなほっこりとした会話をしているとあっという間に食べ終わってしまい、私は自分の分と店長の分の食器を片付けた。
「お片付けも私にお任せください!」
「あ、ありがとうございます。その前にちょっとお話いいですか?」
「そうでしたね、ルールの話しなくちゃ」
私は再び食卓に戻った。
「コホン。では改めまして、今日からよろしくお願いします。笹谷広徳ひろのりと申します」
「え、自己紹介から!?……崎宮由羽です。フリーターやってます」
「ノリがいいですね。ではまず私の考えから発表していきます」
「よろしくお願いします」
店長はどこから持ってきたのかノートとペンを出した。
そこには既に何か書き込まれている。
そしてそれを読み上げた。
「まず、ルールとして、お互いの部屋に入らない。お互いのプライベートを詮索しない。それと少し話が変わりますが家賃水道光熱費は僕が払います。先程、崎宮さんがご飯を作ってくれると仰ってくれたので、ご飯などキッチン担当はお願いします」
「待ってください。私にも何か払わせてください。タダで住めるとか有り得ないです!」
「崎宮さんにはキッチン担当という役目がありますので」
「そうしたら、食材費は私が持ちます。私が買い物に行くので。それと、掃除洗濯など家事もやります。私の方が労働時間は少ないので帰ってきてからやります。今までもそうでしたので……」
 一瞬また前までの生活を思い出し、胸がキュッと締め付けられた。
私はテーブルの下の見えない所で胸の痛みに上書き保存するかのように強く拳を握り、爪が手のひらを刺激した。
 店長は一瞬動きが止まったけれどすぐ話を続けた。
「わかりましたではそれでお願いします。日用品については、共通のお財布を作りましょう。無くなるのが気づいた方が……まあ
崎宮さんの方が家事をやってくれるので気づくこと多いと思いますが、そこのお財布から買い物をしてください」
「でもなんか支払わないと気が済まないというか……」
「崎宮さんは貯金をして、自分で部屋を探してみてはどうでしょう?いつまでもここに居るのは嫌ですよね?」
「嫌じゃないですけど……いや、そうですね早く探して出て行けるよう努めます……」
ずっとここにいるのは迷惑になってしまうと思った。
店長にだってプライベートがあるし、なんなら彼女もいるかもしれない。
それにもし、いなくてもこれからできる可能性だってある。
題して、店長に迷惑をかけず暮らして早く出ていって店長の未来を守ろう大作戦(仮)。
「他に質問や疑問点はありますか?」
「今はありません。店長、本当に本当にお世話になります!私、店長に迷惑かけないように、この恩を返せるように頑張ります!」
「そんな大袈裟な。僕は迷惑ではありませんよ。家事もご飯もやってくれるなんて僕は楽になりすぎてしまいます」
「なら良かったです。いつまでになるか分かりませんがよろしくお願いします!」
「こちらこそ、何か不便や不満があったら言ってくださいね。よろしくお願いします」
 店長が椅子から立ち上がり、キッチンへ向かい、片付けをしようとしたので阻止した。
 そして私は早速役割を果たす為、キッチンへ向かい夜ご飯の後片付けをした。
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