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私がカズくんと出会ったのは専門学生の時だった。
1年生の時カズくんに告白されて、私もカズくんのことが気になっていたからOKした。
それからずっと一緒で、お互い社会人になったと同時に同棲を始めた。
調理の専門学校だったのでお互い調理の道に進んだ。
カズくんは都内のレストランに就職し、私は学校の調理の仕事に就職した。
カズくんは要領も良くて上の人から気に入られたみたいで順風満帆といった感じでどんどんスキルを上げていった。
私は要領が悪くてパートのおばさん達とうまく行かなくて陰口を言われ、嫌になって1年でそこを辞めてしまった。
辞めたいとカズくんに相談すると、辛いなら辞めればいい、好きなことをしていいよ、俺がサポートするからと言ってくれた。
私はとりあえず働かなければと家の近くのパン屋さんがアルバイトを募集していたのでそこで働くことにした。
とりあえずフリーターでいい、とそこで働きもう2年。
就職する気なんて失せていた。
17時に帰宅し、ひと通り家事を済ませる。
カズくんが帰ってくる頃にはご飯完成させて、私が全部家事をする。
こんな生活が不便は特に無いから気に入っていた。
一生このままでいい。
カズくんとこのまま結婚してもこんな生活が続くんだろうなと思っていた。
それは突然崩れてしまった。
カズくんから別れようと言われて1週間が経った。
まだ私は何ひとつ決まっていないという状況。
なんなら情けない話だがカズくんに毎日泣きついている。
考え直してほしい、私の何処が悪かったの?私はまだカズくんが好き、などと毎日話をしているがカズくんの意思は変わらないようだ。
私があまりにもしつこいのが耐えきれなくなったのか昨日の夜、ついにカズくんが理由を話した。
「俺は好きな人ができてしまったんだ。その人は夢に向かって頑張ってて、そこに惹かれた。そこで思ってしまったんだ。由羽は夢はないの?向上心とかないの?俺は自分の店を開きたい。だから今頑張ってる。その人も同じレストランで夢に向かって毎日上司に怒られながら頑張ってるんだ。」
早い話が好きな人ができたから別れてほしいということだ。
(ふーん。同じ職場の人なんだね、好きな人っていうのは。)
カズくんの理由を聞いて私は諦めざるを得なかった。
好きな人ができたなら仕方ない。
私は好きな人には幸せになってもらいたいと思っているから、諦めよう、と無理矢理自分に言い聞かせた。
思えば最近ご飯を作ってあげても昔のように美味しいって言ってくれなくなった。
休日も仕事だからとあまり家で同じ時間を過ごすことが少なくなった。
ちゃんと考えて思い返してみればそういう予兆はあったんだな……。
本当に私の頭の中ってお花畑。
カズくんに嫌われちゃうくらいだから私って本当にダメなんだな……。
私はもう自分に自信がない。
私より良い人なんてこの世の中にたくさんいるんだ。
カズくんに見放されたことでなんだか世界全体からはじき出されたような気持ちになっていた。
カズくん以外の人なんて考えられないよ……。
もう恋愛なんて懲り懲りだ。
もう自分は恋愛なんかしてはいけないとも思った。
何がともあれ今日から1週間で新しい住処を探さなければいけない。
いや、探すしかないとやっと分かったのだ。
毎日泣いているせいで目がずっと腫れている。
だからメガネをして誤魔化しているが周りは気づいているだろう。
それにあの日からほとんど食事がとれていない。
食欲が出ないのだ。
こんな感情がぐちゃぐちゃになったのは初めての経験だ。
もう何もかも終わった、という気になっていた。
バイトは迷惑はかけられないから休むことなく出勤している。
私が休んでしまえば店長1人で全部やらなければいけなくなってしまう。
うちのパン屋は店長が1人でパンを焼いていて、昼は私と店長しかいないのだ。
夜も学生が何人かアルバイトとして在籍しているが1日1人働いていて基本は昼も夜も店長とアルバイトの計2人で営業している。
アルバイトは基本レジや品出し、店長はひたすらパンを焼いている。
店長の笹谷さんは30歳で独身。
このパン屋さんを営んでいる。
アルバイトにも敬語で人との距離をとっている印象だ。
でも気遣い上手でアルバイトから慕われている。
高身長でメガネであまり笑わなかったから最初は怖いなと思っていたけれど今はそんなことはない。
一緒に働いてみると本当に良い人だと分かった。
「ありがとうございました。」
お会計を済ませたお客さんがお店から出ていった。
これで店内には今のところお客さんはいなくなった。
最近こういう時はカズくんとのことばかり考えてしまっている。
考えれば考えるほど涙が出てきてしまうのに考えざるを得ないのだ。
仕事中なのに涙が出てくるなんて厄介だ。
涙が出る度に後ろを向いて誰にも見られないように袖で涙を拭っている。
「あの、崎宮さん。このパンを売り場に出して貰えませんか?」
「……っ。はい。」
厨房の方から店長の声がした。
厨房にパンを取りに行くと店長が私をじっと見た。
「あ、あの、何か……?」
「あの、余計なお世話かもしれませんが崎宮さん最近様子がおかしいですよね?なんだか目も腫れてるし日に日にやつれているような気が……。」
「すいません。仕事ちゃんとします。」
「いや、その……。そんな文句を言いたかったわけではありません。私は心配してるんですよ。」
「いや、でも私最近ミスも多いし……。ちゃんとします。」
「うーん……。あの、良かったらこのパン、食べない?ちょっと火加減失敗して焼きすぎちゃいましてね。」
「え?」
笹谷さんは焼きたてのクリームパンを差し出してきた。
焼きすぎてるようには見えないくらい綺麗なクリームパンだ。
「そんな、いただけませんよ!」
「崎宮さん、ちゃんと最近ご飯食べてますか?食べてないんだったらこれ食べてください。」
「食べてはないですけど……。食べられないっていうか……その……。」
「いいから食べてみて。」
「……ありがとうございます。」
私は差し出されたパンを1口分ちぎって食べた。
ほんのり温かいクリームパン。
クリームが甘くて美味しい。
「……優しい……味がする……。」
私は泣きながらそのパンを食べきった。
☆
「っていうわけで、彼氏にふられてしまって最近食欲なくて食べれなかったんです。仕事に身が入らないのもそのせいです。すいません。」
私はカズくんとのことを店長に話した。
優しいクリームパンのせいなのかすべて話してしまっていた。
店長は話をすべて聞くと頷きながら言った。
「そうですか、失恋っていうのはなかなか辛いものですよね。しかもあと1週間で部屋を出ていけだなんて……。」
「はい、なんでこんなことになったんでしょう。」
そして店長はしばらく考え込むととんでもない提案をしてきた。
「あの、崎宮さんが嫌じゃなければなんですけど、僕の家マンションで……その、広いんですけど……1人で住んでて、一部屋使ってない部屋があるんですね……。その、シェアハウス的な感じで、住みません?」
「えっ!?」
突拍子もない提案に私は驚いた。
店長もなんかモジモジしだして何回も目線を逸らしてくる。
「あの、それって私が店長の家に一緒に住むのどう?って聞いてます?」
「はい、そう言ってます。いや、全然嫌じゃなかったら、です!部屋余ってますよーって感じで……その……。安心してください、僕は何もしませんから。本当に!30歳なんで……。」
「30歳だと何もしないんですか……?」
「え、どういうことだろ……あれ、自分で言ってて分からなくなってきました。」
急にお互い気まずくなってその後沈黙が続いた。
「あの、こちらこそよろしくお願いします。あ、でも新しい部屋決まったらちゃんと出ていくのでそれまでお願いします……。ありがとうございます。」
私は店長の家にお邪魔することにしたのだった。
というか、今は藁にもすがる思いでそうするしかなかったのだ。
1年生の時カズくんに告白されて、私もカズくんのことが気になっていたからOKした。
それからずっと一緒で、お互い社会人になったと同時に同棲を始めた。
調理の専門学校だったのでお互い調理の道に進んだ。
カズくんは都内のレストランに就職し、私は学校の調理の仕事に就職した。
カズくんは要領も良くて上の人から気に入られたみたいで順風満帆といった感じでどんどんスキルを上げていった。
私は要領が悪くてパートのおばさん達とうまく行かなくて陰口を言われ、嫌になって1年でそこを辞めてしまった。
辞めたいとカズくんに相談すると、辛いなら辞めればいい、好きなことをしていいよ、俺がサポートするからと言ってくれた。
私はとりあえず働かなければと家の近くのパン屋さんがアルバイトを募集していたのでそこで働くことにした。
とりあえずフリーターでいい、とそこで働きもう2年。
就職する気なんて失せていた。
17時に帰宅し、ひと通り家事を済ませる。
カズくんが帰ってくる頃にはご飯完成させて、私が全部家事をする。
こんな生活が不便は特に無いから気に入っていた。
一生このままでいい。
カズくんとこのまま結婚してもこんな生活が続くんだろうなと思っていた。
それは突然崩れてしまった。
カズくんから別れようと言われて1週間が経った。
まだ私は何ひとつ決まっていないという状況。
なんなら情けない話だがカズくんに毎日泣きついている。
考え直してほしい、私の何処が悪かったの?私はまだカズくんが好き、などと毎日話をしているがカズくんの意思は変わらないようだ。
私があまりにもしつこいのが耐えきれなくなったのか昨日の夜、ついにカズくんが理由を話した。
「俺は好きな人ができてしまったんだ。その人は夢に向かって頑張ってて、そこに惹かれた。そこで思ってしまったんだ。由羽は夢はないの?向上心とかないの?俺は自分の店を開きたい。だから今頑張ってる。その人も同じレストランで夢に向かって毎日上司に怒られながら頑張ってるんだ。」
早い話が好きな人ができたから別れてほしいということだ。
(ふーん。同じ職場の人なんだね、好きな人っていうのは。)
カズくんの理由を聞いて私は諦めざるを得なかった。
好きな人ができたなら仕方ない。
私は好きな人には幸せになってもらいたいと思っているから、諦めよう、と無理矢理自分に言い聞かせた。
思えば最近ご飯を作ってあげても昔のように美味しいって言ってくれなくなった。
休日も仕事だからとあまり家で同じ時間を過ごすことが少なくなった。
ちゃんと考えて思い返してみればそういう予兆はあったんだな……。
本当に私の頭の中ってお花畑。
カズくんに嫌われちゃうくらいだから私って本当にダメなんだな……。
私はもう自分に自信がない。
私より良い人なんてこの世の中にたくさんいるんだ。
カズくんに見放されたことでなんだか世界全体からはじき出されたような気持ちになっていた。
カズくん以外の人なんて考えられないよ……。
もう恋愛なんて懲り懲りだ。
もう自分は恋愛なんかしてはいけないとも思った。
何がともあれ今日から1週間で新しい住処を探さなければいけない。
いや、探すしかないとやっと分かったのだ。
毎日泣いているせいで目がずっと腫れている。
だからメガネをして誤魔化しているが周りは気づいているだろう。
それにあの日からほとんど食事がとれていない。
食欲が出ないのだ。
こんな感情がぐちゃぐちゃになったのは初めての経験だ。
もう何もかも終わった、という気になっていた。
バイトは迷惑はかけられないから休むことなく出勤している。
私が休んでしまえば店長1人で全部やらなければいけなくなってしまう。
うちのパン屋は店長が1人でパンを焼いていて、昼は私と店長しかいないのだ。
夜も学生が何人かアルバイトとして在籍しているが1日1人働いていて基本は昼も夜も店長とアルバイトの計2人で営業している。
アルバイトは基本レジや品出し、店長はひたすらパンを焼いている。
店長の笹谷さんは30歳で独身。
このパン屋さんを営んでいる。
アルバイトにも敬語で人との距離をとっている印象だ。
でも気遣い上手でアルバイトから慕われている。
高身長でメガネであまり笑わなかったから最初は怖いなと思っていたけれど今はそんなことはない。
一緒に働いてみると本当に良い人だと分かった。
「ありがとうございました。」
お会計を済ませたお客さんがお店から出ていった。
これで店内には今のところお客さんはいなくなった。
最近こういう時はカズくんとのことばかり考えてしまっている。
考えれば考えるほど涙が出てきてしまうのに考えざるを得ないのだ。
仕事中なのに涙が出てくるなんて厄介だ。
涙が出る度に後ろを向いて誰にも見られないように袖で涙を拭っている。
「あの、崎宮さん。このパンを売り場に出して貰えませんか?」
「……っ。はい。」
厨房の方から店長の声がした。
厨房にパンを取りに行くと店長が私をじっと見た。
「あ、あの、何か……?」
「あの、余計なお世話かもしれませんが崎宮さん最近様子がおかしいですよね?なんだか目も腫れてるし日に日にやつれているような気が……。」
「すいません。仕事ちゃんとします。」
「いや、その……。そんな文句を言いたかったわけではありません。私は心配してるんですよ。」
「いや、でも私最近ミスも多いし……。ちゃんとします。」
「うーん……。あの、良かったらこのパン、食べない?ちょっと火加減失敗して焼きすぎちゃいましてね。」
「え?」
笹谷さんは焼きたてのクリームパンを差し出してきた。
焼きすぎてるようには見えないくらい綺麗なクリームパンだ。
「そんな、いただけませんよ!」
「崎宮さん、ちゃんと最近ご飯食べてますか?食べてないんだったらこれ食べてください。」
「食べてはないですけど……。食べられないっていうか……その……。」
「いいから食べてみて。」
「……ありがとうございます。」
私は差し出されたパンを1口分ちぎって食べた。
ほんのり温かいクリームパン。
クリームが甘くて美味しい。
「……優しい……味がする……。」
私は泣きながらそのパンを食べきった。
☆
「っていうわけで、彼氏にふられてしまって最近食欲なくて食べれなかったんです。仕事に身が入らないのもそのせいです。すいません。」
私はカズくんとのことを店長に話した。
優しいクリームパンのせいなのかすべて話してしまっていた。
店長は話をすべて聞くと頷きながら言った。
「そうですか、失恋っていうのはなかなか辛いものですよね。しかもあと1週間で部屋を出ていけだなんて……。」
「はい、なんでこんなことになったんでしょう。」
そして店長はしばらく考え込むととんでもない提案をしてきた。
「あの、崎宮さんが嫌じゃなければなんですけど、僕の家マンションで……その、広いんですけど……1人で住んでて、一部屋使ってない部屋があるんですね……。その、シェアハウス的な感じで、住みません?」
「えっ!?」
突拍子もない提案に私は驚いた。
店長もなんかモジモジしだして何回も目線を逸らしてくる。
「あの、それって私が店長の家に一緒に住むのどう?って聞いてます?」
「はい、そう言ってます。いや、全然嫌じゃなかったら、です!部屋余ってますよーって感じで……その……。安心してください、僕は何もしませんから。本当に!30歳なんで……。」
「30歳だと何もしないんですか……?」
「え、どういうことだろ……あれ、自分で言ってて分からなくなってきました。」
急にお互い気まずくなってその後沈黙が続いた。
「あの、こちらこそよろしくお願いします。あ、でも新しい部屋決まったらちゃんと出ていくのでそれまでお願いします……。ありがとうございます。」
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