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僕の作ったお弁当

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「はい、こちらが約束のブツです」
 青いチェック柄の布に包まれた物を西条さんに差し出す。
 西条さんはそーっと両手でソレを受け取る。
「本当に貰っていいの?」
「うん、昨日約束したからね」
「ありがとう……!ここで一緒に食べよう!お弁当」
「ここなら誰にも見つからず安全そうだし自分用もあるからそうしよう」
 西条さんの反応も気になるし……。
 というか最初からその予定だったし……。
 ここは体育館裏、でも今日は放課後じゃない。
 昨日ここで約束したお弁当をお昼休みに西条さんに渡すことにした。
 もちろん、教室では話しかけられないから朝早く来て西条さんの机の引き出しに手紙を入れた。
「で、なんなの?あの手紙。お昼休み、体育館裏にて待つ、って。果たし状か何か?私こんな内容の手紙貰うの初めてー。あー、すごーい」
「お気に召しませんでしたか?面白いかと思って書いたんだけど」
「全然面白くないわ。……あ、違うのよ!きっと笑いの感性が違うのよね!うん!」
 露骨にシュンとした僕を見て気を遣ったのか西条さんは急にフォローし始めた。
「もういいよ……。そんなことより早くお弁当開けてみて」 
 僕が持ってきたレジャーシートに2人で座る。
「じゃあ、いただきます。やだ、緊張してきた」
「なんでだよ!普通のお弁当だよ!そんな期待されると僕も緊張するから」
「うん、行きます。オープンッ!」
 お弁当の蓋を大袈裟な仕草で開けた西条さんは一瞬固まった。
 その反応はどっちなんだ!?
「うっわ!すっごい!可愛い!!やば!写真撮らなきゃ!」
 パシャパシャッ!
 西条さんは凄い勢いで色んな角度から僕の作ったお弁当の写真をスマホで撮っている。
「なんか、恥ずかしい」
 僕が写真を撮られているわけではないのにそんな様な気になる。
 僕の作ったお弁当、僕の生み出したお弁当、すなわち僕の子供だからか?
 自分で言っててよく分からないがこんな反応されると思わなかったので動揺してしまう。
「これはキャラ弁ですね!?初めて食べるよこんな可愛いお弁当!なんか可愛すぎて食べるの勿体ない!ホルマリン漬けにして代々受け継がれる家宝みたいにしたいわ!」
「なんだそれ」
 オムライスで作った黄色いクマ。
 ハムで作ったリボンを耳につけ、海苔とチーズで目や鼻を作った。
 そのオムライスの周りには飾り切りして焼いたチューリップのウィンナー。
 ポテトサラダは人参を星型にした。
 ゆで卵は茹でて皮を剥いてすぐ、星型に詰めて形成した。
 半分に切ると断面が星形になる。
 しかもデザート付きでデザートの苺はヘタの部分を深く切ってハート形にした。
「すっごい嬉しい!こんな可愛いお弁当食べちゃっていいの?大変じゃなかった?」
「全然!いつもやってるから簡単だよ」
 本当はいつもより1時間早く起きた、だなんて言えない。
 人に食べさせると思ったら気合い入っちゃってめちゃくちゃこだわっただ、なんて言えない。
 今朝、姉は僕のいつもと違う様子に気づきお弁当を作っている僕の背後に急に現れ、どうして2つ作っているのか、どうして丁寧に可愛いお弁当を作ってるんだとしつこく聞いてきた。
 面倒だから沰にあげると言ったが信じてもらえなかった。
 まあ、嘘だから信じてもらえないか!
 今日も帰ったらなんか言われるんだろうなぁ……。
「優樹君!本当に食べちゃうからね?いただきます!」
 西条さんはまず黄色いクマの脳天にフォークを一突き。
「っておい!可愛いとか散々言ってて食べ方グロいな!!」
「あー、ごめん。どこから食べたらいいか分からなくて……。クマさんの脳みそいただきます!」
「ノリノリじゃねぇか!」
 そう言って西条さんはオムライスのクマの脳みそあたり(?)をモグモグと食べた。
「優樹君、美味しいって言葉を超えるくらい美味しい……!deliciousだわ!!」
「英語で言えばいいってもんじゃないだろ」
 僕も自分の分のお弁当を食べる。
 自分で作ったご飯は美味しいけどびっくりするほどではないと思う。
 毎日料理作ってるとたまには他の人が作った料理食べたくなるもんだ。
 今日の出来もまずまずといったところだ。
「おいひい!モグモグ……うまぁ!」
「食べるか喋るかどっちかにしなよ……」
 西条さんは大きい口を開けて次へと次へとお弁当の中身を頬張る。
 すごく美味しそうに食べていて目を細めて口の両端がキュッと上がっている。
 見てるだけで美味しくて嬉しそうで幸せそうなのが伝わってくる。
 僕の作ったお弁当をこんな美味しそうに食べてくれるなんて。
 西条さんの幸せそうな笑顔ってーーー。
「可愛い」
「ぅへ!?……うぐっ!ケホケホッ!」
「西条さん?大丈夫!?」
 西条さんは目をまん丸にして驚いた顔でこちらを見た後、ご飯が喉に詰まったみたいだ。
「っ!優樹君!今可愛いって……?」
 心の声が洩れてしまった。
 僕としたことが……!
「あ、いやー……言ってないよ?」
「絶対言った!聞こえたもん!うへへ、嬉しい!」
 西条さんは僕を見ながらまた幸せそうに笑った。
「うっ……!」
 僕は思わず目を逸らした。
 なんだこの胸の高鳴りは!!
 なんでこんなに頬が、胸が熱いんだ!
 西条さんが可愛いということは認めよう。
 でもこんな症状初めてですお医者さん。
 今日は早起きしたから体調が優れないのかも。
「西条さん、僕熱あるかも……。保健室行ってくるね……」
 ここはひとまず退散して落ち着こう。
 僕はよろよろと立ち上がりこの場を離れようとした。
「え!?大丈夫?どれどれ」
 すると西条さんも立ち上がり、僕の前髪を手で上げると顔を寄せ、僕のおでこに自分のおでこをくっつけてきた。
 西条さんの長いまつ毛が僕のメガネに触れている気がする……!
「ぅわぁ!!」
「あれ、本当だ、熱い!」
 これはもうキャパオーバー!
 一日に発生していい女の子とのイベントが許容範囲を超えてしまった。
 僕は西条さんの両肩を持ち、自分から離した。
「ごめん!本当!保健室行くから!」
「え?1人で?連れてってあげる」
「いいって!西条さんがいると余計熱上がるから!」
「どういうこと?」
 僕は光の速さで自分のお弁当をまとめると光の速さで保健室めがけて猛ダッシュし、この場から逃げるように立ち去った。
「走れるなら元気じゃん!」
 背後から西条さんの声でそう聞こえた。







「失礼します」
 保健室のドアを開けると誰かいるような様子はなかった。
 先生不在かな?
 僕は勝手に保健室のベッドをお借りすることにした。
 動悸がさっきから止まらない。
 これは絶対熱あるな。
 白い掛け布団をめくり僕はいそいそとベットへ横たわった。
 ため息をついて目をゆっくり閉じた。
 まだ胸がドキドキしている。
 早く落ち着け、と自分に言い聞かせた。
「サボり?」
「えっ!?」
 隣のベットから声が急に聞こえてきた。
 てっきりここには誰もいないと思っていたので僕はびっくりしてしまった。
 隣との仕切りのカーテンを開けると女の子
がベッドに座っていた。
「サボりに来たの?って聞いてるんだけど」
「あ、その……」
 金髪のウェーブのかかった長い髪。
 第二ボタンまで開けたシャツ。
 耳たぶにはピアスかは分からないけど飾りがついている。
 長くて量の多いまつ毛。
 きっとつけまつ毛ってやつだ。
 見た目で判断するがこの子は俗に言うギャルだ。
 ギャルという人種とは話したことがないので思わずたじろいでしまった。
「って、あれ?そのネクタイの色は……先輩?やば。年上にタメ口聞いちゃった。すいませんでした」
「え!?ギャルってそんな礼儀正しいの?ギャルの敬語初めて聞いたんだけど!」
「偏見やめてください」
 僕の学校は学年によってネクタイの色が違う。
 1年生は赤。
 僕達2年生は緑。
 3年生は青、というふうになっていて3年生が卒業するとその色は新入生に受け継がれるスタイルだ。
 このギャルがしているネクタイは赤だから1年生で僕のひとつ年下ということだ。
「先輩、ところで体調悪いんですか?」
「君こそ体調悪いの?」
「いえ。私はよくここでサボりというやつをしています。先輩もサボりかなって。サボり仲間?って思ったんですけど」
「僕はちゃんと体調不良だよ」
「へぇ。確かに顔赤い。熱あるのかな?今保健室の先生いなくて。うちが面倒見てあげますから安心してください」
「え?君が?」
 するとギャルはよいしょ、とベッドから降りると棚をゴソゴソと漁り、体温計を持ってきた。
「先輩失礼します。体温測るんでシャツ開けさせてもらいますね」
 僕の第1ボタンに手をかけボタンを次から次へと外していく。
「ちょちょちょっ!!自分でできるよ!」
「さては先輩、こういうの初めてですね?」
 ギャルはニヤリと笑った。
「こういうのって!!こういうのってなんだよ!!」
「勘違いしないでください。体温測るために脱がしてますので。あ、全部脱がしますね」
「全部?体温測るのに全部脱ぐ必要ある!?」
「冗談ですよ先輩。そんなに焦っちゃって。先輩って面白~い」
「からかわないでくれ!」
 ギャルが僕の脇に体温計を挟んだ。
「はい、これでしばらくじっとしててくださいね」
 動悸がおさまらなくて保健室に来たのにこのギャルのせいでむしろ酷くなるばかりだ。
「先輩、どういう感じで体調悪いんですか?」
「なんか動悸がとまらないんだ。顔も熱いし」
「走ったりしました?」
「いやお弁当をクラスメイトと食べてただけ。色々あってびっくりしちゃったっていうか……」
「色々?」
「僕、女の子とあまり関わってこなかったんだ今まで。それが急に最近触れあう機会が多くて。毎日ドキドキしちゃって。疲れちゃったのかな」
 なぜだかこのギャルになら僕の悩みを相談する気になれた。
 気がついたら僕は悩みをギャルに打ち明けていた。
「青春してますね先輩!それは普通のことじゃないですか?もしかしてそのクラスメイトのこと好きなんですか?」
「好きとかじゃなくて、その子から告白されたんだけどその子めっちゃ可愛くて僕なんか好きになるはずないって最初は色々疑ってたんだよね。でも本気で好きって言ってくれてるのかなって最近思えてきて……」
「え、それの何が問題なんですか?それは付き合う流れじゃないですか!」
「僕なんかとあんな可愛い子が付き合えるわけないって!僕みたいな陰キャと釣り合わないって!」
「そうですか。つまり先輩は自分に自信がないんですね。その子と付き合って幸せにしてあげられる自信がないんでしょ?」
「そう……なのかな……」
 僕は下を向いて俯いた。
 しばらく沈黙が続いたあと、静かな保健室にピピピピと体温計が鳴り響いた。
 ギャルは僕の脇に挟んだ体温計を回収した。
「先輩、熱ないですよ。良かったですね」
「そうか。体調悪いわけじゃないのか」
「恋しちゃってるんですね~」
「え?これは恋っていうのかな?僕の作ったお弁当をあんな嬉しそうに幸せそうに食べてくれたあの時の笑顔がすごく可愛いって思ってしまったんだ。それにこんな僕を好きって言ってくれてさ」
「でも付き合うとなると先輩とその人とは釣り合わないって思ってるんですね。でもそれは先輩が勝手に決めつけてるだけじゃないですか?」
「え?」
「誰かに言われたんですか?その子にそう言われたんですか?」
 誰に言われたとかじゃないけど陰キャと陽キャは住む世界が違うから。
 恋愛なんて僕には不向きだし。
「でも先輩、その人のこと絶対好きになっちゃってる。その人の幸せを考えてる時点でそれはもう恋だと思いますけど」
「そう……なのか……この動悸は恋なのか。僕は自分の気持ちに蓋をして気づかないようにしてた。だってどうしたらいいのか分からないから」
 西条さんは僕のことを好きと言ってくれた。
 僕は西条さんのこと好きなのかな?
 仮に好きだとして両想いだとしたら……。
 そしたらどうしたらいいのか。
 そもそも付き合うってなんだ?
 僕は女の子と付き合ったことなんて一度もない。
「誰だって初めてはあります。手探りで悩んで時には失敗もする。初めては分からなくて当然。好きな人のために悩めるって凄いことですよ」
 ギャルは自分の胸に手をあててまるで好きな人を思い浮かべて語っているかのようだった。
 君は本気の恋したことあるのかな。
 だから僕にこんな色々気づかせることができるんだね。
「ありがとう。なんかスッキリした!どうしたらいいのかはまだ分からないけどこの気持ちに名前をつけてもらった気分だ!」
「もう体調は治りましたね!さぁさぁ、教室に戻った戻った!」
「あの、君にまた相談とかしてもいいかな?」
「勿論!うちらもうダチっす!うちの名前は湯川萌奈ゆかわもなって言います!萌奈って呼んでくださいね」
「萌奈ちゃん……。年下だからかな、名前で呼ぶほうがしっくりくる。あ、僕の名前は守山優樹って言います」
「優樹先輩ですね!連絡先も交換しちゃいましょう。その方がすぐお悩み相談のれますから」
「先輩……。へへへ……」
 年下に、さらに女の子に先輩なんて呼ばれたことは無かったので想像以上にいい響きで思わず笑みがこぼれる。
「え、優樹先輩、流石にその緩みきった顔はキモいです」
「ええ!?さっきダチだって言ってくれたじゃないか!」
「それとこれとは別です」
「なんてこった」
 萌奈ちゃんは自分のポケットからスマホを出した。
 僕もスマホを出し、お互いの連絡先を交換した。
 僕の数少ない連絡先に今日1人、しかも今まではいなかった女の子が増えた。
 今日は初めて記念日だね!
「じゃ、優樹先輩、連絡待ってますね!うちに会いたいからって仮病使ってここに来たりしないでくださいよ?ちゃんと連絡してくれたら行くんで」
「そんなことしないよ」
 萌奈ちゃんこそ保健室に住み着いてるレベルでサボりにきてるじゃないか。
 さっき僕を看病してくれたあたり、もはや君は保健室の先生だと思う。
 僕は萌奈ちゃんに手を振られ、保健室を後にした。
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