15 / 18
医務室で働き始めて3ヶ月経ちました。
しおりを挟む 想像していたより、事は簡単に運んだ。懸念していた人目につかぬ侵入も、悲鳴を上げさせずに終わらせる殺しも、問題なく行うことができた。少し離れた位置に車を停めて友弥と共に来たヨウは、自分の仕事はなかったなと転がる死体を見て思う。
今回の事件は泥棒目的で入って来た犯人が家主に見つかって咄嗟に殺してしまったという筋書きになっている。友弥は家にある包丁を使って素人のように妻の腹を貫き、夫は背中から何箇所か突き刺した。効率的な殺しが体に馴染んでいると急所を外してわざと下手くそに刃を入れる方が難しい。そう言いながらも友弥は返り血を一滴も浴びず、背に突き刺したままの包丁にも当然指紋など残していなかった。
ヨウは適当に物色したように見せかけるために部屋を荒らし、金になりそうなものは回収して工作を施した。友弥もヨウと一緒に部屋を回りながら漂う違和感に眉を顰めた。
「なんか、この家……」
友弥が低めた声でぼそりと呟く。上手く聞き取れず聞き返そうとしたヨウだったが、キシッと床が軋んだ音に息を殺した。友弥もすぐに気づいたようで、部屋の暗がりに身をひそめる。互いに目を合わせれば考えていた事は同じようだった。
はたして予想通りに小さな足が床を踏んでいるのが見えた。唯一明るいキッチンの床で、母親が変わり果てた姿で倒れているのを見つけたようだった。
子供の姿を捉えた瞬間、ヨウはこの家庭の内情をなんとなく掴むことができた。子供は随分と薄汚れた、体つきにしては窮屈な寝間着を纏っていた。剥き出しになった手や足には打撲痕が残っている。顔にも大きな痣があり、目の上が腫れて右目がほとんど開いていなかった。顔に残っているのは殴られた痕だ。あの腫れならば成人男性の力か。腕に残っている火傷は煙草を押し当てられたもの。歩き方からして腹にも怪我を負っている。ヨウの目は一瞬にしてそれだけのことを読み取った。
「おかあ、さん……?」
掠れきって潰れたような声が小さく聞こえた。ヨウも友弥も、気配を消し続けている。幸介に言われていた通り、どうするかとヨウは少年の様子を伺いながら思考を回す。このまま叫ばれたら面倒だと友弥へと目をやった。
ヨウは目を眇める。友弥は見慣れない顔つきをしていて、長年の仲間にしては珍しく感情が読み取れなかった。殺し屋としては騒がれる前に全ての物事を片付けてしまいたいのだが。
次の友弥の行動に今度こそヨウは絶句して目を見開いた。友弥は物陰に隠れるのをやめ、その場で静かに立ち上がったのだ。ゆらりと影が揺れ、少年がハッとこちらを見やる。なに考えてんだ、とヨウは非難の目を送るが友弥は真っ直ぐに少年を見据えるばかりでヨウには一瞥もくれなかった。
「誰か、いるの……?」
少年は小さな声でそっと呼びかけてきた。友弥は答えず、ただ少年を見つめ返す。こちらは完全な暗闇のため、見えたとしてもせいぜい輪郭程度だろう。顔を認識するには明度が足りないはずだ。
「お父さんとお母さんを……殺した人?」
そう囁くように聞いてくる少年の唇はよく見れば切れてまだ塞がらない傷があった。
「そうだよ」
友弥はいつもの彼の声で穏やかに肯定した。ヨウは怪訝な顔でそれを見守るばかりだ。念のためにヨウの手は懐のナイフへと伸び、いつでも飛び出せるように膝に力を溜めている。常は冷静かつ正確に仕事をこなしている友弥のらしくない行動に少なからず動揺していた。
今回の事件は泥棒目的で入って来た犯人が家主に見つかって咄嗟に殺してしまったという筋書きになっている。友弥は家にある包丁を使って素人のように妻の腹を貫き、夫は背中から何箇所か突き刺した。効率的な殺しが体に馴染んでいると急所を外してわざと下手くそに刃を入れる方が難しい。そう言いながらも友弥は返り血を一滴も浴びず、背に突き刺したままの包丁にも当然指紋など残していなかった。
ヨウは適当に物色したように見せかけるために部屋を荒らし、金になりそうなものは回収して工作を施した。友弥もヨウと一緒に部屋を回りながら漂う違和感に眉を顰めた。
「なんか、この家……」
友弥が低めた声でぼそりと呟く。上手く聞き取れず聞き返そうとしたヨウだったが、キシッと床が軋んだ音に息を殺した。友弥もすぐに気づいたようで、部屋の暗がりに身をひそめる。互いに目を合わせれば考えていた事は同じようだった。
はたして予想通りに小さな足が床を踏んでいるのが見えた。唯一明るいキッチンの床で、母親が変わり果てた姿で倒れているのを見つけたようだった。
子供の姿を捉えた瞬間、ヨウはこの家庭の内情をなんとなく掴むことができた。子供は随分と薄汚れた、体つきにしては窮屈な寝間着を纏っていた。剥き出しになった手や足には打撲痕が残っている。顔にも大きな痣があり、目の上が腫れて右目がほとんど開いていなかった。顔に残っているのは殴られた痕だ。あの腫れならば成人男性の力か。腕に残っている火傷は煙草を押し当てられたもの。歩き方からして腹にも怪我を負っている。ヨウの目は一瞬にしてそれだけのことを読み取った。
「おかあ、さん……?」
掠れきって潰れたような声が小さく聞こえた。ヨウも友弥も、気配を消し続けている。幸介に言われていた通り、どうするかとヨウは少年の様子を伺いながら思考を回す。このまま叫ばれたら面倒だと友弥へと目をやった。
ヨウは目を眇める。友弥は見慣れない顔つきをしていて、長年の仲間にしては珍しく感情が読み取れなかった。殺し屋としては騒がれる前に全ての物事を片付けてしまいたいのだが。
次の友弥の行動に今度こそヨウは絶句して目を見開いた。友弥は物陰に隠れるのをやめ、その場で静かに立ち上がったのだ。ゆらりと影が揺れ、少年がハッとこちらを見やる。なに考えてんだ、とヨウは非難の目を送るが友弥は真っ直ぐに少年を見据えるばかりでヨウには一瞥もくれなかった。
「誰か、いるの……?」
少年は小さな声でそっと呼びかけてきた。友弥は答えず、ただ少年を見つめ返す。こちらは完全な暗闇のため、見えたとしてもせいぜい輪郭程度だろう。顔を認識するには明度が足りないはずだ。
「お父さんとお母さんを……殺した人?」
そう囁くように聞いてくる少年の唇はよく見れば切れてまだ塞がらない傷があった。
「そうだよ」
友弥はいつもの彼の声で穏やかに肯定した。ヨウは怪訝な顔でそれを見守るばかりだ。念のためにヨウの手は懐のナイフへと伸び、いつでも飛び出せるように膝に力を溜めている。常は冷静かつ正確に仕事をこなしている友弥のらしくない行動に少なからず動揺していた。
2
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説

私は女神じゃありません!!〜この世界の美的感覚はおかしい〜
朝比奈
恋愛
年齢=彼氏いない歴な平凡かつ地味顔な私はある日突然美的感覚がおかしい異世界にトリップしてしまったようでして・・・。
(この世界で私はめっちゃ美人ってどゆこと??)
これは主人公が美的感覚が違う世界で醜い男(私にとってイケメン)に恋に落ちる物語。
所々、意味が違うのに使っちゃってる言葉とかあれば教えて下さると幸いです。
暇つぶしにでも呼んでくれると嬉しいです。
※休載中
(4月5日前後から投稿再開予定です)
もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!
結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)
でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない!
何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ…………
……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ?
え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い…
え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back…
ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子?
無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布!
って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない!
イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

異世界転生〜色いろあって世界最強!?〜
野の木
恋愛
気付いたら、見知らぬ場所に。
生まれ変わった?ここって異世界!?
しかも家族全員美男美女…なのになんで私だけ黒髪黒眼平凡顔の前世の姿のままなの!?
えっ、絶世の美女?黒は美人の証?
いやいや、この世界の人って目悪いの?
前世の記憶を持ったまま異世界転生した主人公。
しかもそこは、色により全てが決まる世界だった!?
異世界の美醜と私の認識について
佐藤 ちな
恋愛
ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。
そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。
そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。
不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!
美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。
* 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です
花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。
けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。
そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。
醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。
多分短い話になると思われます。
サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける
朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン
絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。
「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」
「えっ!? ええぇぇえええ!!!」
この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

美醜逆転の世界に間違って召喚されてしまいました!
エトカ
恋愛
続きを書くことを断念した供養ネタ作品です。
間違えて召喚されてしまった倉見舞は、美醜逆転の世界で最強の醜男(イケメン)を救うことができるのか……。よろしくお願いします。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる