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2話

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エレンは、ウィルマーの理想の妻として振る舞うために、日々努力を重ねていた。
しかし、その努力は彼には全く伝わらず、むしろ彼の不満と叱責だけが増えていった。

「もっとしっかりしろ! これではまだまだ足りない!」
「ではどうすればいいのですか? 具体的に教えてください」
「黙れ! 自分で気付かなければ成長はないぞ! 甘えるな!」
「……」

具体的な指摘はなく、ただただ叱責されるばかり。
ウィルマーの声が響くたびに、エレンの心は砕けていった。
彼女は家事や社交の場で完璧を目指し、夜遅くまで練習を重ねた。

だが、その努力は全て無駄に思えた。
ウィルマーは彼女のどんな小さなミスも見逃さず、叱責の嵐を浴びせたのだ。
努力を認めず失敗を責め、責められるからますますミスが増えるという悪循環。
ウィルマーは自分が悪循環の原因になっているとは夢にも思わない。

「もう無理です……」
「俺の期待に応えられないなら、この結婚に意味はない! そんな覚悟で結婚したのか!」
「……」

エレンが弱音を吐くと、ウィルマーの怒りはさらに激しくなった。
彼の冷たい言葉に、エレンの心はさらに深く傷ついた。
もし反論しようものなら更なる怒りを買うことは明らかであり、エレンは何も言わなかった。

弱音すら吐けず、エレンの口数は減ったが、その分、心の中で愚痴をこぼすようになった。

だがウィルマーの手が緩むようなことはない。

「もう嫌……」
「逃げるな! 俺の理想を実現するのがお前の役目だ!」

エレンは心の中で何度も思ったことが、あるとき、つい口から出てしまった。
それを聞いたウィルマーの叱責がますますエレンを追い詰める。

ついには叱責では済まされず、ウィルマーによる説教が続くこととなった。
それは自己満足でありエレンのためには全くなっていないものだった。
そのことにも気付かずウィルマーは自分の行為が正しいと考え、理解力の乏しいエレンのためにたっぷりと時間をかけて悪いところを追及した。



説教から解放されたエレンは自室へと向かった。

一人になると安心できる。
それがひとときの安らぎであろうとも、エレンにとっては大切な時間だった。

そもそもこのような事態になったのは結婚したからだ。
エレンは結婚そのものを後悔した。
後悔しようが現状は変わらない。

それからのエレンは結婚を深く後悔し自室で一人泣くことが増えた。
彼女の涙は止まらず、孤独と絶望に包まれた夜を過ごすことが日常となった。



夜が更けると、ウィルマーはさらに過酷な要求を突きつける。

「今夜は妖艶な娼婦のように振る舞え」

彼の冷酷な命令に、エレンは言葉を失った。
彼女はそんな夫婦関係を望んでいたわけではなかった。
心から愛し、支え合う関係を夢見ていたが、それは遠い幻想となってしまった。

エレンは涙を流しながら、これが自分の選んだ結婚生活なのかと自問自答した。
彼女の心は深い後悔とともに、再び孤独と絶望に包まれていった。
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