【完結】優秀な私のせいで夫が自信を失ってしまいました

3話

その後、アイリスはヴィクターに自信を持たせるため自分を変えた。
彼のすべての言動を肯定し、称賛するようになった。
どんな小さな成功でも大きく褒め、彼の意見を尊重し続けた。
ときに失敗しようが小さなことだと言い気にしないように言った。

それまでのアイリスとは別人のような振る舞いに困惑したのはヴィクターだけではない。
マーカス商会の従業員たちもまた困惑した。

「最近アイリスさんが変わったよね。前まではあんなふうには振る舞わなかったのに、どうしたんだろう……」
「会頭だって変わったわよ。自信を持つようになったみたいだし、昔よりも活発になったわよね」
「その割りには成果が……おっと、何でもない」

そのようなことが陰で言われていた。

だがヴィクターが自信を取り戻しつつあることは間違いない。
以前よりも目は生気に満ち、振る舞いからも迷いが消えてきた。
今の彼なら大規模商会になったマーカス商会の会頭として相応しい風格を身につけつつある。

しかし、その過程でヴィクターの振る舞いは次第に横暴になっていった。
自分の意見が絶対だと信じ込み、他人の意見を軽視するようになった。
会議でも、彼の独断と偏見が目立ち始め、幹部たちは自分たちが軽んじられていると感じ、ヴィクターやアイリスの変化に困惑していた。

しかも商会の業績は下り坂だった。
このままでは遠くない将来に倒産してしまうかもしれないという懸念があった。



ある日、商会の従業員たちはアイリスの元に集まり、彼らの不満を訴えた。

「アイリス様、会頭の最近の振る舞いが問題です。私たちの意見を全く聞かず、一方的な決定ばかりです。どうにかしていただけないでしょうか？」

アイリスは彼らの訴えを静かに聞き、そして冷静に答えた。

「ヴィクターはこの商会の会頭です。彼の決定を尊重し、彼の指示に従うのが私たちの役目です」
「ですがこのままでは商会の経営が危ういのではありませんか？　会頭に任せすぎです。どうにかしていただけませんか？」
「会頭には会頭の考えがあるのでしょう。会頭を信じなくてどうするのですか？」

その言葉に従業員たちは失望し、アイリスの態度に対しても不満を抱くようになった。
彼女がヴィクターを支持し続けることで、商会全体の士気が低下していった。

ヴィクターはその変化に気づかず、ますます横暴な態度を取るようになった。
アイリスは心の中で葛藤しながらも、彼を支持し続けることが妻として正しいと信じていた。
それが商会としての不利益になろうとも、彼女はヴィクターの妻として彼を立てることを優先した。

しかし、その結果、商会の内部には深い溝が生まれ始めていた。

アイリスは自分の選択が正しいのかどうか、次第に疑問を抱くようになったが、一度決めたことを変えることができず、苦しみ続けていた。
ヴィクターの横暴な振る舞いが続く中、商会の未来は不透明なものとなっていった。
それは夫婦関係でも同様だった。

アイリスがヴィクターに尽くそうが彼は彼女の献身を軽んじた。
感謝の言葉もなければ自分のために役立つことが嬉しいだろうと言う始末。
アイリスはヴィクターへの愛が冷めつつあることを自覚した。

――彼のために尽くしたはずなのに、どうして……。

アイリスが疑問に思ったその瞬間、直感が舞い降りた。

――彼は私のことを愛していない。

今になって、やっと気付いたのだった。