運命の落とし穴

恩田璃星

文字の大きさ
98 / 111

15-9

しおりを挟む
 肩を引き寄せられたことに気づいたときには、もう遅かった。
 
 「俺も慰謝料もらわなきゃ気が済まない」
 
 そう言って、宮本くんは自分の薄いくちびるを私のそれに軽く重ねた。
 
 「あーーーーーーっ!?」
 
 絶叫したのは、私でも羽立くんでもない。
 ちょうどロビーに到着し、開いたエレベーターの扉の向こうにいた円香だった。
 
 「あんっ、あんた!!今っ、今っ、奏音ちゃんに何を!!?」
 
 円香は華奢な体からは想像できないような強い力で、私から宮本くんを引き離し、エレベーターの外に投げ捨てた。
 その拍子に宮本くんのウィッグとメガネが飛んだ。
 
 「ちょっと!目の前で大事な婚約者奏音ちゃんが他の男にキスされたっていうのになにボーっと突っ立ってんのよ!!」
 
 「俺が殴る前にあなたが晃を投げ飛ばすからでしょう?」
 
 ただでさえ羽立くんも円香も目立つのに、こんなところ会社のロビーで口論なんか始めたものだから、行き交う社員や来客の好奇の視線がすごい。
 
 「ま、円香、落ち着いて」
 
 「落ち着いてられるわけないでしょう!何なのよ、こいつ!!」
 
 円香がギッと睨み下ろすと、宮本くんは素早く立ち上がって、潰れた頭を手櫛でサッと直した。
 
 「俺、昴ので、宮本晃。めっちゃタイプです。付き合ってください」
 
 呆気にとられる円香と私。
 ザワつくロビー。
 一人冷静な羽立くん。
 
 「…そう言えば、こいつ、超がつくほど面食いだったな」
 
 「そんな!いくら私が可愛いくても、こんな…会って秒で告白する男なんて見たことないわよ!」

 「心配するな。俺のときも同じだった」
 
 青ざめる円香なんて気にも止めず、宮本くんは円香との距離を詰めていく。
 
 「ほんと可愛い。毎日でも見てたい」
 
 「や、やめて、来ないで!!」
 
 逃げる円香。
 追う宮本くん。
 
 宮本くん、そのうち本当に警察を呼ばれるのではないだろうかと思いながら、二人の姿を見守っていると、私の頭の中を見透かしたように羽立くんが言った、
 
 「高倉さんはタチっぽいから、晃とだったら案外上手くいったりして」
 
 「…寂しくないの?」
 
 「全然、全く。俺には奏音さんがいますから」
 
 そう言って、別れ際にキスを残して羽立くんはタクシーで帰って行った。


 シノノメに向かうときの矢吹と二人きりの車中の気まずさと言ったらなかった。
 
 犯そうとした男と、犯されそうになった女。
 さすがの私も助手席には乗らずに、助手席側の後部座席に座った。
 ただでさえ社長室で受けたショックの癒えてない矢吹が、更に傷ついた顔をしたのは、見ないフリをした。
 
 それでも、いざシノノメに着きプレゼンを始めると、彼は社中の矢吹とは別人と化した。
 製品に対する深い知識と、足立さんから得たシノノメの情報を駆使し、担当者から手応えのある反応を引き出していく姿は、素直にすごいと感じ、同じチームの仲間として頼もしく思った。
 
 「…良かったね。プレゼン、上手くいって」
 
 次の客先へ向かう途中、寄ってもらったコンビニで矢吹の分もアイスコーヒーとサンドウィッチを買って手渡す。
 
 矢吹は一瞬、大きく目を見開いてから、それらをそっと受け取った。
 
 「…もう一生口きいてもらえないと思ってた」
 
 自嘲気味な呟きから、矢吹の後悔が伝わってくる。
 
 「私もそう思ってた」
 
 言った途端、矢吹の持っているアイスコーヒの氷が音を立てて震えた。
 
 「…けど、さっきのプレゼン見たら、どうしても乾杯したくなっちゃって」
 
 また羽立くんに『お人好し』と叱られるのは覚悟の上だ。
 プラスチック製のカップを突き出すと、矢吹が呆れたようにカップを合わせた。
 
 「お疲れ様」
 
 様々な重荷から解放された彼を、心からねぎらった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...