運命の落とし穴

恩田璃星

文字の大きさ
上 下
62 / 111

奏太の落とし穴1

しおりを挟む
 久々に快眠だった私は、翌朝六時にスッキリと目を覚ました。

 ところが。

 晩ご飯の下ごしらえをし、いつもより品数多めの朝ごはんをテーブルに並び終えても、羽立くんが起きてこない。

 心配になって寝室を訪ねる。

 ノックをしても返事はない。

 そっと扉を開ければ、天使のような顔で眠る羽立くんの姿。

 何時間でも眺めていられるほど美しい。

 だけど、そうも言っていられない。

 とりあえずその場で無音カメラアプリをダウンロードし、無防備な寝顔を軽く20枚程スマホに収めた。

   『婚約者なのに写真が一枚もないなんて』と、足立さんにも疑われたし、これくらい許してくれるよね。

 「よし。は…昴!そろそろ起きないと遅刻するよ」

 身体を揺すると、天使のような顔が一変、羽立くんは酷く険しい表情で目をこすった。

 「大丈夫?もしかして、昨日あんまり眠れなかった?」

 「…いえ、ちょっと嫌な夢を見てしまって」

 今度はあくびを噛み殺している。

 

 「へえ、どんな?」

 「…ただの、昔の夢です」

 「もしかして…私の夢だったりして」

 と訊いてしまったのは、羽立くんが一瞬恨めしそうに私を見ていたような気がしたから。

 少し緊張しながら返事を待っていると、羽立くんは無言のまま突如着ていたものを脱ぎ始めた。

 「ちょ、羽立くん!?」

 思いがけず預かった眼福。

   細身ながらしっかりと鍛えられた体に、再びスマホを構えそうになる自分を必死に抑える。

 「馬鹿なこと言ってないで、着替えたらリビングそっちに行きますから、先に行っててください」

 雑に部屋を追い出されて思う。

 やっぱり昨日から何となく様子がおかしい。

 少し距離を取られていているような気がしてならない。

 羽立くんの部屋を訪ねる前によそった私のご飯は、すっかり冷めてしまっていた。

 「今日、朝一でミーティングだから先に行くね。食器は流しに下げておいてくれたら、洗わなくていいから」

 温め直した朝食を並べ終わり、そう声を掛けて玄関へ向かう私を、羽立くんがわざわざ追いかけてきた。

 「奏音さん、アレは?」

 「?アレ??目玉焼きにかけるケチャップなら出しておいたけど?」

 「そうじゃなくて!」

 一気に羽立くんの目がつり上がった。

 「エンゲージリング!!」

 まずい。

 すっかり忘れていた。

 ジュエリーには疎いので、何カラットかなんて見当もつかない。

 だけど、私のリングに載っているのは、友人たちが身につけていたものの1.5~2倍くらいありそうな大きさのダイヤだ。

 家事をするときはもちろん、寝るときも邪魔くさいし、傷をつけるのが怖くて、結局まだ一度も指を通していない。

 何と弁解しようかまごついている間に、羽立くんが私の部屋まで行き、テーブルの上に置いていたリングケースを持ってきた。

 玄関脇の棚に置いて蓋を開け、プラチナのリングをつまみ上げると、私の左手の薬指に滑らせていく。

 

 「指…こんな細いんですね。本当に7号で入った…」

 「もしかして、サイズも円香から?」

 「…まぁ、そんなところです」

 華やかな石に飾られた私の指を、羽立くんにしげしげと見つめられ、突如後悔の念に襲われる。

 昨夜、せめて爪のお手入れだけでもしておけば良かった。

 日頃の家事でお世辞にも綺麗とは言えない手には、あまりにも不似合いだ。

 まるで、私と羽立くんそのもの…。

 「あ…」

 言いながら手首を少し傾け、視線を手首に巻いた時計に逸し、努めて自然に羽立くんの手から自分の手を離す。

 「もうこんな時間。じゃあ、そろそろ行くね」

 「行ってらっしゃい」

 「行ってきます」

 手を振る羽立くんに、ギュッと胸が詰まる。

 少し距離を置かれていたって、構わない。

 私と羽立くんが不釣り合いなのは、最初から百も承知。

 この日々が、ずっとずっと続きますように。

 それだけを願って、薬指に光るリングを撫でた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...