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奏太の落とし穴1
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久々に快眠だった私は、翌朝六時にスッキリと目を覚ました。
ところが。
晩ご飯の下ごしらえをし、いつもより品数多めの朝ごはんをテーブルに並び終えても、羽立くんが起きてこない。
心配になって寝室を訪ねる。
ノックをしても返事はない。
そっと扉を開ければ、天使のような顔で眠る羽立くんの姿。
何時間でも眺めていられるほど美しい。
だけど、そうも言っていられない。
とりあえずその場で無音カメラアプリをダウンロードし、無防備な寝顔を軽く20枚程スマホに収めた。
『婚約者なのに写真が一枚もないなんて』と、足立さんにも疑われたし、これくらい許してくれるよね。
「よし。は…昴!そろそろ起きないと遅刻するよ」
身体を揺すると、天使のような顔が一変、羽立くんは酷く険しい表情で目をこすった。
「大丈夫?もしかして、昨日あんまり眠れなかった?」
「…いえ、ちょっと嫌な夢を見てしまって」
今度はあくびを噛み殺している。
「へえ、どんな?」
「…ただの、昔の夢です」
「もしかして…私の夢だったりして」
と訊いてしまったのは、羽立くんが一瞬恨めしそうに私を見ていたような気がしたから。
少し緊張しながら返事を待っていると、羽立くんは無言のまま突如着ていたものを脱ぎ始めた。
「ちょ、羽立くん!?」
思いがけず預かった眼福。
細身ながらしっかりと鍛えられた体に、再びスマホを構えそうになる自分を必死に抑える。
「馬鹿なこと言ってないで、着替えたらリビングに行きますから、先に行っててください」
雑に部屋を追い出されて思う。
やっぱり昨日から何となく様子がおかしい。
少し距離を取られていているような気がしてならない。
羽立くんの部屋を訪ねる前によそった私のご飯は、すっかり冷めてしまっていた。
「今日、朝一でミーティングだから先に行くね。食器は流しに下げておいてくれたら、洗わなくていいから」
温め直した朝食を並べ終わり、そう声を掛けて玄関へ向かう私を、羽立くんがわざわざ追いかけてきた。
「奏音さん、アレは?」
「?アレ??目玉焼きにかけるケチャップなら出しておいたけど?」
「そうじゃなくて!」
一気に羽立くんの目がつり上がった。
「エンゲージリング!!」
まずい。
すっかり忘れていた。
ジュエリーには疎いので、何カラットかなんて見当もつかない。
だけど、私のリングに載っているのは、友人たちが身につけていたものの1.5~2倍くらいありそうな大きさのダイヤだ。
家事をするときはもちろん、寝るときも邪魔くさいし、傷をつけるのが怖くて、結局まだ一度も指を通していない。
何と弁解しようかまごついている間に、羽立くんが私の部屋まで行き、テーブルの上に置いていたリングケースを持ってきた。
玄関脇の棚に置いて蓋を開け、プラチナのリングをつまみ上げると、私の左手の薬指に滑らせていく。
「指…こんな細いんですね。本当に7号で入った…」
「もしかして、サイズも円香から?」
「…まぁ、そんなところです」
華やかな石に飾られた私の指を、羽立くんにしげしげと見つめられ、突如後悔の念に襲われる。
昨夜、せめて爪のお手入れだけでもしておけば良かった。
日頃の家事でお世辞にも綺麗とは言えない手には、あまりにも不似合いだ。
まるで、私と羽立くんそのもの…。
「あ…」
言いながら手首を少し傾け、視線を手首に巻いた時計に逸し、努めて自然に羽立くんの手から自分の手を離す。
「もうこんな時間。じゃあ、そろそろ行くね」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
手を振る羽立くんに、ギュッと胸が詰まる。
少し距離を置かれていたって、構わない。
私と羽立くんが不釣り合いなのは、最初から百も承知。
この日々が、ずっとずっと続きますように。
それだけを願って、薬指に光るリングを撫でた。
ところが。
晩ご飯の下ごしらえをし、いつもより品数多めの朝ごはんをテーブルに並び終えても、羽立くんが起きてこない。
心配になって寝室を訪ねる。
ノックをしても返事はない。
そっと扉を開ければ、天使のような顔で眠る羽立くんの姿。
何時間でも眺めていられるほど美しい。
だけど、そうも言っていられない。
とりあえずその場で無音カメラアプリをダウンロードし、無防備な寝顔を軽く20枚程スマホに収めた。
『婚約者なのに写真が一枚もないなんて』と、足立さんにも疑われたし、これくらい許してくれるよね。
「よし。は…昴!そろそろ起きないと遅刻するよ」
身体を揺すると、天使のような顔が一変、羽立くんは酷く険しい表情で目をこすった。
「大丈夫?もしかして、昨日あんまり眠れなかった?」
「…いえ、ちょっと嫌な夢を見てしまって」
今度はあくびを噛み殺している。
「へえ、どんな?」
「…ただの、昔の夢です」
「もしかして…私の夢だったりして」
と訊いてしまったのは、羽立くんが一瞬恨めしそうに私を見ていたような気がしたから。
少し緊張しながら返事を待っていると、羽立くんは無言のまま突如着ていたものを脱ぎ始めた。
「ちょ、羽立くん!?」
思いがけず預かった眼福。
細身ながらしっかりと鍛えられた体に、再びスマホを構えそうになる自分を必死に抑える。
「馬鹿なこと言ってないで、着替えたらリビングに行きますから、先に行っててください」
雑に部屋を追い出されて思う。
やっぱり昨日から何となく様子がおかしい。
少し距離を取られていているような気がしてならない。
羽立くんの部屋を訪ねる前によそった私のご飯は、すっかり冷めてしまっていた。
「今日、朝一でミーティングだから先に行くね。食器は流しに下げておいてくれたら、洗わなくていいから」
温め直した朝食を並べ終わり、そう声を掛けて玄関へ向かう私を、羽立くんがわざわざ追いかけてきた。
「奏音さん、アレは?」
「?アレ??目玉焼きにかけるケチャップなら出しておいたけど?」
「そうじゃなくて!」
一気に羽立くんの目がつり上がった。
「エンゲージリング!!」
まずい。
すっかり忘れていた。
ジュエリーには疎いので、何カラットかなんて見当もつかない。
だけど、私のリングに載っているのは、友人たちが身につけていたものの1.5~2倍くらいありそうな大きさのダイヤだ。
家事をするときはもちろん、寝るときも邪魔くさいし、傷をつけるのが怖くて、結局まだ一度も指を通していない。
何と弁解しようかまごついている間に、羽立くんが私の部屋まで行き、テーブルの上に置いていたリングケースを持ってきた。
玄関脇の棚に置いて蓋を開け、プラチナのリングをつまみ上げると、私の左手の薬指に滑らせていく。
「指…こんな細いんですね。本当に7号で入った…」
「もしかして、サイズも円香から?」
「…まぁ、そんなところです」
華やかな石に飾られた私の指を、羽立くんにしげしげと見つめられ、突如後悔の念に襲われる。
昨夜、せめて爪のお手入れだけでもしておけば良かった。
日頃の家事でお世辞にも綺麗とは言えない手には、あまりにも不似合いだ。
まるで、私と羽立くんそのもの…。
「あ…」
言いながら手首を少し傾け、視線を手首に巻いた時計に逸し、努めて自然に羽立くんの手から自分の手を離す。
「もうこんな時間。じゃあ、そろそろ行くね」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
手を振る羽立くんに、ギュッと胸が詰まる。
少し距離を置かれていたって、構わない。
私と羽立くんが不釣り合いなのは、最初から百も承知。
この日々が、ずっとずっと続きますように。
それだけを願って、薬指に光るリングを撫でた。
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