運命の落とし穴

恩田璃星

文字の大きさ
上 下
21 / 111

波乱の同居生活1

しおりを挟む
 奏音さんは、昔からバカがつくほどのお人好しだ。

 そして、気づいていない。

 その優しさが、時に深く人を傷つけることがあるということをー。

 



 結婚の約束をした翌週の土曜日、私のアパートは羽立くんが手配してくれた引越し業者の手によって、あっという間に空っぽになった。

 とは言え、全てを任せきりにするわけにはいかず、この一週間はほとんど荷造りに追われていたので、余計なことを考える時間なんてなかった。

 空っぽの部屋で、不動産会社の人が立会チェックにしている待ち時間に、唐突に激しい不安に襲われる。

 今まで男の人と付き合ったことすらないのに、いきなり一緒に住めるの?

 しかも、その相手があの・・羽立くんだなんて…どんな生活になるのか全く想像できない。

 やっぱり私と結婚なんて無理とか言われたときのために、この部屋は解約せずに、家賃だけ払い続けておいたほうがいいような気がしてきた。

 「常盤さん、チェック終わりましたよ」

 「あ、あの!やっぱりこの部屋解約するのやめる…って無理ですか?」

 パンツスーツ姿の小柄な女性担当者は、一瞬目を見開くと、申し訳なさそうに言った。

 「ごめんなさい。この部屋好条件物件なので、次の方がもう決まってるんです」

 「で、ですよね…」

 駅もスーパーもドラッグストアもコンビニも徒歩10分圏内。

 しかも少し建物が古いからという理由で家賃もこの界隈では破格。

 一週間で次の人が決まるのも不思議じゃない。

 「マリッジブルーですか?私も経験あるので分かります。でも、最初は何かと大変ですけど、愛があれば大丈夫ですよ。お幸せに」

 私にとっては的はずれなはなむけの言葉を贈られ、私は長年住み慣れた部屋を後にした。

 結婚が決まった三日後には、父の会社の結構な額の借金を肩代わりしてくれた時点で分かってはいた。

 羽立くんが相当なお金持ちだということを。

 でもまさか。

 独身男性が一軒家に住んでいるなんてー

 大きな家の前で立ち尽くしていると、突然、「いつまでそこに立ってるんですか?鍵開いてるんで、早く入って来てください」 と声がして飛び上がった。

 インターフォンのカメラから見られていたらしい。

 慌てて邸内に入ると、既に引越し業者は引き上げたらしく、広い玄関に羽立くんだけが立っていた。

 「えーっと…今日からよろしくお願いします」

 さっきまで不安でいっぱいだったのに。

 いざ羽立くんを目の間にしてしまえば、形だけの結婚と分かっていても、嬉しさと気恥ずかしさで舞い上がってしまう。

 「それから、父の会社のこと、本当にありがとうございました。羽立くんのお陰でー」

 「奏音さんももうすぐ『羽立奏音』になるんだから、俺のこと『羽立くん』って呼ぶのやめてもらえますか?」

 話の腰を折られても、父の会社の恩人なので文句は言えない。

 それに、形だけの結婚だからこそ、そういうところからソレっぽくしないといけないことは理解できる。

 「じゃあ、『昴さん』?」

 「まだよそよそしい!」

 「羽立くんだって、私のこと『奏音さん・・』」って呼ぶじゃない!!」

 「初めて会った時、そう呼べって言ったの、奏音さんでしょう?」

 単に羽立くんの記憶力がいいだけということは分かっているけれど、初めて会った日の、何気ない会話を覚えていてくれたことが、ひどく嬉しくて言葉に詰まる。

 「そ、そうだけど」

 「『昴』。ほら、言ってみてください」

 「す、昴……………くん」

 「す・ば・る」

 「…昴」

 遂に私が敬称略で名前呼んだ後、ほんの一瞬、羽立くんが固まったように見えたのは、きっと気のせいだと思う。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...