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再会 4
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「…葵も罪な女ねー。さすが私の娘だわ」
「…一緒にしないで。結局唯人は真田家との契約が目当てだっただけで、私のこと好きでも何でもなかったんだから」
「そうかなー。本当にそうだったとしても、やけにアッサリ手を引いたのが引っ掛かるんだけど」
「何も知らないのに、変に期待を持たせるようなことを言うのはやめて」
ピシャリと言って、話を終わらそうとしても、母は尚も食い下がる。
「でも葵、自分の気持ち、ちゃんと唯人くんに伝えてないでしょ?」
「それは…」
伝えていたら、何か変わっていたのだろうか。
だとしても、どうやって言えば良かったんだろうか。
契約目当てで優しくしてくれただけの男に、目の前で別の男と逃げて行為に及んだ挙句、
「やっぱりあなたが好きです」
だなんて。
何も言えずに俯いていると、少し遠慮がちに私の背中をポンポンと叩きながら母が言った。
「とにかく…自分の気持ちに正直にね」
「…お母さんは正直過ぎ」
「反省してます。って葵、さっきも思ったけど、あんた長く本家にいたせいか真田イズムが色濃いわよ」
「やだ!!真田イズムって何!?」
「その、ちょっと偉そうにズケズケ言うところよ!ジジイとか元ちゃんみたい!」
「元ちゃんって…お母さん、元おじさんのことそんな呼び方してたの!?」
「そんなわけないでしょ!心の中でだけよ!」
「だよね。びっくりした。絶対無理だよね!!」
数時間前までは、母とこんな下らないことを言って笑い合えるなんて想像すらしていなかったのに。
「あー。アメリカにお母さんが居てくれて良かった。りっちゃんとも気まずいし、会社も辞めちゃって、今、私…日本に居場所なかったから」
しみじみ呟いた私に対して、母は冷静だった。
「え。まさか葵、ずっとここに居るつもり?」
「…ちょ、お母さん。そこは『いつまででも居ていいのよ』って優しく言うところでしょ?」
「だってー、ビザの関係もあるしー。現実的にそんなわけにはいかないでしょ?」
「…13年ぶりに会った娘を、再会してたった一日で追い返そうとするなんてひどくない?」
それもそうね、と言いつつ、母の顔は心から納得しているものではなかった。
「でも、きっと今頃律くん後悔してるだろうし…私とのことも、時間はかかったけど、ちゃんと会えて誤解も解けたんだし、仲直りしたら?こういうことは早い方がいいわよ。葵だってこのままでいいとは思ってないでしょ?」
「…」
こればかりは母の言う通りだ。
私にとって律は、思いがけない一面を見たからと言って、嫌いになって縁を切れるような、薄っぺらい存在じゃない。
それでも、自分の気持ちも、律の気持ちも知ってしまった今、律とこれからどう向き合って行けば良いのか。
納得のいく答えなんて簡単に出せっこない。
「…1週間くらい観光したら帰る」
ほんの少しでいいから猶予が欲しくて、母の返事を聞かないまま、頭まで布団をスッポリと被った。
母との約束の一週間は、予想していたよりずっと長く感じられた。
あの日、律が伝言を伝えてくれていたら、13歳の私が経験していたかもしれない、母と木崎との3人での生活。
それは、思った以上に居心地が悪かった。
母と木崎の仲が良過ぎて、私は完全なお邪魔虫状態だ。
しかし、意外なことに、二人はまだ籍を入れてないらしい。
少し寂しそうな顔をした母からその事実を聞いたとき、会った途端に私に頭を下げて来た木崎を思い出した。
*****
そして、やって来た帰国の朝。
その日の夕方のフライトを予約していた私は、出勤する木崎を母と一緒に見送った。
「葵さん、元気で。またいつでも来てね」
「…ありがとうございます。あの…一つだけ、帰る前にお願いしてもいいですか?」
「何?」
「母との関係、ちゃんとしてもらえませんか?」
居心地の悪さに耐えてまで帰国しなかったのは、母と木崎の関係をしっかり見定めたかったからだ。
母は何を言い出すのかと驚いた顔で私と木崎を交互に見た。
木崎の方は、私の言葉を理解したのか、確かめるような目で私を見た。
私がゆっくりと頷くと、木崎は私の目の前で母をギュッと抱きしめて言った。
「…やっと言える…弥生、結婚しよう」
木崎の腕の中で、幸せそうに微笑む母を見た私は、正直ほんのちょっとだけ複雑だった。
それでも、少し我慢して、13年分の親孝行をした勢いで日本に帰ってしまえば、唯人のことを少しずつ忘れ、律とは新しい関係を上手く築けるかもしれない、と楽観的な気持ちになっていた。
母に別れを告げた後、空港で約七日ぶりにスマホの電源を入れるまではーーー。
「…一緒にしないで。結局唯人は真田家との契約が目当てだっただけで、私のこと好きでも何でもなかったんだから」
「そうかなー。本当にそうだったとしても、やけにアッサリ手を引いたのが引っ掛かるんだけど」
「何も知らないのに、変に期待を持たせるようなことを言うのはやめて」
ピシャリと言って、話を終わらそうとしても、母は尚も食い下がる。
「でも葵、自分の気持ち、ちゃんと唯人くんに伝えてないでしょ?」
「それは…」
伝えていたら、何か変わっていたのだろうか。
だとしても、どうやって言えば良かったんだろうか。
契約目当てで優しくしてくれただけの男に、目の前で別の男と逃げて行為に及んだ挙句、
「やっぱりあなたが好きです」
だなんて。
何も言えずに俯いていると、少し遠慮がちに私の背中をポンポンと叩きながら母が言った。
「とにかく…自分の気持ちに正直にね」
「…お母さんは正直過ぎ」
「反省してます。って葵、さっきも思ったけど、あんた長く本家にいたせいか真田イズムが色濃いわよ」
「やだ!!真田イズムって何!?」
「その、ちょっと偉そうにズケズケ言うところよ!ジジイとか元ちゃんみたい!」
「元ちゃんって…お母さん、元おじさんのことそんな呼び方してたの!?」
「そんなわけないでしょ!心の中でだけよ!」
「だよね。びっくりした。絶対無理だよね!!」
数時間前までは、母とこんな下らないことを言って笑い合えるなんて想像すらしていなかったのに。
「あー。アメリカにお母さんが居てくれて良かった。りっちゃんとも気まずいし、会社も辞めちゃって、今、私…日本に居場所なかったから」
しみじみ呟いた私に対して、母は冷静だった。
「え。まさか葵、ずっとここに居るつもり?」
「…ちょ、お母さん。そこは『いつまででも居ていいのよ』って優しく言うところでしょ?」
「だってー、ビザの関係もあるしー。現実的にそんなわけにはいかないでしょ?」
「…13年ぶりに会った娘を、再会してたった一日で追い返そうとするなんてひどくない?」
それもそうね、と言いつつ、母の顔は心から納得しているものではなかった。
「でも、きっと今頃律くん後悔してるだろうし…私とのことも、時間はかかったけど、ちゃんと会えて誤解も解けたんだし、仲直りしたら?こういうことは早い方がいいわよ。葵だってこのままでいいとは思ってないでしょ?」
「…」
こればかりは母の言う通りだ。
私にとって律は、思いがけない一面を見たからと言って、嫌いになって縁を切れるような、薄っぺらい存在じゃない。
それでも、自分の気持ちも、律の気持ちも知ってしまった今、律とこれからどう向き合って行けば良いのか。
納得のいく答えなんて簡単に出せっこない。
「…1週間くらい観光したら帰る」
ほんの少しでいいから猶予が欲しくて、母の返事を聞かないまま、頭まで布団をスッポリと被った。
母との約束の一週間は、予想していたよりずっと長く感じられた。
あの日、律が伝言を伝えてくれていたら、13歳の私が経験していたかもしれない、母と木崎との3人での生活。
それは、思った以上に居心地が悪かった。
母と木崎の仲が良過ぎて、私は完全なお邪魔虫状態だ。
しかし、意外なことに、二人はまだ籍を入れてないらしい。
少し寂しそうな顔をした母からその事実を聞いたとき、会った途端に私に頭を下げて来た木崎を思い出した。
*****
そして、やって来た帰国の朝。
その日の夕方のフライトを予約していた私は、出勤する木崎を母と一緒に見送った。
「葵さん、元気で。またいつでも来てね」
「…ありがとうございます。あの…一つだけ、帰る前にお願いしてもいいですか?」
「何?」
「母との関係、ちゃんとしてもらえませんか?」
居心地の悪さに耐えてまで帰国しなかったのは、母と木崎の関係をしっかり見定めたかったからだ。
母は何を言い出すのかと驚いた顔で私と木崎を交互に見た。
木崎の方は、私の言葉を理解したのか、確かめるような目で私を見た。
私がゆっくりと頷くと、木崎は私の目の前で母をギュッと抱きしめて言った。
「…やっと言える…弥生、結婚しよう」
木崎の腕の中で、幸せそうに微笑む母を見た私は、正直ほんのちょっとだけ複雑だった。
それでも、少し我慢して、13年分の親孝行をした勢いで日本に帰ってしまえば、唯人のことを少しずつ忘れ、律とは新しい関係を上手く築けるかもしれない、と楽観的な気持ちになっていた。
母に別れを告げた後、空港で約七日ぶりにスマホの電源を入れるまではーーー。
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