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律の誤算 1
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*律目線です*
行くな、葵。
行かないで。
ひんやりと冷えた春の朝。
車内で、ぐっしょりと嫌な汗をかいて目を覚ました。
両手で顔を覆って、深呼吸をする。
少し落ち着きを取り戻した後、車のサイドポケットに入れていたスマホを取り出し、ディスプレイの表示を確認した。
葵からの連絡はない。
ぐっと喉の奥が締め付けられて、一度落ち着いたはずの呼吸が乱れる。
まだ勤務時間には早いけれど、スッキリさせたくて病院のシャワールームに向かう。
踏み入れたそこで、鏡に映る自分の顔を見てギョッとした。
たった一晩葵がいなかっただけでこの様だ。
このままずっと葵が帰って来なかったら干からびて死にかねない。
ーこのままずっと帰って来ない?
頭の中で言葉にしただけで背筋が凍りつきそうになる。
蛇口を捻ってシャワーから出る熱めのお湯にしばらくの間打たれていたけれど、体の底から湧いてくる冷たさが消えることはなかった。
幸か不幸か、その日の午後から予定されていた研修会が講師の都合でキャンセルになった。
睡眠時間が少ないのには職業柄慣れているが、ここまで精神的に消耗した経験は過去にない。
「律先生、今日はもう帰られた方が良いんじゃないですか?」
と今の俺には全く有り難くない言葉を、立ち寄ったナースステーションで掛けてきたのは、後輩の水口。
「本当だ。すごく顔色悪いですよ」
看護師達まで騒ぎ出した所で父が現れた。
頼んでもいないのに俺の状態を周りが勝手に報告し始める。
「院長室に」
それだけ言うと、父はナースステーションを立ち去った。
少し後から黙って着いていく。
こんな風に院長室に呼ばれるのは、個人的な話があるときだけだ。
内容も分かってしまう分足が、いや、体が鉛みたいに重たい。
ようやくたどり着いた院長室のドアをノックすると、短い返事が聞こえた。
「座りなさい」
言われた通りにすると、父は単刀直入に切り出した。
「葵、昨夜帰って来なかったよ」
その言葉だけで、空っぽの胃が捻じ曲がって、胃液が喉まで上がってきた。
「え?本当に?珍しいですね」
何とか声を絞り出す。
「律、何か聞いてない?」
俯いたままでも父の目が俺から何か探ろうとしているのが分かる。
「…知りません。俺も昨日は友達と飲みに行ってて帰らなかったから」
血の色みたいに真っ赤な嘘だ。
でも、余計なことを言って、葵が帰らなかったことが原因でこの有様だと悟られれば、長年誰にも言わなかった想いが露呈してしまう。
それも真田家の現当主である父に。
危険過ぎる。
それだけは絶対に避けなければいけない。
そう思っていた矢先のこと。
「そうか。もしかしてお前たち一緒だったんじゃないかと思ってけど、違ったか」
行くな、葵。
行かないで。
ひんやりと冷えた春の朝。
車内で、ぐっしょりと嫌な汗をかいて目を覚ました。
両手で顔を覆って、深呼吸をする。
少し落ち着きを取り戻した後、車のサイドポケットに入れていたスマホを取り出し、ディスプレイの表示を確認した。
葵からの連絡はない。
ぐっと喉の奥が締め付けられて、一度落ち着いたはずの呼吸が乱れる。
まだ勤務時間には早いけれど、スッキリさせたくて病院のシャワールームに向かう。
踏み入れたそこで、鏡に映る自分の顔を見てギョッとした。
たった一晩葵がいなかっただけでこの様だ。
このままずっと葵が帰って来なかったら干からびて死にかねない。
ーこのままずっと帰って来ない?
頭の中で言葉にしただけで背筋が凍りつきそうになる。
蛇口を捻ってシャワーから出る熱めのお湯にしばらくの間打たれていたけれど、体の底から湧いてくる冷たさが消えることはなかった。
幸か不幸か、その日の午後から予定されていた研修会が講師の都合でキャンセルになった。
睡眠時間が少ないのには職業柄慣れているが、ここまで精神的に消耗した経験は過去にない。
「律先生、今日はもう帰られた方が良いんじゃないですか?」
と今の俺には全く有り難くない言葉を、立ち寄ったナースステーションで掛けてきたのは、後輩の水口。
「本当だ。すごく顔色悪いですよ」
看護師達まで騒ぎ出した所で父が現れた。
頼んでもいないのに俺の状態を周りが勝手に報告し始める。
「院長室に」
それだけ言うと、父はナースステーションを立ち去った。
少し後から黙って着いていく。
こんな風に院長室に呼ばれるのは、個人的な話があるときだけだ。
内容も分かってしまう分足が、いや、体が鉛みたいに重たい。
ようやくたどり着いた院長室のドアをノックすると、短い返事が聞こえた。
「座りなさい」
言われた通りにすると、父は単刀直入に切り出した。
「葵、昨夜帰って来なかったよ」
その言葉だけで、空っぽの胃が捻じ曲がって、胃液が喉まで上がってきた。
「え?本当に?珍しいですね」
何とか声を絞り出す。
「律、何か聞いてない?」
俯いたままでも父の目が俺から何か探ろうとしているのが分かる。
「…知りません。俺も昨日は友達と飲みに行ってて帰らなかったから」
血の色みたいに真っ赤な嘘だ。
でも、余計なことを言って、葵が帰らなかったことが原因でこの有様だと悟られれば、長年誰にも言わなかった想いが露呈してしまう。
それも真田家の現当主である父に。
危険過ぎる。
それだけは絶対に避けなければいけない。
そう思っていた矢先のこと。
「そうか。もしかしてお前たち一緒だったんじゃないかと思ってけど、違ったか」
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