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バイバイ、りっちゃん 4
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午後からは本格的に社長付きの秘書としての仕事が始まった。
社長は会食、打ち合わせ、商談、経営セミナーの講師を次々にこなしていく。
長身だが華奢で、しかもお腹に赤ちゃんまでいるこの女のどこにそんなエネルギーが秘められているのかと目を見張る程の仕事ぶりだった。
私はと言うと、課長に倣って待ち時間を使い、次々に送られてくるメールや電話の対応、会場での情報収集、スケジュール調整などを必死でこなし社長の午後からの予定がすべて片付く頃には今日も空が真っ暗になっていた。
帰りの車の中で、社長に
「どう?真田さん。秘書課での仕事、頑張れそう?」
と期待のこもった笑顔で聞かれた。
家を出た私に選択肢はないので、力強く頷く。
課長が何か言いた気な目で私を見て来たけれど、敢えて目を会わせなかった。
社長を途中自宅で下ろして、二人になると課長が口を開いた。
「社長に『頑張れる』なんて言っちゃって良かったの?」
「良いんです」
「…そう」
課長の反応は私にとって意外だった。
てっきりまた誘惑がどうのこうのってからかってくると思っていたのに、会社に着くまでの間、気遣うような、温かな沈黙で私を包んでくれていた。
昼休みに家具家電付きアパートの契約を適当に済ませようと思っていたのに、社長の外出時間が早まってしまい、それが叶わなかった。
そのせいで今日寝るところを確保できておらず、できるだけ会社に居たかった。
仕事に追われながらも頭の隅で、できることなら会社に泊まってやろうとさえ計画していたくらいに。
だから会社に戻った後課長には先に帰ってもらい、出先でできなかった気付きのまとめをゆっくりやった。
でも、それも潮時らしい。
警備のおじさんにそろそろ帰ってくれと言われてしまった。
ビジネスホテルかネットカフェにでも泊まることにして、重たいスーツケースを引きずり、エレベーターで1階まで降りた。
エントランスを出てすぐに足が固まる。
「遅い」
「…りっちゃん…何で…」
今日は律が迎えに来ないよう、予め遅くなると連絡を入れておいたのに。
「それ、こっちのセリフ。何この荷物?帰るぞ」
律が私のスーツケースを掴んだので、慌てて奪い返そうとすると、反対側の手で手首を掴まれた。
「…離して」
「何?まだ昨日のこと怒ってんの?」
「…怒ってない」
「じゃあ帰るぞ」
「…私、もう真田本家には帰らない」
「アオ?何言ってんの?」
「ずっと前から決めてたことだから」
「話は家で…」
律は抵抗する私とスーツケースを引っ張り、早足で歩いた。
あと少しで律の車という所でー
社長は会食、打ち合わせ、商談、経営セミナーの講師を次々にこなしていく。
長身だが華奢で、しかもお腹に赤ちゃんまでいるこの女のどこにそんなエネルギーが秘められているのかと目を見張る程の仕事ぶりだった。
私はと言うと、課長に倣って待ち時間を使い、次々に送られてくるメールや電話の対応、会場での情報収集、スケジュール調整などを必死でこなし社長の午後からの予定がすべて片付く頃には今日も空が真っ暗になっていた。
帰りの車の中で、社長に
「どう?真田さん。秘書課での仕事、頑張れそう?」
と期待のこもった笑顔で聞かれた。
家を出た私に選択肢はないので、力強く頷く。
課長が何か言いた気な目で私を見て来たけれど、敢えて目を会わせなかった。
社長を途中自宅で下ろして、二人になると課長が口を開いた。
「社長に『頑張れる』なんて言っちゃって良かったの?」
「良いんです」
「…そう」
課長の反応は私にとって意外だった。
てっきりまた誘惑がどうのこうのってからかってくると思っていたのに、会社に着くまでの間、気遣うような、温かな沈黙で私を包んでくれていた。
昼休みに家具家電付きアパートの契約を適当に済ませようと思っていたのに、社長の外出時間が早まってしまい、それが叶わなかった。
そのせいで今日寝るところを確保できておらず、できるだけ会社に居たかった。
仕事に追われながらも頭の隅で、できることなら会社に泊まってやろうとさえ計画していたくらいに。
だから会社に戻った後課長には先に帰ってもらい、出先でできなかった気付きのまとめをゆっくりやった。
でも、それも潮時らしい。
警備のおじさんにそろそろ帰ってくれと言われてしまった。
ビジネスホテルかネットカフェにでも泊まることにして、重たいスーツケースを引きずり、エレベーターで1階まで降りた。
エントランスを出てすぐに足が固まる。
「遅い」
「…りっちゃん…何で…」
今日は律が迎えに来ないよう、予め遅くなると連絡を入れておいたのに。
「それ、こっちのセリフ。何この荷物?帰るぞ」
律が私のスーツケースを掴んだので、慌てて奪い返そうとすると、反対側の手で手首を掴まれた。
「…離して」
「何?まだ昨日のこと怒ってんの?」
「…怒ってない」
「じゃあ帰るぞ」
「…私、もう真田本家には帰らない」
「アオ?何言ってんの?」
「ずっと前から決めてたことだから」
「話は家で…」
律は抵抗する私とスーツケースを引っ張り、早足で歩いた。
あと少しで律の車という所でー
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