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夕食は三部屋のランクが異なっていたこともあり、料亭風の食事会場に個室が準備されていた。

「遅くなってすみません」

開始時間ギリギリに滑り込んだのは、もちろん飛鳥先輩からの追求が怖かったから。
さすがに遼平くんの前で、「何故私がまだ処女なのか」なんて話題は出さないだろうという目論見は当たり、飛鳥先輩は大人しかった。

でも、真由先輩の策略なのか、空いている席は遼平くんの隣だけになっていた。
新入社員の私が社長の隣なんて絶対おかしいけど、抵抗したところで変に冷やかされるのも癪なので、素直に席に着いた。

遼平くんはと言えば、早速貴賓室の温泉に浸かってきたようだ。
備え付けの浴衣を貝の口結びでゆったりと着こなしている。
左隣から漂ってくるのは、いつもの香水とは違う石鹸の香り。
なんとも言えない色気がダダ漏れていて、直視できないレベル。

「えー、それでは。今回も無事撮影終了しました!お疲れさまでしたー!!」

真由先輩の恒例の掛け声に合わせ、全員でグラスを鳴らす。
泊まりだし、今日こそ私も飲んじゃえ!とグラスを呷ると、湯上がりから何も飲んでいなかった喉に、冷えたビールが一気に喉を潤した。

老舗の高級旅館ということもあり、前菜から華やかな柿や銀杏といった旬の素材を用いた会席料理はどれも美味しくて、ついついお酒も進んでしまいそうだ。

秒で飲み干した真由先輩や松本さんにお酌をする前にと、隣の遼平くんのグラスを見ると、まだ半分は残っている。

それも、中身はビールではなく、もっと濃い茶色――
まさかの烏龍茶だった。


「社長、飲まないんですか?」

ダダ漏れる色気を乗り越え、且つ場の空気を壊さないよう、そっと尋ねてみる。

「うん。今日はちょっとやめておく」

「どこか具合でも悪いんですか?」

そう言えば心なしか湯上がりにしては顔色もあまり良くないような。

「大丈夫。そういうわけじゃないから。蓮見さんは気にせず楽しんで。ほら、すき焼き美味しいよ」

綺麗に微笑んで見せて箸を進める様子は、どこか無理をしているように見えた。

晴れた日であれば美しく手入れされた庭園の風景を楽しめるはずだった大きな窓の外は、見る影もない。
やっぱりこの天気で永美ちゃんのことを思い出しているのだろうか?

結局、遼平くんへは食事を済ませると、「僕が居ないほうが気兼ねなく盛り上がれるだろう」と言い残し、一人部屋へ引き上げていった。
私は私で遼平くんの様子が気になって、最初の意気込みも虚しくそこまでお酒は進まず。
目の前ではかなり酔いの回ったお姉様方三人が、しばらくの間『理想の結婚』について熱く議論していたけれどー

「そういえば蓮見!」

飛鳥先輩が何の脈絡もなく話の矛先を私に向けた。

「あんた、さっきの話、どーなってんのよ!?」

「さっきの話ってなぁにぃ?詳しく教えなさいよぉ」

「聞いてくださいよ、真由先輩!!」

まずい!
ここメンバーがこの状態で話になったら逃げ切れる気がしない。

思わず助けを求めるように隣の席を見ると、そこにいないはずの遼平くんが救いの手を差し伸べてくれた。
スマホをテーブルに置き忘れていたのだ。

「あーっ!!」

と、叫んで大げさにそれを掲げて見せる。

「ほら!社長が!!大事なスマホ、忘れてます。私、届けて来ますね!!」

唖然とする三人を置いて、私は貴賓室のある別棟目指して一目散に逃げ出した。
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