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ドアから差し込む廊下の明かりに照らされたテーブルには、ウイスキーのボトルとロックグラスが置かれていた。
酔いつぶれてる?
私が資料を読むのに時間がかかりすぎて、待ちくたびれさせてしまったのかもしれない。
どっちにしてもこんなところで寝たら、風邪を引いてしまう。
「遼平くん?起きて。風邪引くよ」
近づいて、軽く身体を揺すっても目覚めない。
どうしよう。
私が寝室まで運ぶのは無理だし…。
思案していると、暗闇に慣れた目が、無防備な寝顔を捉えた。
今まで大人で、かっこいいとしか思ったことのない遼平くんを、初めてかわいいと思ってしまった。
側にいて、もっともっと、私の知らない遼平くんの顔が見てみたい。
でもダメ。
もう止めるって決めたんだ。
この寝顔も、永美ちゃんのものなんだから。
書斎に置かれていたブランケットを取りに行き、そっと遼平くんの体にかける。
さっきまであどけなかった顔は、嫌な夢でも見ているのか、少しだけ歪んでいた。
ごめんね。
ブランケットを掛けてあげることくらいしかできなくて。
「遼平くん。…さようなら」
呟いて立ち去ろうとしたとき、不意に腕を引かれて倒れ込んだ私は、強い力で抱きしめられた。
これは、何?
薄暗い部屋、アルコールといつかよりも濃いフゼアの混ざった香り、シャツ越しでも伝わってくる遼平くんの体の熱が一気に現実感を奪う。
「りょ、遼平くん…」
静止する声は、バクバクと激しく跳ねる心臓のせいで、ちゃんと声になっているかすら怪しい。
すると、やはり私の声は聞こえなかったのか、遼平くんは私を解放するどころか、私をソファに押し倒すようにして抱きしめた。
「いやだ。行くな。行かないでくれ」
耳元で発される、今まで聞いた中で一番悲痛な声。
背筋がゾクゾクして、心が粉々になりそうになる。
―きっと永美ちゃんの夢を見ていたんだ。
書斎に置かれていた写真。
捧げるように置かれたエンゲージリング。
真由先輩から聞いた、これまで誰とも浮いた噂がないという話。
そのどれもが脳裏に浮かんだ。
こんなの、ダメ。
遼平くんに永美ちゃんを裏切らせたくない一心で必死に身を捩ると、目の前に遼平くんの顔があった。
闇の中でも分かるほど潤んでいる遼平くんの目と目が合った。
遼平くんの、視界のぼやけた瞳には、私なんて映っていない。
『私は永美ちゃんじゃない!』
そう叫ぶ前に、唇が押し重ねられていた。
遼平くんは、何度も何度も優しく唇を重ねた。
壊れ物に触れるようなキスが、遼平くんの、永美ちゃんへの深い想いを直に私に刻みつけていく。
でも、跳ね除けられない。
拒否もできない。
ただ、黙ってキスを受け入れる。
だって、今遼平くんがキスしているのは私じゃなくて永美ちゃんなんだから。
それに、正気を取り戻してしまったら、遼平くんは自分のことを酷く責めるに決まっている。
そして、全て終わってしまう。
姪と叔父の関係も。
社長と社員の関係も。
こんなことを望んだわけじゃない。
ただ側に居たかっただけ。
でも、本当はそれすら望んじゃいけなかったんだ。
これは、私への罰。
それも、とびきり苦くてとびきり甘い、忘れられない戒め。
次の撮影が終わったら、遼平くんから離れよう。
そう決意したのと同時に涙が零れると、キスが止まった。
起こしてしまったかもしれない。
息を殺して身を固めていると、遼平くんは私の体をギュッと抱きしめ、静かに寝息を立て始めた。
しばらくの間遼平くんの腕の中に居た私は、夜が明ける前にそっと抜け出し、遼平くんのマンションを後にした。
酔いつぶれてる?
私が資料を読むのに時間がかかりすぎて、待ちくたびれさせてしまったのかもしれない。
どっちにしてもこんなところで寝たら、風邪を引いてしまう。
「遼平くん?起きて。風邪引くよ」
近づいて、軽く身体を揺すっても目覚めない。
どうしよう。
私が寝室まで運ぶのは無理だし…。
思案していると、暗闇に慣れた目が、無防備な寝顔を捉えた。
今まで大人で、かっこいいとしか思ったことのない遼平くんを、初めてかわいいと思ってしまった。
側にいて、もっともっと、私の知らない遼平くんの顔が見てみたい。
でもダメ。
もう止めるって決めたんだ。
この寝顔も、永美ちゃんのものなんだから。
書斎に置かれていたブランケットを取りに行き、そっと遼平くんの体にかける。
さっきまであどけなかった顔は、嫌な夢でも見ているのか、少しだけ歪んでいた。
ごめんね。
ブランケットを掛けてあげることくらいしかできなくて。
「遼平くん。…さようなら」
呟いて立ち去ろうとしたとき、不意に腕を引かれて倒れ込んだ私は、強い力で抱きしめられた。
これは、何?
薄暗い部屋、アルコールといつかよりも濃いフゼアの混ざった香り、シャツ越しでも伝わってくる遼平くんの体の熱が一気に現実感を奪う。
「りょ、遼平くん…」
静止する声は、バクバクと激しく跳ねる心臓のせいで、ちゃんと声になっているかすら怪しい。
すると、やはり私の声は聞こえなかったのか、遼平くんは私を解放するどころか、私をソファに押し倒すようにして抱きしめた。
「いやだ。行くな。行かないでくれ」
耳元で発される、今まで聞いた中で一番悲痛な声。
背筋がゾクゾクして、心が粉々になりそうになる。
―きっと永美ちゃんの夢を見ていたんだ。
書斎に置かれていた写真。
捧げるように置かれたエンゲージリング。
真由先輩から聞いた、これまで誰とも浮いた噂がないという話。
そのどれもが脳裏に浮かんだ。
こんなの、ダメ。
遼平くんに永美ちゃんを裏切らせたくない一心で必死に身を捩ると、目の前に遼平くんの顔があった。
闇の中でも分かるほど潤んでいる遼平くんの目と目が合った。
遼平くんの、視界のぼやけた瞳には、私なんて映っていない。
『私は永美ちゃんじゃない!』
そう叫ぶ前に、唇が押し重ねられていた。
遼平くんは、何度も何度も優しく唇を重ねた。
壊れ物に触れるようなキスが、遼平くんの、永美ちゃんへの深い想いを直に私に刻みつけていく。
でも、跳ね除けられない。
拒否もできない。
ただ、黙ってキスを受け入れる。
だって、今遼平くんがキスしているのは私じゃなくて永美ちゃんなんだから。
それに、正気を取り戻してしまったら、遼平くんは自分のことを酷く責めるに決まっている。
そして、全て終わってしまう。
姪と叔父の関係も。
社長と社員の関係も。
こんなことを望んだわけじゃない。
ただ側に居たかっただけ。
でも、本当はそれすら望んじゃいけなかったんだ。
これは、私への罰。
それも、とびきり苦くてとびきり甘い、忘れられない戒め。
次の撮影が終わったら、遼平くんから離れよう。
そう決意したのと同時に涙が零れると、キスが止まった。
起こしてしまったかもしれない。
息を殺して身を固めていると、遼平くんは私の体をギュッと抱きしめ、静かに寝息を立て始めた。
しばらくの間遼平くんの腕の中に居た私は、夜が明ける前にそっと抜け出し、遼平くんのマンションを後にした。
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