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第九章 東の国の白竜スノウ

120-ヤズマト国営教会の選択

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【聖王歴128年 赤の月31日 同日】

<名もなき集落>

「マジか……」

 ホワイトドラゴンの背に乗り、雪山を迂回するように北西へひとっ飛び。
 人里離れた深い森の奥へと連れてこられた俺とエレナが目の当たりにしたのは、小さな集落だった。

「こちらで生活しているのは、我が国の孤児院で生まれ育った者達です」

『つまり、生贄として捧げられた方々……ですよね?』

 エレナの言葉に対しシディア王子は頷きつつ、集落の一番奥にある建物を指差した。

「集落の人口は全十七名で、村のおさはかつて国営教会で神父だった方です」

「えっ!?」

 王子の言葉に俺が驚きの声を上げたその時、優しげな男性神父とともにシスターが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「シディア様、遠路はるばるお疲れ様です」

「先生もお変わりないようで何よりです。セシリィもお疲れ様。元気してたかい?」

「はいっ! ……って、あれ?」

 セシリィと呼ばれたシスターは、俺とエレナの姿を見て不思議そうな顔で首を傾げる。

「そちらのお二方はどちら様でしょう?」

 確かに、登山装備に身を固めた野郎と、白ローブを羽織っただけという見るからに寒そうな格好をした女がいきなりやってきたのだから、疑問に思うのは当然であろう。
 すると、シディア王子は少しだけイタズラっ子のような表情で答えた。

「この二人はスノウを討伐するために、母さんがよこした人達だよ」

「!?」

 さっきまでの笑顔はどこへやら、セシリィは泣きそうな顔で白竜スノウの前で両手を広げて叫んだ。

「お願いです! スノウを退治しないでくださいッ! どうかお慈悲を……!!」

「えっ、えっ」

 必死に懇願するセシリィの姿に、俺とエレナは顔を見合わせて困惑してしまう。
 そんな彼女を見て、シディア王子はこらえきれなくなったのか笑い出した。

「どうして笑うのですっ!!」

「いや、二人がスノウの背に乗って来たって時点で、危害を加えるつもりがないって思わないのかなーって」

「っ!?」

 それから泣き顔がみるみるうちに怒り顔になり、シディア王子をぽかぽかと叩き始めた。

「ばかっ! ばかばかーーーっ!!」

「あははゴメンゴメン。だけど、この方達は信用できるから大丈夫だよ」

 まるで恋人同士がじゃれ合うかのようにはしゃぐ二人を見て、思わず呆気にとられてしまう。
 俺の目線に気づいたシディア王子がテレながらコホンと咳払いをすると、改めて経緯を語り始めた。

「彼女はセシリィ。私の大切な友人です」


◇◇


 セシリィは幼い頃に両親と死別し、ヤズマト国営教会の運営する孤児院で生まれ育った。
 日々シスターとして神への祈りを捧げながら静かに暮らしていたある日のこと、教会に一つの神託が授けられた。
 神曰く――


【従順な我が信者よ。北の山の頂上で祈りを捧げよ】


 だが、北の雪山には「凶暴なホワイトドラゴンが居る」という言い伝えがあり、ヤズマトの民が決して近づかない危険な場所。
 そんなところで祈りを捧げよとはつまり、生贄を寄越せと言っているに他ならない。
 困惑する教会関係者達に対し神父は首を横に振ると、皆に向けてこう言った。

「いくら神から授けられた言葉とはいえ、そのような事は決して認められません! 皆で神へ容赦を願うのです!」

 ところがその日の夜から神父は激しい熱にうなされ、三日三晩寝込み続けることとなる。
 それこそが神罰であると恐れた教会関係者達は酷く悩むことになるが、そんな状況に対し病床から戻った神父は自ら名乗りを上げてこう言った。

「私が行こう……。後のことは任せた」

 そう言って神父は北の山へと向かい……二度とヤズマトの都へは帰ることは無かった。
 残された者達は悲しみに暮れ、その心の傷も癒えぬまま三ヶ月が過ぎ――


【従順な我が信者よ。北の山の頂上で祈りを捧げよ】


 神父が命を捧げたにも関わらず再び授けられた神託に困り果てた信者達は、ついに女王に相談を持ちかけることとなった。

「な、なんという事を……! 我が国の民を生贄によこせとは許せないっ!!」

 神の身勝手すぎる要求に激高した女王は、即座にホワイトドラゴンを討伐すべく騎士団を北の山へと派遣することとなった。
 ところが激しい豪雪によって進軍は頓挫し、騎士達はホワイトドラゴンと遭遇することもなく、撤退してしまった。
 しかも、それからしばらくヤズマトの都で病に倒れる者達が続出したため、更なる神罰に国が滅ぶことを懸念したヤズマト国営教会は、苦渋の決断を下すこととなる。

「今後は、身寄りの無い者達を神に捧げるのだ……」
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