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第六章 ゆきの国の妖精ハルルとフルル

057-フロスト王国の禁忌

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【聖王歴128年 黄の月 5日 早朝】

<フロスト王国 王城正門>

「ややっ。お帰りなさいませ、ウラヌス殿!」

「ああ、お疲れ様カルロス」

 顔見知りの門番と挨拶を交わしたウラヌスは、そのまま俺達を引き連れて城内へと入っていった。
 大広間を抜けて二階へと上がった俺達は、高そうな赤絨毯の敷かれた廊下を歩いて奥へと向かう。
 そして、一際ひときわ立派な扉を開けた先に、玉座に佇むフロスト国王と大臣の姿があった。

「ウラヌスよ、結果はいかがであったか」

「はい。神々の塔の最上階へと登り、結界を再構築して参りました」

「すばらしい、さすが勇者ウラヌスだ!」

 吉報を受け、国王は嬉しそうに手を打つ。
 だが、嬉しそうな笑顔を見せたのもつかの間、国王はいぶかしげな表情で目線をウラヌスの"後ろ"へと向けた。
 言うまでも無く、そこに居たのは怪しい外国人集団……もとい、俺達である。

「で、この者達は何かね……?」

 エレナとユピテルは素性を隠すために髪と顔を隠しているし、俺の服装は見るからにシーフだし、サツキに至ってはそこらへんの田舎の村娘丸出しで場違い感も甚だしい。
 勇者がそんなのを連れて歩いていたものだから、ここへ来るまでの間だって、衛兵やら次女やらにやたらジロジロ見られて何とも気まずかった。

「神々の塔は想像以上に手強いモンスターが多く、私とクルルだけでは先へ進むのが困難だと判断した結果、彼らと一時的に共闘する事になったのです」

 ウラヌスの言葉を聞き、国王の眉が一瞬ピクリと動く。
 それからしばらく無言が続いた後、隣にいた大臣が代わりに言葉を繋いだ。

「確か、ウラヌス殿はクルル殿以外とは一切組まない主義であると聞いておりましたが……?」

「ああ、大臣殿。彼らは異国から来た冒険者なのですが、こちらのカナタ殿は塔の入り口に施された強力な封印すらも軽々と破壊する程に凄腕のシーフ。パートナーであるエレナ殿も、その強力な水属性魔法は凶悪なモンスター共が一目散に逃げ出す程です。組まぬ道理はございません」

「なんと!」

 ウラヌスの口から「凄腕のシーフ」や「強力な水属性魔法」という単語が出てくるのを聞いた国王の顔に安堵の色が浮かぶ。
 その様子に、俺達の予想が正しかったと確信したウラヌスは、わざとらしく茶化した様子で両手をひらひらと振った。

「……ですが国王様。少々困った事がありまして」

「困った事、とな?」

 国王の問いに対し、ウラヌスの代わりにサツキが前へ出て、ペコリと頭を下げた。

「むむ? お嬢さんは確か……大広間で私に質問をした子かね」

「あっ、はいっ」

「……それで、この子がどうかしたのかね?」

「国王は"ご存じではない"かもしれませんが、塔の結界には全ての魔力を奪いスキルが使えなくなる呪いがかけられておりました」

「あ、ああ……」

 それからウラヌスは、残念そうに目を伏せて続きを語り始めた。

「進退に関わる重大な問題を前に、私と彼らとで誰が行くかで口論になりました。ところが、そのいさかいに心を痛めた彼女が、自らの身体を結界へと捧げてしまったのです!」

「「!?」」

 国王と大臣が絶句し表情を強ばらせると、サツキは唇を噛みながらくるりと振り返り、両手で顔を覆って肩を震わせた。
 ……だが俺は知っている。
 コイツが国王と大臣の驚く顔を見て、我慢できずに笑ってしまったという事を。

「おや、どうされました? 顔色が大変悪いようですが」

 ウラヌスの問いに国王は目を泳がせながらも、どうにか言葉を捻り出す。

「い、いや、その娘が不憫と思ってな……」

「ええ、その通りです。しかも更に困ったことがありまして」

「まだあるのか!?」

 すると今度はウラヌスの隣にいたクルルが事情を説明し始める。

「こちらのサツキ様は、東の大国である聖王都プラテナの王家一族とも懇意にされているそうなのです。実はこの旅もお忍びで来た後プリシア王女に御報告する予定だったとの事なのですが、このような事態になってしまい、どうしたものかと……」

『な、なんという事だッ。まさか異国の御令嬢であったとは……その姿は田舎娘を演じておられたのかっ!』

『ぐふぇうっ!』

 ユピテルがおかしな声を出したかと思いきや、サツキに駆け寄りおいおいと泣き始めた。
 ……だが俺は知っている。
 国王の反応がツボにキマってしまい、我慢できずに笑ってしまったという事を。

「そ、その少年は……?」

「えーっと……彼はサツキ様の……婚約者です。最愛の女性がこのようになってしまい、嘆き悲しんでおられます」

 ついにユピテルが御令嬢の婚約者に!
 クルルの唐突なアドリブを受けて、俺は奥歯をぎりりと噛みしめた。
 ……もちろん悔しいわけでも悲しいわけでもなく、平常心を保つために自らの心と戦っているだけである。
 だが、それを見た国王と大臣は、俺が怒りのあまり震えていると勘違いしている様子なので結果オーライ。

「……やはり我々のやり方は、神の意向に逆らうものだったのであろうか」

 呆然と呟く国王を見て、大臣が慌てふためくものの時すでに遅し。
 チャンスとばかりにウラヌスは最後の締めに入った。

「もしや、国王様は何かを隠しているのではありませんか? これからも私達がこの国を護っていくためにも、そして国の未来のためにも……全てを教えて頂きたいのです!」

「……ああ」

 そして国王は、全ての経緯を語り始めた……。


~ 遙か昔の事 ~


 かつて、フロスト王国は自然豊かな恵みに育まれる緑の楽園であった。
 しかし度重なる悪魔の襲撃によって大地は荒れ果て、吹雪の荒れ狂う不毛の大地へと変貌してしまった。

「神よ、どうか我々にお慈悲を……!」

 聖者の祈りが通じたのか、天から神が舞い降りると、右手の一振りで島の南方へ巨大な塔を建てて、次のように言った。


『勇気ある者は頂上で祈りを捧げよ。さすれば、この国は我が加護に護られるであろう』


 それから長きにわたり王国の民は戦士達を塔へと送り、彼らの力と引き替えに島に結界を張り続ける事で、侵略者の脅威を退け続けた。
 ある時は数年、またある時は数ヶ月……。
 結界が消える都度に、一人ずつ誰かの力が失われていった。
 神々の塔の結界によって、この国が魔物に襲われる心配は無くなったものの、次々に力を失う者達の姿に人々は苦悩する。
 だが、そんな中とある「禁忌」に手を出した国王が現れた。


 ――勇者の力を捧げれば、非常に強い結界を造れるのではないか?


 魔王を倒すための存在であるはずの勇者の力が結界維持に有用であると考えた国王は、時の勇者に塔への登頂を指示。
 勇者は国王の望む通り、自らの力の全てを結界へと注ぎ込んだ。
 結果、その結界は凄まじい強度を誇り、それは実に約二十年もの間、国を護り続ける事となった。
 しかも、その二十年間のうちに「天職の神殿」では新たな勇者が誕生し、失われた勇者の力は再び戻ってきたのだ。
 ……つまり、神々の塔へ勇者の力を捧げ続けるだけで、常に強力な神の加護が得られる事が判明したのである。




 以来、フロスト王国において勇者の役割は「魔王を倒すもの」から、民の代わりに犠牲となる「人柱」へと変貌したのであった。
 それが神の意向によるものなのか、それとも……?
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