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第二章 魔法使いの少女シャロン

012-ささやかな願い

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<エメラシティ 校長室>

「失礼します。シャロンです」

「おお、良く来てくれたね。入りたまえ」

 トンガリ帽子に長い白髪と白髭という「典型的な魔法使いの格好」をした校長に会釈をした私は、言われるままに席に着く。
 すると、正面に座った青年が笑みを浮かべながら握手を求めてきた。

「君が噂の天才魔法使いのシャロンちゃんだね」

 最初の一言で、この男の目的はすぐに理解できた。
 まあ、魔王を倒すために旅をしている勇者が私のところへ訪ねて来たというのに、私の能力以外が目的である方が驚いてしまうけれど。

「初めまして、僕の名前は勇者カネミツ。単刀直入に結論から言うけど、魔法学校ここを出て、僕と一緒に来てほしいんだ」


~~


「でも、おにーちゃん。シャロンさんが旅に出ないようにするって言っても、どうやって説得するの?」

 確かに、シャロンにとってこの学校は決して居心地の良いものでは無かったし、自分の事を悪く言う敵対者が多いのも事実だ。
 だからこそ、心ない言葉を浴びせかけられた結果、勇者カネミツの誘いを受ける事になったわけで。

「シャロンは勇者パーティに加わった後もずっと不満そうにしてたから、きっと魔法学校ここに対して何らかの未練はあると思うんだよ。でも、明日22日の中庭での出来事が再び起こってしまうと、シャロンは学校を辞める決断をしてしまうかもしれない」

『だったら、それまでにシャロンさんが心残りにしている事を見つけることが出来れば……!』

「私達でそれを探せばいいんだねっ!」

 というわけで、俺達三人はひたすら校内で聞き込みをして回ったのだが、案の定シャロンに対する罵詈雑言ばかりを聞かされる事となった。
 やれ生意気だの子供のくせにだのと言う陰口が、生徒だけでなく教師の口から聞かされたのはショックだったし、シャロンはこんな環境下で一体何が心残りだと言うのだろう?


【聖王歴128年 青の月 22日】


 結局、シャロンの未練が何なのか分からないまま翌日になってしまった。
 朝からずっと情報収集を続けているものの、状況は相変わらずである。


「え、シャロン……? うーん、まあ、特に付き合いがあるわけでは無いけど、あまり良い評判は聞かないね」

「彼女の悩み? あの子は酷く無愛想だし、そんなの知るわけないよねー」

「研究室を与えられているのに、誰も研究員や協力者が居ないってのもね。学校への貢献度も低すぎるし……まあ、あの性格じゃ共同研究は無理でしょ?」

「正直、目の上のタンコブさ。彼女がいる限り、僕が万年二位だからね……ぐぬぬ!」


 ……とまあこんな感じだ。
 あと、最後のヤツはシャロンがどうとか言う前に、考え方を改めた方が良いと思う。

「シャロンの行動パターンが自室、授業、カフェ、研究室のループって事は分かったけど、ぼっち過ぎて重要な"中身"の情報が全然集まらねえ……」

『それもですけど、面識のある方に対する苦言や批判を聞くと、自分の事じゃなくても何だか胸がギューってなっちゃうんですね……つらいです。うぅ……』

「そういうトコは精霊も同じなんだねぇ。私もかなりイライラするよ……」

 ぐったりした様子の二人をなだめつつ廊下を歩いていると、中庭で勇者カネミツがバラを手折り、それをシャロンに手渡しながら何かをささやいている姿が見えた。

「クソッ! 時間切れか!!」

 バラを手にしたシャロンが驚いたような顔で見つめている先には、中庭の物陰には三人の教師達の姿。
 そして恨めしそうな表情でそちらを睨み付けた彼女は、その場を走り去ってしまった。

「間に合わなかったぁ。うわーん!」

『そんな……!』

 エレナとサツキが悲しそうに嘆いていると、何故か俺達の近くに居た女の子達もガッカリした様子で溜め息を吐いた。

「中庭のあれって勇者様からのお誘いよね? あんなイケメンから告白なんて、間違いなく受けちゃうよね~」

「天才魔法少女センパイもついに見納めかー。一度くらいはお話してみたかったかな」

 そんな事をぼやく二人の存在に気づくや否や、エレナは超高速で飛んだっ!

『お二方はシャロンさんに好意があるのですかーーっ!!!』

「えっ、うええっ!? こ、好意って程じゃないけど、あんなちっちゃい子が大人顔負けでバリバリやってるとか、スゴいに決まってるじゃんねー……?」

「私達みたいな落ちこぼれのポンコツじゃ一生かかっても追いつけなさそうだけど、せめて勉強の仕方を教えてもらいたいかな~って思うかなぁ」

「わかるー。あーしらでも、あんな天才ちゃんから習えたらチョー頭良くなりそうだもんねー」

 ……笑いながら喋る二人の姿を見て、俺は一つの話を思い出していた。


 ――研究室を与えられているのに、誰も共同研究員や協力者が居ないってのもね。


 これは、もしかして……?

「あのさ! 実は俺達シャロンの知り合いなんだけど、ちょっと話を聞いてくれるかな?」

「「???」」


◇◇


 コンコンコンッ。
 エレナが研究室のドアをリズミカルにノックした。

『あの、エレナです』

「はいはい、ちょっと待っててね。どうぞ……」

 そう言いながらシャロンはドアを開けてくれたが、何だか声のトーンが低い。
 それに、目の周りが少し腫れているし、直前まで泣いていたのは間違いないだろう。

「で、何か用?」

『えっとですね……お話をと思いまして!』

 エレナはそう言って二人の女生徒の手を引くと、シャロンの前で三人姿勢を正して並んだ。
 当のシャロンはその行動の意味が理解できておらず、少し困惑気味に首を傾げている。

「この二人は?」

 問われた下級生二人組は、緊張の面持ちのままペコリと頭を下げた。

「わ、私は一年生のメランダですっ!」

「あ、あーしも一年生のキャシーっす!」

 緊張しながら自己紹介する二人を見て、シャロンの表情はますます曇っていく。

「下級生が揃って、私に何の用?」

 シャロンの問いかけに対し、二人がアイコンタクトを交わしながら同時に深々と頭を下げた。

「「私達に勉強を教えてください!」」

「はいぃっ!?」

 いきなりの話にシャロンは驚きのあまり目を白黒させてしまったものの、すぐに気を取り直すとエレナの方へ向き、ムッとした顔で睨んできた。

「ちょっとエレナさん。これはどういう事?」

『あの、メランダさんとキャシーさんのお二人は、どうにも勉強の仕方に迷っているらしくて……。それで、一度で良いからシャロンさんに御教示を頂きたいと』

 エレナの言葉に、二人はウンウンと頷く。

「お願いしますっ!」

「おねしゃーっす!」

『是非お願いします!』

 三人から必死に懇願され、しばらく困り顔で唸っていたシャロンだったが……

「……あーもう、分かったわよ!! まとめて面倒見てあげるから、こっちに来なさい!!」

 ついに折れたシャロンを見て、三人は大喜びでハイタッチ!
 ってなわけで、シャロン先生による「落ちこぼれ生徒救済プログラム」が実施される事となった。
 ……だが、一つだけ俺達の想定外だった事がある。
 それが何なのかと言うと――

「どうしてこの魔術式から、こんなバカみたいな答えが出るわけ!?」

「えーん、ごめんなさいぃ~!」

「アンタも、こんなガバガバな理論でファイアトルネードなんて撃ったら火ダルマになるわよ! 全部やり直しっ!!」

「ひーっ! おゆるしをー!」

 シャロン先生の特別授業は想像以上に厳しかったのであった……。


◇◇


「うぅぅ、ありがとうございましたぁ……」

「シクシク、あざーしたー……」

 メランダとキャシーはグッタリと疲れた様子で研究室を出ると、弱々しい足取りで学生寮へと戻っていった。
 二人曰く「こんなに勉強したのは生まれて初めて」だそうで、知恵熱で倒れないか心配だ。

『あの……いきなり無理なお願いをしてすみません……あいたっ』

 申し訳なさそうに頭を下げたエレナの頭頂部にチョップをしつつ、シャロンは自分専用の椅子に腰掛けると、チラリとこちらに目線を向けて口を開いた。

「色々と考えたい事あるから、今日は帰って頂戴」

『シャロンさん……』

「アンタ精霊のくせにホント人間臭いわね。これ以上長居するつもりなら、解剖して研究素材にしちゃうわよ?」

『ひゃああああーーーっ!?』

「あっ、エレナさーんっ!」

 相変わらず真面目ちゃん過ぎるエレナは、シャロンの言葉を真に受けて研究室から飛んで逃げて行ってしまい、慌ててサツキが追いかけていった。

「あはは。ホント面白い精霊を捕まえたわねアンタ」

「ははは。……お前さんも、なかなか教え甲斐のある後輩が見つかって良かったじゃないか」

 俺の言葉にシャロンはハッとした顔でこちらを見てから、再び寂しげに目を伏せた。

「アンタも見たでしょ。たった1回であんなに意気消沈して……戻ってくるわけないじゃない」

 かつて2年間も一緒に旅をして一度たりとも弱音を吐かなかったシャロンが、こんなに素をさらけ出して居る姿に内心少し嬉しく思いつつも、今本気で悩んでいる姿を見て、俺はその小さな頭を撫でてやった。

「もし二人がまた戻ってきたら、ちゃんと後輩育成頼むぜ、シャロン先生」

「ふんっ……」

 顔を赤くしながら俺の手を払いのけたシャロンを見て苦笑しつつ、俺は少しだけ晴れやかな気分で研究室を後にした。
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