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序章 水の精霊エレナ

001-シーフはつらいよ

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【聖王歴129年 黒の月 1日 夕刻】

<魔王に支配されし暗黒世界 常闇とこやみの大地>

『ヴォオオオオオオオオーーーー!!!』

 グレーターデーモンの凄まじい咆哮ほうこうが辺りに響き、周囲の木々から鳥たちが一斉に飛び立った。
 まるで大木のような巨体は膝丈だけで人間ほどの高さもあり、ギラリと光る鋭い爪は多くのつわもの達を葬り去ってきた。
 そして、そんな化け物の正面に立つ四人の冒険者達……。
 彼らはぼんやりとそれを眺めながら、少し疲れた顔で会話をしていた。

「さて、今日はコイツを倒したら街に戻ろうか」

 勇者カネミツの言葉に、俺達三人はガクリと肩を落とした。

「街ひとつ滅ぼせるようなバケモノ相手に、相変わらず簡単に言うわね……。まあ、私が仕留めるから、皆で時間稼ぎをお願い」

「あいよー!」「はいっ!」

 魔法使いのシャロンが魔法を詠唱し始めると同時に、三人は一斉にグレーターデーモンに向けて攻撃を開始した。

『ウインドアロー!!』

 エルフ弓手のレネットが放った矢は風の加護を受けてグングンと加速し、グレーターデーモンの巨大な翼を貫く!

「バイタルバイド!」

 シーフである俺は、グレーターデーモンの攻撃がシャロンに向かないよう誘導しつつ、鋼鉄よりも硬いうろこに覆われた脚を短剣で切り裂いた!

「それじゃ僕も行くよ。……聖なる剣よ、闇を打ち払え!!」

 勇者カネミツは「神より賜りし伝説の剣」から光を放つと、グレーターデーモンの魔力結界を吹き飛ばした。
 そして、この瞬間を待っていたとばかりに詠唱を終えたシャロンが杖を天高く掲げて叫んだ。

「ゴッドフレアー!!!」






<暗黒の世界唯一の光 サイハテの街>


 本日最後の狩りを無事に終えた俺達は、一日の締めに酒場へとやって来た。

「僕達も有名になったし、そろそろ"イメージ"ってのも大切だと思うんだ」

「そだねー」

 ここは人里としては最も魔王城に近い、サイハテの街。
 さすがに場所が場所だけに、周りを見れば名のある戦士達が勢ぞろいであったりと、まさに「石を投げれば有名人に当たる」状態だ。
 だが、そんな中でも我がパーティの存在感は群を抜いていた。

「そろそろ魔王を倒した後の事も考えておかないといけないものね」

 クールな口調のコイツは女魔法使いシャロン。
 見た目こそ小柄ではあるが魔法の腕はピカイチで、世界で唯一無二の禁呪『ゴッドフレア』の使い手であり、勇者パーティにおいて最強の火力を誇る強者だ。

『私はそうだな……エルフの村に戻って静かに暮らしたいよ』

 シャロンとは対照的に穏やかな口調の彼女はエルフ弓手のレネット。
 だが一見優しそうな彼女の旅の目的は……大切な弟の命を奪った魔王への復讐だ。
 俺自身、その子を助けることが叶わなかったのは今も心残りがある。

「そういや実家に戻ってないからなぁ。俺は田舎に戻って畑でも耕すかな」

 なんだか平凡過ぎる事を口走ってしまった俺の名はカナタ。
 まあ、これといって特徴は無いけれど、勇者パーティでシーフをやっている者だ。
 実家には父母と妹が居て……他には特に言うコト無いかな。

「僕は魔王を倒した後も、世界平和のために尽くすだけさ」

 そして、やたら真面目な事を言いやがるこのキザ野郎こそ、我らが勇者カネミツその人である。
 コイツの性格を一言で表すと「正義が全て!」だろうか。
 とにかく、人助けの為なら何でもやってしまうような、まるで絵に描いたかのような根っからの勇者様だな。

「――だからこそ、世界が平和になった後も"僕達のイメージ"が大切なんだよね」

「イメージも何も、我らが勇者様はどっからどう見たって勇者様だろ? 魔王を倒した暁には英雄王として祭り上げられるコト間違いなし。何も心配あるめえよ」

 俺が一杯やりながら楽観的に答えると、カネミツは困り顔で溜め息を吐いた。

「世界を救う勇者パーティは、よりクリーンであるべきだと思うんだ」

「よりクリーンねぇ。具体的にどうやって?」

 俺が焼き鳥を頬張りながら問いかけると、カネミツは真剣な表情で俺の肩をポンと叩いた。

「今までお疲れさま、カナタ君」

「は?」

 ――というわけで、俺は最終地点ラストダンジョンを目前に、まさかの戦力外通告を言い渡されたのであった。
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