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第5品「勘違いしないでください。俺は俺、彼らは彼らなんで」

豆腐の女神は砕けない……と、カノリの受難?

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「死んでないってどういうことよ!」

  カノリは痛む頭に左手を当てながら、そのカタマリの変貌を見ていた。

  その炭のようにも見えるカタマリは、デスケテスのなれの果てに間違いはなかった。奴が胎児の格好のようになれば、ちょうど同じくらいの大きさだろう。間違いなく強制回帰の効果で倒せている。だがその事実――もしくは願望と、目の前の光景はまったく矛盾していた。

  カタマリのヒビは、徐々にだが増えていく。そしてヒビが増えるたびに、魔力が湧き出していた。丸まった背中がまるで卵のカラのように割れていく。それは、孵化ふかを思わせた――ソヨミスが喋る。

《わたしたちが破壊できるのはおそらく、その外殻がいかくだけっす。デスケテスさんの存在を現す魔力のかくまでは、さすがに破壊できないと思います》

  カノリはソヨミスが喋るたびにかぶりを振った。頭のなかで羽虫が飛び交うような不快感と頭痛が起きるからだ。

  自分の頭のなかにはソヨミスの遺した言葉が飛び交っている。強制回帰の爆発が起きたとき、全身をなにかが貫いたように感じた。たぶんソヨミスがシエル送信を利用して、ありったけの情報をこちらによこしたのだろう。その情報量が多すぎて、理解できないままの言葉がノイズのように反響するのだ。

  しかし、まるでパラパラと適当にページをめくる週刊誌のように、気になったワードが見つかればその部分の言葉を拾える。シエル送信にそんな使い方があるとは、ウィッグの知識は教えてはくれなかった。だから恐らくは、ソヨミスの見つけた裏技だ……実にソヨギらしいが。

(しかも迷惑なくらいに気持ち悪いし)

  カノリは悪態をつきながらも、ソヨミスの声を聞いて安心していた。

  いや、安心はできないか。カタマリの魔力はすでに、カノリには手がつけられないほどに凶悪になっていた。カノリは豆腐を見たが、彼女はまだこの魔力に気づいていない。それほどに茫然自失となっている。

(見てろって言ってもさ、なにかしないとマズイんじゃないの!?)

《カノリさんにはやってほしいことがあります。まずはなにが起きても手を出さないこと。そして、回収してください》

(回収?  なにをよ?)

《かいしゅうと言っても宗派を変える改宗かいしゅうじゃないっすよ?  べつにカノリさんがなに派でもあんまし関係ないっす》

(なんでそんなどうでもいい情報を!?)

  姿がなくてもソヨギはソヨギである。いや、頭痛いし気持ち悪いから、余計な情報をよこさないでよ!

  カノリは『回収するもの』と、頭のなかで連呼した。くだらないボケをいくつか経由し、ようやく目的の情報にたどり着く。が――

  ――パキィンッ! 

  カノリはカタマリを見た。カタマリの背部はいぶが直線に裂け、黒い霧のような魔力が解き放たれた!

《カノリさんに回収して欲しいのは、ソヨギの源晶げんしょうっす》

  ブオッ!  と魔力の奔流ほんりゅうが空へと放出される。あの青かった空が一瞬にして暗く淀んだ。曇天どんてんのように暗いが、雲はいぜんとしてそのまま浮いている。だがその光景はあまりにも不吉だった。

「これは……?  魔力なのですか……?」
「メガ美ちゃん!  デスケテスはまだ死んでないのよ!」
「そんなまさか……おふたりが命をなげうってまで……これは現実なのですか……?  おふたりの命が、想いが、通用しなかったのですか?」

《カノリさんはなにもしないでください》

(どうしろってのよ!)

  『とにかくヤバい』――それがいまを説明するのに一番いい言葉だった。デスケテスの力は超装甲によって、ある意味で拘束されていた。その拘束衣を失ったのなら、いままでの比ではない凶悪な魔神が出現するというわけで――

《ていう王道な感じっす。核デスケテスさん》

  名前はどうでもいい。そもそもソヨギの源晶がどこにあるのだ。ウィッグの知識にも源晶の姿形は存在していない。いや、それよりもデスケテスをどうにかしなくてはならない――

《カノリさんはなにもしないでください》

(もう!  情報が乱雑すぎて逆に役に立ってないよ!) 

  カタマリの背部、その割れたところから、黒くうごめくなにかが出てきた。霧が凝固したそれはアメーバとかスライムのように、凹凸する箇所を交互に変えている……なにかが産まれようとしていた。 

  カノリは瞬時に、それが魔力核だと理解した――意識が遠のく――ハッとして動かせる左手を見おろすと、緊張や恐怖からか汗がにじんでいる。数秒くらいは愕然がくぜんとしていたらしい。カノリはいつのまにか、自分が後退していることに気づいた。ほんの二三にさん歩だったが、あの魔力核を恐れた事実は消すことができない。

「なによあれ……凶悪すぎる」
「マヨギさまが策を……ソヨミスさまが技を……なのに倒せなかった……ソヨギさまは還らない……なぜ?」

  豆腐の嘆きはまるで、心の崩壊のようでもあった。その豆腐の状態はあまりによろしくない。カノリは豆腐へと走った。

  逃げるのが最善だと考えたからだった。アニミスの本質が対魔力である『浄化』なら、魔力の本質は対アニミスの『破滅』である。魔力核はその破滅をこれでもかと凝縮させたシロモノだ。カノリが直感で逃走を選ぶのも無理はなかった。魔力核の凶悪さはつまり、超研鑽に酷似している。余分な魔力を削った純粋な破滅の体現たいげんである。

《イレースヴェノムカノンは破滅属性っす。まあ、破滅が属性ってなんでだってなるわけですが……異世界ってフシギ》

「メガ美ちゃん逃げよう!」

  カノリは走りつつ叫んではみるが、豆腐の反応は薄い。しかし核デスケテスが、徐々に体を構築していくのが分かり、気持ちばかりが焦っていく。

  カノリは豆腐に手が届く距離で止まった。そこで呼んでも豆腐は返事をしない。カノリは核デスケテスを見る。すでに闇の集合体だか黒いゼリーだかに似た下半身の構築が終わっていた。もう豆腐を無理矢理にでも連れていくしかなかった。手を伸ばす。

《カノリさんはなにもしないでください》

(そんな余裕ない!)

  だがカノリの手は、豆腐に触れようとした瞬間にバチィンッ!  と弾かれていた。それは豆腐がカノリを拒絶したような印象だった。連れていこうとした手を振り払ったような印象である。

  しかしカノリはよろめきながら後退し、その弾かれた手を見て、事実がそうではないことをさとる。手はビリビリとしびれていた――

  ――ちょうどそのとき、核デスケテスの再構築が完了した。膨大な魔力が一点に集まったような感覚がしたのである。そして放出されている魔力にあった、あのな印象は影をひそめていた。それは核デスケテスが純粋な破滅ではなくなったことを示しているのだ。つまりそれは、魂の意思が宿る、肉体に似たなにかを手にいれたということである。それはつまり、魂の純粋さは失うが、自由に動き回れるということであり――

「間に合わなかった!」

  カノリは悲愴ひそうじみた絶叫をあげた。

  デスケテスの遺骸の背部から少し浮いて、その魔力の集合体は存在していた。遺骸のとっている胎児のポーズのまま、身を守るように悪魔的な大きな羽で全身を覆っている。表面というか皮膚は、暗黒を彷彿ほうふつとさせる色合いで、存在そのものが闇であるかのようである。

  体つきはだいぶスマートであり、それこそ無駄な巨躯きょくを削り、機能的な体躯たいくを手にいれたのだと言えた。手足は細く、異様に長い爪が目立つ。顔つきはよく分からない。そもそもアレが体であるとか、顔であるとか言えないんじゃないだろうか。なにせアレを構築しているのはすべてが魔力なのだ。

「ねえ、アレの名前は?  どうせ予想してなにか考えてるんでしょ……」

  凶悪の次にカノリの得た印象は絶望だった。諦めたくはないがこれは……これはもうムリだろう。魔力の底が知れない。マヨギが言った『魔力の総量を知ればげんなりできる』、は本当だった。そしてなんとも言えない現実逃避が可能になるのだ。だから名前なんてどうでもいいことを聞いたんだろうな。

《ちょっと自信ありますよ。デスケテスさんの真の姿の核ってことで、真核しんかくデスケテスさんっす。まるで格ゲーのキャラ名みたいっすよね。最近流行りの暴走を使わないところがミソっす……なんでこういうときにミソって言うんだ……》

  ……やっぱり考えてたか。しかもまんまじゃん。

(でも、バカな話聞いて少しラクになった。わたしになにもするなってことは、なにかする誰かが他にいるってことよね?)

  ソヨミスの言葉を冷静に分析する。豆腐に触れようとして弾かれた手は、まだビリビリとしていた。

  カノリの気づきとともに真核デスケテスが動き始めた。ゆっくりと両腕を開き、両脚をおろしていく。まるでツボミの開化のようだとカノリは思った。美しくはないが。

  真核デスケテスが体を起こしていくと、その顔がようやく見えた。真核デスケテスの顔にあるのはひとつ、だけだった。鼻を思わせるわずかな隆起りゅうきと悪魔的な角、そして先の尖った鋭角の眼光である。

「くぅ……!」

  カノリはその視線を見ただけで吹き飛ばされそうになっていた。本能が逃げ出そうとしたのかもしれないが、折れた右腕の痛みで我に返る。ビリビリとしている左手でおでこの汗を拭った。汗は冷静になろうとすればするほどに噴き出してきた。冷静に考えたら逃げるのが最善なのだから当然だ。でもその最善と、逃げ出せない使命感でサウナ風呂状態なのだ。それなら汗くらい出るわよ!
 
  カノリが精神内でせめぎあいをしていると、真核デスケテスが完全に四肢ししを開いた。そしてのけぞるように空を見上げた。絶望じみた体を揺らすと、

「フハハハ……ハハハハハハ……!  ハーハハハハハハハハハハッ!!」

  まるで天上の神をあざけ笑うかのような哄笑こうしょうだった。カノリは真核デスケテスが笑うたびに――魔力の波動が放たれるたびに、精神と肉体が同時に傷つけられていくような気がした。吐き気すら覚え、たまらずに上空に飛び上がった。

  駐車場の屋根のうえに立つ。真核デスケテスの発する波動だけで、駐車場のコンクリートが剥がれ、いくつか自動車も大破している。屋根から見おろすとそれがよく分かった。そのヤバさがよく分かる。

  カノリはこの時点で自分ではどうすることもできないと、心の底から理解していた。それと同時にマヨギとソヨミスの狙いも理解した。こんな絶望をまえにしても、豆腐はいまだに微動だにしていなかった。

《カノリさんはなにもしないでください》

  分かってる。どうせなにもできない。

  カノリは豆腐を注視していた。豆腐は茫然自失の状態でも、心の崩壊による精神錯乱の状態でもなかったのだ。カノリは痺れている左手を見る。

  豆腐はアニミスを高揚させていたのだ。デスケテスが死んでいないことを知り、ソヨギが戻らないことを知った豆腐は、その哀しみをアニミスに代えていた。豆腐はただ静かに、想いを巡らせていたのだろう。

  それは『迷い』に似た状況を作った。さまざまな感情が豆腐をがんじがらめにしていた。怒ればいいのか、泣けばいいのか、なにをすればいいのか分からなかった。カノリ自身、友情と恋愛の板挟みみたいなことがあって、なにをすればいいのか分からなかった。動けなかった。

  動き出すのに必要なのは『きっかけ』である。

「なにを……笑っているのですか……」

  豆腐のきっかけはそれだった。カノリが恐れた哄笑に、豆腐は疑問を投げかけた。

  真核デスケテスの魔力は意に介さない。豆腐はもう、豆腐にとっての真の恐怖と絶望をすでに体験している。ソヨギが死に、戻らないという恐怖と絶望である……だからそんな疑問が優先する。

  パァンッ!  となにかが破裂した音が、豆腐の近くで起きた。

  真核デスケテスは笑い、そして魔力をつりあげていった。真核デスケテスにとって豆腐は無益な存在として映っている。だから意に介さない。奴にとって豆腐は、脆弱で矮小な存在である。

  パァン――ピシャアン!   豆腐の近くで破裂音が連続して起きた。その音の正体は視認できていた――雷である。次々と豆腐の周囲に雷が落ちる。

「なにを笑うのかと聞いているのです……」

(誰……?)

  一瞬、豆腐の姿に重なるように、見たことのない女性が見えた気がした。すぐに消えたが、白く輝く長い髪と、どこか神聖を思わせるローブのようなドレスが見えた。同時にアニミスが膨れ上がる。

  真核デスケテスは笑うことはやめなかったが、そのアニミスに反応した。腕を広げて立ち、笑う姿が挑発しているようにも見えた。

「なぜ笑うのかと聞いているのです!」

  ――豆腐が半透明の球体に包まれ、アニミスが爆発した!  カノリの体がまた宙に浮き、空へと投げ出される。真核デスケテスは驚いたように笑うのをやめ、究極のアニミスを凝視した。

「なんてアニミス……!  ソヨちゃんのアニミス回復ってこんなにスゴいの!?」

  カノリは空中停止してふたつの強大な力を見おろした。豆腐を包んだ半透明の球体に、天空からの稲光とともに巨大な雷が落ちる。それを受け止めた半透明の球体を、バチバチと雷がまとった。

《……想いはアニミスを強くします。その想いの強さに比例して、内在アニミスはより強力になるんす。そんでもって、異世界のひとたちは勘違いしてる》

「勘違いってなに?」

。特にメガ美さんはソヨギによって、ほとんど最初からこっちのアニミスを操れるようになってました。でも異世界特有の勘違いで気づいてないんす。思いこみの激しさが逆に作用しちゃってます。まあそこは護神が定めを重んじることに起因してるんじゃないっすかね。これはこういうものだからこう、っていう考え方がアニミス感知をさせてくれないんす。でもさらに逆に、その思いこみの強さがメガ美さんを強くします》

(それを知っていたってことは、これも作戦のうちってこと!?)

  でも確かに……豆腐はゼファーの属神で、大空に関する属性を操ることができる。目の前の雷がその証明だが、これはどう見てもゼファーの関与するアニミスではなさそうだった。ゼファーが展開しているのは言語変換アニミスのみだし、シエルネットワークにもこんな効果はない。しかし雷は豆腐から発されておらず、どう見てもこの世界の大気から発生している。ソヨミスの言葉を裏づける現象は起きているのだ。

「こっちの世界のアニミスが操れるうえに、この内在アニミス……メガ美ちゃんて護神で一番なんじゃ?」

《ソヨギに関わる限り、護神でもっとも強いのは――》

「デスケテス……!  ソヨギさまの死を笑うこと、このわたしが許さない!!」

  ボゴァンッ!  究極のアニミスを纏った豆腐が飛翔した。それはフェイクスター並の速さであり視認は不可能だった。豆腐の背後にあったなにもかもが破壊され――瞬きのあいだに真核デスケテスに到達している。それどころか、

「――!」

  真核デスケテスが声にならない絶叫をあげているようにも見えた。豆腐がその破滅そのものである体を貫いたのだ。次いで、無数の雷撃が真核デスケテスに降り注ぐ!

「まるでハイ・ヴォルトじゃないの……」

  いや、属性さえ分かれば似たような技を使うことは可能である。豆腐は無意識のうちにビデガンの最強技を使っているのだろう。ただし元となる属性である破滅か浄化かの違いはあるだろうが。

  なんにせよ体を貫通され、さらに雷撃まで食らった真核デスケテスはひとたまりもないだろう……と思いきや、真核デスケテスは全身を跳ねさせて雷撃を弾くと、空にいる豆腐に迫った。そしてあの拳打を放つ!

  ドガァンッ!  と衝撃波が豆腐を直撃した。カノリはバラバラに砕かれた豆腐を想像して顔を覆いかけたが、展開されている半透明の球体が完全に受けきっていた。

「甘い!  その力はいちど!」

  ……そうか、豆腐はすでにデスケテスと戦っているのだ。さらにはカノリとの一戦も見ていただろう。カノリは豆腐のそのひと言で真核デスケテスの弱点を見つけた。

  奴は強すぎたのだ。細かく修練を重ねたような技を必要としないくらいに、デスケテスという存在は強すぎた。だから攻撃は剛拳一本のみ。しかも超装甲に守られていたために、防御手段にも精通していない。

  豆腐は攻撃を防ぐと超速突進をくりだす。真核デスケテスはかわす動作くらいはしたが、遅い。豆腐によって右腕がもがれた。出血がないのは真核デスケテスが魔力の集合体だからだ。

  豆腐はくるりと反転し、ゴガァンッ!  とふたたび雷を受けた。半透明の球体がさらに強力に帯電する。そこで半透明の球体の表面がゆらゆらと波打っているのが分かった。

  正体は水属性の障壁である。豆腐は水属性の障壁に守られ、纏う雷属性で攻撃している。こちらの世界のアニミスが操れる以上、この状態を破ることは不可能だろう。

「笑わないのですかデスケテス。それとも……すべての力の頂点に立った気でいたことに、いまさら気づいたのですか。ソヨギさまがなぜ、あなたなんかに命を捧げなければならなかったのですか!?」
「……ムエキ……ワレニハムエキ」
「本当に無益なものは力です。必要以上の力は破滅を招くだけ!  あなたの存在こそ無益なのです!」

  豆腐のアニミスがさらに上昇する。強制回帰すれすれのアニミスのように感じるが、

《強制回帰は空気入れすぎた風船が爆発するのと一緒。てことは魂の容量が大きければ問題ないっす》

「メガ美ちゃんはすでになん百倍って倍率のアニミスを内包していたから大丈夫ってこと……だよね?」

  普通なら受け入れることが困難だろうが、ソヨギのむちゃくちゃが成功したときはだいたいこんなもんである。しかもむちゃくちゃなくせに、理屈としては納得できるのがイヤらしい。

  豆腐が攻撃を再開した。その超絶アニミスの影響でそこらじゅうに落雷が発生している。おかげで屋上はボロボロになっていた。

「スゴいねメガ美ちゃん……デスケテスなんて敵じゃない」

  でも哀しいアニミスだなと、カノリは目元を指でこすった。

  想いがアニミスを強くする。豆腐の場合、護りたいとか、大切にしたいとか、そういう想いがとても強いのだ。それはとても女神らしいのだが、それ以上にソヨギに対する想いが強力なんだと思う。だからソヨギを失って、その想いがさらに強くなった。カノリも女なので、そのへんの感情は知っているつもりだ。姿が見えず遠くにいるほうが、そのひとを想う力が強くなる。

  大切なひとを失ったショックは途方もないのだ。死は時間を濃密にする。それにまた会えると思っているただのバイバイですら、永遠の別れのような寂しさで苦しくなる。それは想いびとの存在が大きく大切なほど、見失ったときにとても強くなる。その想いは心がある者ならば、誰もが理解可能な強さを誇る。

「その想いがアニミスに代わってるなら、弱いわけがない……!」

  カノリは豆腐の勝利を確信して――ソヨミスのことを思い出した。すると頭痛と言葉。

《カノリさんに回収して欲しいのは、ソヨギの源晶っす》

「それ!  それはどこにあるの?」

《ソヨギの源晶はマヨギさんとわたしの中間にあるんじゃないかなと。ほら、わたしたち粉々じゃないですか?  だから中身とかめちゃくちゃに飛び散ってあたり一面にその内容物が――》

「きゃー!  やめてー!  変な想像させないでっ。てゆーかソヨちゃんもグロいの嫌いでしょ!?」

《グロいのはイヤです。デスケテスさんの装甲のなかにあるんじゃないかなって》

「自分からフッといて……あのカタマリのなかにあるのね」

  ふたりがデスケテスを挟むように立っていたのも、そのためだったと考えられる。半欠けの魂が肉体から離れ、融合するのはその中間地点だろう。超装甲は破壊されたのだろうが、周囲の環境くらいからは守ってもくれる。

  カノリは半壊している屋根のあたりにおり立った。豆腐が最初にいた場所からは、雷の雨が降っていたためだ。カタマリまで約百メートルほどだが、この雷を越えなければならない。

「もちろんこれも想定内なんだよね?」

  聞く……が、答えはない。想定外かよっ!

  でも、そのあたりの情報をソヨミスが送信していなかったとしても、カノリが近くにいたことは知っていただろう。だから知らないうちにカノリも作戦の一部にされていた、そう考えてもいいはずだ。ソヨギの頭のなかを覗かなければ確かではないが、ソヨギならばいくつかのパターンは想定していただろう。そのパターンが多過ぎたために、情報として送れなかったのかもしれない。

  なぜなら、この源晶回収の任務を、残された豆腐がやってもよかったはずだからだ。なのに情報を受け取ったのはカノリである。豆腐がデスケテスを倒すと考えていたのなら、生存する確率が高いだろう豆腐に情報を送るだろう普通。

  とりあえずヒントは頭のなかにある。カノリは現状を打破できるなにかを探った。よく分からないマンガの話や、生活費が足りないことの不満などを拾う。いや、そんなこと伝えるくらいなら明確な作戦を……とも思うが、なんでもかんでもソヨギに頼るのはシャクである。

  シャクだったが、ようやくソヨミスが身になる言葉を反響させる。自分でなんとかしようと思った矢先でだ。いなくてもその『からかい癖』は健在である。 

《わたしと一緒で、カノリさんもこちらのアニミスを操れるわけです。だから骨折も治せないっすか?  骨はリン酸カルシウムですが、カルシウムは金属の一部っす。鉱石属性に含まれないっすかね》

「え?  そうなの?」

  カノリは驚きつつ、左手を右腕にそえた。周囲のアニミスを知覚する感覚をせばめていく。すると右腕から、アニミスの不調和を感じるようになった。骨だとは分からないが、鉱石系アニミスが成立していないのだ。

「本当にできるのかな……リストレイント・リングス――痛ぁいっ!」

  操作と変化を同時にやってみると、激痛が走った。複雑骨折していたものだから当然である。無理な操作と変化が周辺の筋肉などを傷つけたのだ。治ったとは言いがたい感覚がする。ドッドッド……という血流が起きるたびに、痛みが走っていた。

「でも動く……いちいち痛いけどっ!」

  内出血ならそのうち治るだろうと思うしかなかった。あとは雷を避ける方法だが、

「パッと思いつくのは避雷針だけど……大気アニミスは鉱石アニミスに変換できないからなぁ」

  護神たちに定めがあるように、アニミスにもきちんとしたルールがある。一恵一神いっけいいっしんの定めがあるように、属性は他属性に影響はしても、同じにすることはできない。カノリはアニミスを知覚できるようになったが、生命力をたもつための利用くらいしかできないのである。その定めの超越を可能にするのはエルアニミストのみとされている。

  とにかく、カノリには使えるものが必要だった。使えるもの……と見渡してみれば、それは案外アッサリと見つかる。

「車があるじゃん。鉄とか使ってるよね?」

  カノリは手近にあった軽のワンボックスに手を伸ばし、操作を発動した。やっておいてビックリしたのは、五百キロ以上ある車体が手元までズギュンッ!  と飛んできたからだ。ぶつかる!  と身構えたが、軽のワンボックスは直前で止まった。

  車の鉄部分だけを変化させ、大きな針のようなものを三本ほど作る。凝縮などをするとそれが限界だった。リストレイントで投げ、等間隔に刺す。すると雷が避雷針に落ち始めた。

「これならイケる……ソヨちゃんの源晶を!」

  カノリは走り出した。雷は避雷針が受けてくれるので走ることだけに集中した。

  距離半分くらいで最初の一本を移動させ、カタマリまでの道を作る。カタマリまでもうすぐだ。

  ――ビシャアンッ!  と新たに立てた一本に雷が落ちた。それを通りすぎようとして、カノリは雷の一撃を受ける!

「くぅっ――!?」

  頭が真っ白になった。カノリは屋上に叩きつけられて、上体を起こす。死ななかったのは運がよかった。カノリの肉体は人間そのものだから、いまの事故で死んでもおかしくなかった。アニミスを理解していなければ死んでいたかもしれない。

「避雷針に落ちたのに――て、ウソやめてよ!」

  カノリは雷鳴を聞いてうえを見た。さほど高くはない上空で、帯電現象が起きていた。

                                        続く
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