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6.夏立ち、月と遊ぶ

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 日捺子は部屋を眺め回し、そして思った。いつ見ても生活感がなくてモデルハウスみたい。それは日捺子が日々美しくあるように片付けているから、というのもあった。ここにある全てのもの――部屋はもちろん、家電や家具、ファブリック、小物ひとつに至るまで――は、彼が望み、彼が努力し、彼がお金を出し入れたものだ。日捺子はなにもしていない。与えられたものを受け入れているだけだ。そんな日捺子にできることは、その場所を美しく保つことしかなかった。彼のほんとうの望みには気付いていない振りをして。それなのに、許されている。いつまでそうやっていられるのだろう。卑しい女。日捺子は鼻で笑い、部屋の電気を落とした。
 
 
 

 
 ベッドに仰向けになって、日捺子は大きく息を吸い込んだ。体がひどく疲れていた。大人になってから運動らしい運動なんてしたことがなかったのだから当たり前のことだった。ただボールを投げるだけであったとしても、日捺子にとっては立派な運動だった。体がベッドに押し付けられているかように、重い。いつもはないだるさが日捺子の体の節々にも残っていた。だから、体をしっかりと休めたいから、今日はソファで眠る気分にはならなかった。

 日捺子は自嘲する。
 うそ。
 自分を誤魔化してどうなるというのだろう。
 そんな理由じゃないくせに。

 ほんとうは、ソファからキッチンが見えるのが嫌だった。あの場所で横になれば、きっといろんなことを考え、感じてしまう。すべてを元通りにしても、なかったことにしても、実際は見えないおりとなって内に残っている感情。

 朝、彼を見送ったときの気持ちとか、誕生日の準備をしているときの気持ちとか、へたくそなバースデーソングを歌っているときの気持ちとか、そういうキラキラしたものが煌めきを失って色あせた瞬間、生まれる黒い感情が澱となる。澱は引き寄せる。

 さみしい。

 こういうのはあとからやってくるのだ。すこしずつ、じわじわと、気配を消してやってきて、気が付いたときにはすぐそばにいる。当たり前のような顔をして。油断をしてるあいだに内に入り込み、心にへばりついて、むしばんでいく。日捺子はうつぶせになって、枕をぎゅっと抱きしめた。横目でサイドボードに置かれた時計を見る。今日が終わりを迎えかけている。日捺子は呟く。

 お誕生日おめでとう。

 日捺子は自問自答する。私はどうしてほしかったんだろう。どうしたかったんだろう。理解したい。理解なんて求めない。知って欲しい。知られたくない。そばにいてほしい。離れてほしい。私はいつだって矛盾で満ちている。このままじゃだめなことだけは、痛いほど分かっているのに。どうするのがただしいのか、ずっと答えを出せずにいる。

 日捺子は目を閉じた。すると、自分が投げたボールがゴールに吸い込まれていく光景が眼裏まなうらに浮かんだ。あのときの嬉しくて、楽しくて、ふわふわした気持ちが蘇ってきて、心にほんのり光が灯る。内にへばりついていた澱が薄れ消えていく。うん。だいじょうぶ。私は、だいじょうぶだ。日捺子は睡魔と手をつないで、眠りに落ちた。
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