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6.夏立ち、月と遊ぶ

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 フェンスに囲まれたその場所に早坂晟はためらいなく入っていく。金網でできた扉を開けるとき、ぎぃと錆びた音がした。

「これ、やりましょう」

 バスケットゴールを指さす早坂晟は楽しそうだ。半面、日捺子は眉根を寄せ苦い顔をしている。

「でもボール、ないよね」

 ボールがなければ何もできない。そこに日捺子は一抹の希望を託していた。けれど日捺子の思い虚しく、早坂晟は近くの茂みをごそごそと探り、薄汚れたバスケットボールを嬉しそうに持ってくる。なんだか犬みたい。人なつこい大型犬。

「こないだ見つけて、隠しておいたんです」

 だれかの忘れものだろうか。ボールは勢いよく地面に叩きつけてもあまり弾まない。

「空気あんまり入ってないから1on1とかは無理なんで。どっちが多くシュート入れられるかっていうのは、どうですか?」

 日捺子は返事をしなかった。

「どうしたんです?」
「勝負は、できません」
「なんで?」
「私、球技苦手なので。お断わりします」

 しっかり、はっきり、きっぱり、日捺子は断った。

「ボール投げるくらいできるでしょ?」
「サンダルだし」
「大丈夫、大丈夫」

 まったくもって気乗りしない。にも拘らず、早坂晟が投げたボールを日捺子はついつい受け取ってしまった。

「投げてみてください」

 日捺子は当惑していた。どうしよう。たぶん早坂くんは私の運動音痴、いや球技音痴を甘くみている。でも、だからこそ1球投げてみたら、そのセンスのなさを知って諦めてくれるかもしれない。そうだ。そうしよう。日捺子は意を決して、ボールを頭の上に持ち上げる。隣にいた早坂晟が距離を置く。日捺子は目をつむって、思いっきり力を込めて、投げた。

 そう。投げた。手からボールは離れた。
 なのに、なにかが、おかしい。
 ボールが飛んでいく感覚も遠くに落ちる音も、なにもしない。

日捺子はおそるおそる目を開けた。ボールはなかった。足元にも、目の前にも、ゴールの近くにも、どこにも転がっていない。

「まじで?」

 斜め前で見ていた早坂晟が驚きを隠せない様子で、日捺子に近寄ってくる。状況が飲み込めないまま立ち尽くす日捺子の横を通り過ぎ、その先で早坂晟は地面に手を伸ばす。ボールは日捺子の後ろに、ぽつんと落ちていた。

「俺、ボール投げて後ろに飛んでいく人、はじめて見ました」

 そう言ったあと、早坂晟は腹を抱えて笑い出した。日捺子は恥ずかしくなって、俯いた。早坂晟はそんな日捺子を気にする様子もなく笑い続けている。そんなに笑うことないじゃない。日捺子はぶすくれて、言う。

「だから、苦手って言ったのに」 
「すみません。でも……悪くないんじゃないんですか?」

 ふくれっ面の日捺子に、早坂晟は優しさなんだか、慰めなんだか、よく分からない言葉をかける。けれど笑いは収まらず、すみません、すみません、と謝りながら、すまなさそうな感じが微塵もないまま馬鹿笑いを続ける。うざっ。日捺子はいらっとしてボールを早坂晟に投げつけた。でも、ぶつけるつもりだったホールはやすやすと早坂晟に捉えられてしまう。
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