きらきら果つる、美しき月

江胡 衣

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6.夏立ち、月と遊ぶ

6-5

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 少し進んで、立ち止まって、早く、と日捺子に手招きする。
 夏の初めの、心地よい夜風が日捺子の髪を揺らす。
 日捺子は駆け、早坂晟のあとを追う。






 オフィス街のなかにある夜の公園。わりと広々とした、天気のいい日には昼ごはんを食べたり、休憩したりする人もいそうな、そんな場所。そこに早坂晟は日捺子を連れてきた。
 早坂晟が街灯の真下のベンチに座って紙袋を置く。タッパーを取り出そうとする彼に日捺子は立ったまま、箸、ないですよ。と言った。

「え? そうなんすか?」

 うん、と頷いて食べる予定じゃなかったしと、日捺子は困った顔をする。それを聞いた早坂晟はタッパーをベンチの上に出しながら確かめていく。もちろん箸はないし、飲み物もない。

「ちょっと待っててください」

 言い、早坂晟が公園を足早に出て行く。それ見といてくださいね、そこに居てくださいね、と日捺子に告げ、更に帰らないように念を押して。そこまでしつこく言わなくても別にいなくなったりしないのに。日捺子は、不本意だった。

 公園には日捺子以外にふたり人がいた。その人達はだいぶ離れたところで、一定の距離を保ち煙草を吸っていた。会話をしているようには見えない。吸い終わったらすぐに立ち去りそうな雰囲気だった。うん。少しくらい離れても大丈夫でしょう。手持ち無沙汰な日捺子はベンチに背を向け、ぶらぶら歩き出した。

 私はつくづく公園と縁がある。

 だからなのか日捺子も公園が好きだった。そういうのってあるんだろうなって、思う。好むから引き寄せられる。じゃあ、逆は。木の幹に掌で触れて、呟く。桜かな。手をうんと伸ばして葉に触れる。ふちがギザギザの桜餅を包んでるのとおんなじ葉だった。

「なにしてんすか?」

 知らぬ間に戻ってきていた早坂晟に後ろから問われた。

「これって、桜の木かなぁって」
「そうですよ。春にここを通ったときは桜が咲いていたので。たぶん、その木もきっと」
「そうなんだ」
「箸もらってきたんで食べませんか?」

 日捺子は振り返る。早坂晟の額には汗が浮いていた。

「走ってきたの?」
「いいえ」

 嘘つきだ。早坂晟は小鼻を膨らませて肩で息をしている。

「米。米もありますよ。あとお茶と、なんかいろいろ」

 とりつくろうにいそいそと早坂晟がコンビニ袋から塩むすびを取り出してみせる。座りましょうと言われ日捺子は素直にうなずき、ふたりで石造りのベンチに座った。早坂晟はタッパーの蓋を開けて中を見ている。

「いっぱいありますね」

 日捺子が持ってきたのはハンバーグが入ったタッパーがみっつに、ラザニアが入った大きめのタッパーがふたつ。

「うん。そうですね」

 渡されたコンビニのウェットティッシュで日捺子は手を拭いた。

「これ、なんですか?」
「ラザニア」

 どれもまだ冷めてはいなかった。残ったひとつのタッパーにはぎっしりと詰められたサラダ。そのタッパーを日捺子は手にとった。

「また野菜ですか?」
「いいでしょう。別に」
「好きですね」

 そういうわけじゃない。でも勝手に手がのびちゃうんだから仕方ないでしょう。日捺子は心の中でだけ口答えをする。
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