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6.夏立ち、月と遊ぶ
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作るものは決めていた。煮込みハンバーグとラザニアとサラダとコンソメスープ。そういえば、日捺子ははたと気付く。主食を何にするか、まだ決めてなかった。パンか、ご飯かどっちがいいんだろう。ご飯ならバターライスとか、ガーリックライスがいいのかな。そんなことを考えている間にお湯が沸く。沸騰した鍋に塩とオリーブオイルを入れてからラザーニャを放り込んでいく。今度はぴーぴーとオーブンが予熱完了を知らせてくる。主食のことは、まあ、いいや。おかずを作りながら決めよう。日捺子は思いなおし、料理を続ける。
ミートソースとホワイトソースは手抜きをしてレトルトで。そのぶん、ハンバーグは手をかける。ゆで卵入りのと、チーズ入りのと、両方入りのと、ノーマルと。形は定番の丸型、俵型、あと、ハート型も作った。そういう分かりやすいものを、彼は好むから。出来上がった数種類のハンバーグのたねを一度両面を軽く焼いてから、じっくりことこと煮込む。
日捺子は料理が好きだ。料理というより無心で作業をするということが。そういう時間は、心が凪ぐ。胸の中にあるどうしようもないものが、どこかにいってくれる。
サラダに使う野菜を用意してレタスは手でちぎった。玉ねぎはスライサーで薄くして水にさらす。トマトは湯剥きして緑のぐちゅぐちゅの部分を取っていく。彼はここが嫌いだから。
日捺子は日捺子なりに彼と向き合ってきたつもりだ。彼がなにを好んでいるとか、なにを嫌っているとか、一緒に過ごした数年間で積み重ねた、いろいろ。それは愛だとか恋だとか呼ぶには熱が足りないけれど、情と言い切るには甘さがあった。
日捺子なりに大切に思っているのだ。彼を。日々を。ささやかな、ひとつ、ひとつ、を。そうしていればきっと、平らかで健やかな場所に辿り着くと信じて。
はっぴばーすでーとぅーゆー
はっぴばーすでーとぅーゆー
この瞬間もそういう大切な、ひとつ。だとしたら、私の下手っぴな歌も、悪くない。
夜7時の30分前。彼からの電話が鳴った。
嫌な予感がした。
ごめん。と、彼は言った。
日捺子は落胆できなかった。電話が鳴った瞬間に察してしまったから。ごめん。その三文字が電話から聞こえたときは答え合わせみたいで、日捺子は可笑しささえ感じていた。
「どうしたの?」
それでも、日捺子は聞いた。
「ごめん、本当にごめん。仕事、どうしても抜けられなくて、帰れそうになくて……用意、してくれてるよね?」
ざわ、ざわ、ざわ。今日も彼の周りには、たくさんの雑音が溢れている。こういうとき、日捺子は彼をとても遠くに感じる。でも、向こう側に、彼の近くに行きたいとは思えない。
「日捺子?」
彼が日捺子を呼ぶ。その声音で彼がすごく落ち込んでいることが伝わってきてしまう。ごめんって心の底から思っているのも。きっと私よりも彼の方ががっかりしている。だって今日、お誕生日なのは、彼だから。
「ごめんね、は私のほうかも」
日捺子は温め直していた鍋の火を止めた。
「ケーキ作りはじめてだったから時間かかっちゃって、ご飯の準備全然できてないんだよね。実は」
ミートソースとホワイトソースは手抜きをしてレトルトで。そのぶん、ハンバーグは手をかける。ゆで卵入りのと、チーズ入りのと、両方入りのと、ノーマルと。形は定番の丸型、俵型、あと、ハート型も作った。そういう分かりやすいものを、彼は好むから。出来上がった数種類のハンバーグのたねを一度両面を軽く焼いてから、じっくりことこと煮込む。
日捺子は料理が好きだ。料理というより無心で作業をするということが。そういう時間は、心が凪ぐ。胸の中にあるどうしようもないものが、どこかにいってくれる。
サラダに使う野菜を用意してレタスは手でちぎった。玉ねぎはスライサーで薄くして水にさらす。トマトは湯剥きして緑のぐちゅぐちゅの部分を取っていく。彼はここが嫌いだから。
日捺子は日捺子なりに彼と向き合ってきたつもりだ。彼がなにを好んでいるとか、なにを嫌っているとか、一緒に過ごした数年間で積み重ねた、いろいろ。それは愛だとか恋だとか呼ぶには熱が足りないけれど、情と言い切るには甘さがあった。
日捺子なりに大切に思っているのだ。彼を。日々を。ささやかな、ひとつ、ひとつ、を。そうしていればきっと、平らかで健やかな場所に辿り着くと信じて。
はっぴばーすでーとぅーゆー
はっぴばーすでーとぅーゆー
この瞬間もそういう大切な、ひとつ。だとしたら、私の下手っぴな歌も、悪くない。
夜7時の30分前。彼からの電話が鳴った。
嫌な予感がした。
ごめん。と、彼は言った。
日捺子は落胆できなかった。電話が鳴った瞬間に察してしまったから。ごめん。その三文字が電話から聞こえたときは答え合わせみたいで、日捺子は可笑しささえ感じていた。
「どうしたの?」
それでも、日捺子は聞いた。
「ごめん、本当にごめん。仕事、どうしても抜けられなくて、帰れそうになくて……用意、してくれてるよね?」
ざわ、ざわ、ざわ。今日も彼の周りには、たくさんの雑音が溢れている。こういうとき、日捺子は彼をとても遠くに感じる。でも、向こう側に、彼の近くに行きたいとは思えない。
「日捺子?」
彼が日捺子を呼ぶ。その声音で彼がすごく落ち込んでいることが伝わってきてしまう。ごめんって心の底から思っているのも。きっと私よりも彼の方ががっかりしている。だって今日、お誕生日なのは、彼だから。
「ごめんね、は私のほうかも」
日捺子は温め直していた鍋の火を止めた。
「ケーキ作りはじめてだったから時間かかっちゃって、ご飯の準備全然できてないんだよね。実は」
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