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5.雨は降り、廻る

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 責めるような、ひりついた空気が肌にまとわりつく。日捺子は腕に、ナルの視線を感じた。わたしは、どうしたらいい。日捺子は、考える。せいかいは、なに? 考えたところで答えなんて、でない。沈黙が、怖い。ナルくんはどうしてなにも言わないの? わたしから喋るのは、だめだ。日菜子は口を引き結ぶ。

 わたしは、きっと、間違ったことを、言ってしまう。

 日捺子はおそるおそる、ナルの方を見た。ナルと目が合う、と同時に日捺子が自分を見るのを待っていたかのように口を開いた。

「これは、どうしたの?まさか、転んだとか馬鹿な言い訳しないよね」

 日捺子は余計なことを言わないように、下唇の内側に歯をたてた。

「今更だけどさ、聞いてもいい?」

 日捺子の無言を、ナルは肯定とした。 

「あの夜どうして公園で寝てたの?」

 日捺子は、答えなかった。

「家に入れてもらえなかった?」

 日捺子は、膝の上で両手をぎゅっと握った。

「単刀直入に聞くけど、日捺子ちゃんは誰かにひどいことをされてるよね。あぁ、ひどいことって暴力とかそっち系のことね。その相手は家族……ちがうか、彼氏?」

 ひどいことだって。なにそれ? 日捺子からすればナル見立ては見当違いもはなはだしいものだった。答えるのもばからしい。日捺子は黙り続ける。ナルの口は動く。黙ってないで、ちゃんと答えてよ。聞こえてるんでしょ。

「暴力、受けてるんだよね?」

 ばかばかしい。暴力だなんて。でも、そのばかばかしさを言葉にして説明するすべが、日捺子にはなかった。こんなにいっぱい思っていることはあるのに。日捺子はもどかしくて強く口のうちを噛む。薄い血の味が口の中に広がった。

「なんか言いなよ」 

 ナルくんの言うような意味の暴力なんて、そんなものはない。ほんとうに。そんな戯言はみぎからひだりに流してしまえばいい。わたしと涼也くんのあいだにあるのは、そういうものじゃないんだから。 

「………日捺子ちゃんはDVの被害者なんでしょ?」

 被害者。その単語に滔々とうとうと流れていた言葉たちが嫌な音を立ててぶつかった。流れが急にせき止められて溜まっていく。言葉が、感情が、ふくれあがって、はじけた。

 ――ちがう。ちがう。うるさい!

 視界の端に電子タバコをとらえる。日捺子はにわかにそれを取り上げ、思いっきりナルに向かって投げつけた。

「あ、ぶね……」

 堅い四角い箱がナルの耳の横をかすめて鈍い音をたてて壁にぶつかる。

「決めつけないで!」

 被害者。日捺子はその言い方がいちばんきらいだった。わたしは被害者じゃないし、まして、涼也くんは加害者なんかじゃない。

 日捺子は泣いていた。ぼろぼろ、ぼろぼろ、涙がこぼれて、落ちる。悲しいからじゃない。そんなことで、わたしは泣かない。くやしいからだ。意味のない枠のなかに押し込められて、自分勝手な常識ではかられて、腹が立つからだ。わたしたちだけのただしい世界はわたしたちが理解していればそれでいい、ただそれだけのことなのに。
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