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3.夜は更け、別つ

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 早坂晟はにこっと笑った。その言葉が、笑顔が、魔法のように日捺子の心を軽くした。あ、そうか。そういう考え方もあるんだ。選ぶって……そうか、うん。

「そう、ですね」
「じゃあ、いただきます」

 早坂晟はぱんっと手を合わせてから、ぺりぺりとおにぎりの包装を解いていった。人の少ないオフィスは静かだ。残ってる人は皆、黙々と作業をしている。邪魔にならないように日捺子は小声で話す。

「おにぎり、おいしいですか?」
「そうですね。このソーセージの美味いです」
「そう」

 日捺子は残っている梅おにぎりを手に取った。

「梅、好きなんですか?」
「嫌いでもないし、好きでもないです」

 ひと口齧る。梅にはたどり着かず米と海苔の味しかしなかった。

「あの、お願いがあるんですけど」
「なんですか?」

  早坂晟は手に残っていた大きな塊を口に放り込むと、それをごくりとお茶で飲み下した。そして、ふぅとひと息ついてから、言った。

「仕事以外のことも、世間話とか、なんでもいいんで、こんなふうに少しは話をしてもらえたら嬉しいっす」

 予想外の台詞に日捺子は自分の目がまあるくなったのが分かった。

「なんのために?」
「理由、必要ですか?」
「そういうわけではないけど」 

 日捺子は戸惑っていた。こういう率直さというものに慣れていなかった。そこに下心を感じないからこそ、どう返事をするのが正解なのかが分からなかった。

「早坂くんは変わってますね」
「どこがですか?」
「話したいとか……面白いことなんにも言えないですよ。私」

 早坂晟は二つ目のおにぎりのフィルムを剥く手を止めて日捺子を見た。それから、ははっと可笑しそうに声を上げて笑った。

「面白いとか、楽しいとかって、話の内容じゃないですよ。会話って、何を話すかじゃなくて、誰と話すかでしょ」

 笑いの残った顔で、事もなげに言う早坂晟はとても優しい目をしていた。嫌だと、思った。反射的に。日捺子はこういう目をする人を知っていた。気をつけなきゃいけないと、思った。本能的に。そうしないと、なにかが変わってしまうかもしれない。自分の望まないほうに。

「どうしたんすか?」
「いえ。早坂くんの言うとおりだなと思っただけです」

 日捺子は一度だけ首を横に振って、持っていた梅おにぎりをぱくりと食べた。すっぱい。梅干し。嫌いじゃない。早坂晟もつられる様にツナマヨおにぎりを口に運ぶ。「やっぱ定番は旨いっすね」と早坂晟が言う。「そうですか」と日捺子はほんのり笑って返した。それからしばらく二人とも無言で、おにぎりを食べ続けた。

「あ、そういえば。あともうひとつ、ありました」
「何がですが?」
「お願いしたいこと、です」
「今度は、なんですか?」
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