きらきら果つる、美しき月

江胡 衣

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 雨は、止んでいた。
 さっきまではげしく降っていたのが嘘みたいに空は澄んだ藍一色だ。雲もない。でも、星も見えない。丸い月だけがぽっかりと浮かんでいる。月の光をやけに明るく感じる夜の静寂、日捺子は濡れたアスファルトを歩いていた。かつ、かつ、かつ、ヒールの音が響く。いつもの道を通って帰路につく。しばらく道なりです。無意識のナビゲーターが日捺子の足を進ませる。大通りから内に入った裏道は信号もなく、立ち止まる必要はない。前に、前に、進むだけだ。けれど、日捺子は街灯にぼんやりと照らされたT字路で立ち止まった。

 右か。左か。

 どちらを選んでも家への道のりは変わらない。
 どちらを通りたいか、ただ、それだけのことだ。
 日捺子は、右を向き、右に進むと決めて、歩き出した。

 人生は選択の繰り返しだ。人は、一日に三万五千回以上の取捨選択をしているという。毎日、毎日、毎分、毎秒、その瞬間、無意識に、意識的に、私たちはなにかを選んでいる。正しいと思う方を。

 日捺子は、時折、思う。

 三万五千のすべてを違えないで一日を過ごすことができる人はいるのだろうか。
 三万五千のうちのいくつが、間違えてはならない選択なんだろうか。
 人は生きてきた年月のなかで、どれだけ正しい選択をして、どれだけの選択を間違えたのだろうか。
 例えば過去に戻れたとして、間違いではない方を選ぶことができるのだろうか。

 日捺子は想像する。いろんな過去を。幾度となく想像して、そのたびにそれはありえないことだという結論に辿り着く。

 だって私は、過去も、今も、どうしようもなく臆病でおろかだから、きっと同じことを繰り返すことしかできない。何度やり直したって、変わらない。同じ方を選んでしまう。それは、それしか選べないという意味では、選択ですらない――そう、不文律というものなのかもしれない。

 北風が強く吹いた。日捺子は身を縮こませて緩んだマフラーをきつく巻きなおした。二月の夜は、寒い。寒くて、胸の中が冷たい空気でいっぱいになって、心の奥が苦しくなる。さあ、かかとを3回鳴らしておうちに帰ろう。選択の果ての、今へ。

 幸か不幸かは、置いといて。
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