上 下
40 / 51
第5章 私はだぁれ?

第39話 仮面の魔人4

しおりを挟む
「サーラ……? 私はツヴァイ。サーラじゃない。でも知ってる名前な気がする」

 抑揚のない声で小首を傾げ、淡々と彼女は答える。

「私はテアだよ! 一緒の村で育ったじゃない。私がわからないの!?」

 いや、わからないのだろう。わかっていたならとっくに彼女は攻撃の手を止めているはずだ。それに彼女のこの感じ、どこか様子がおかしい。

「テア……。わからない。でもなんでだろう、忘れちゃいけない名前な気がする。ねぇ、私はだぁれ?」
「まさか……」

 どうやら本気でわからないらしい。記憶喪失?
 いや、むしろ記憶を消されたと考えたほうがしっくりくるだろう。

 だとしたら許せない……!
 人をこんなふうに操って兵器にしようだなんて外道のすることだ。

 ああ、怒りとか悲しみとか嬉しさとか色んな感情がごっちゃになって頭がどうにかなりそうだ。何とか彼女を拘束し、無力化できないだろうか。

「マスター? はい、わかりました」

 サーラは突然こめかみに指を当て独り言を話し始める。通話魔法とかそういうのでもあるのだろうか。

「帰る。じゃ」

 サーラはいきなり背を見せると悪魔の腕で自らを掴み、空に舞い上がる。私は引き留めようと慌てて声をかけた。

「サーラ、待って!」

 しかし私の言葉を無視し、彼女は飛び立っていった。
 そして私は地面にへたり込む。

「サーラ……。うぇぇぇっ……」

 そして泣いた。子供のように。ダメだ、ここにいては邪魔になってしまう。ひっくり返っているとはいえ、まだランドタートルが残っているというのに。

「ひっく……」

 私は涙を拭きながら神の手を操り、部隊の方へと戻っていった。すると私が戻るのを待っていたのか、部隊が動き出す。ひっくり返ったランドタートルを葬るためだ。強力な魔法をぶち込めば倒せるだろう。

 私が戻るとレオン様が私のところに駆け寄ってきてくれた。

「テア、泣いているのかい。後でゆっくりと話を聞かせてもらう必要がありそうだね」
「はい……」

 そうだね。話さないわけにはいかないよね。私とレオン様の間にはまだ信頼関係がないと思う。だから正直に話すのはとても怖いことだ。でも信じよう。私の推しのレオン様はとても強い御方のはずだから。


          *


「では話してもらおうか。テアよ、君はあの魔人が何なのか知っているね?」

 ルーセル辺境伯が私に問いかける。
 ここは騎士団の南出張所にある会議室。私の前にはルーセル辺境伯を始め、レオン様にヘルクス子爵やその他騎士団の地位の高そうな人達が並んでいた。

「はい、知っています。あの子は、ゾーア教団の実験によって生み出された人間兵器なのではないかと思います」

 実際には兵器というより魔神の器が正解だ。しかしそのことを知っている理由があまりに荒唐無稽なのでそれは話せない。最悪私自身にとっても不利な話になりかねないし。

「実験とは?」
「その前に私がどうして異能を持っているのか、その理由についてお話します。それが答えになりますから」
「生まれ持った能力ではない、ということか? そんなことが有りうるのか」
「あるんです。可能性は恐らくとても低いと思いますけど」
「わかった。続けたまえ」
「はい。私とあの魔人の子、サーラは同じ村で育った親友でした。でもある日、私の村を盗賊団が襲い、私とサーラは捕らえられてゾーア教団に売り渡されたのです」
「なんと……!」
「そして、私とサーラはあいつらに魔神の血という薬を注射され、一度死んだのです」

 そう。私とサーラは一度死んでいる。だからこそ廃棄されたのだ。

「しかし私は息を吹き返しました。そして気がつけば視えない手を操る異能を身につけていました。私はその能力を使い、死んだはずのサーラを埋葬して逃げたのです」

 とても辛い記憶だ。あのときはすぐに立ち直れたのに、今思うと涙が出そうになる。

「そして今日、私は死んだはずのサーラと再会しました。でもサーラは私のことを憶えていなかったんです。多分ですが、奴らに記憶を消されたのでしょう」
「なるほど、あの魔人はサーラというのか。能力は君と同じなのだね?」
「はい。今のところ私のほうがパワーは上だと思いますが」

 希望的観測ではあるけど、根拠なしってわけじゃない。実際、腕はたくさん出すほど出力が落ちる。しかし私の腕の方が多いにも関わらずパワーはほぼ互角だった。

「つまり、彼女の攻撃も不可視ということになるな。これは相当厄介だな。殺傷能力も高いのだろう?」
「はい。サイクロプス程度なら楽に殺せると思います。特に赤い斬撃を飛ばす攻撃は石壁を容易く貫通するでしょう」

 これが問題だ。破滅の爪牙を使われたら防げるのは私くらいだろう。ヒロインはまだここにいないし、同等の力を持つようなチートキャラもいない。

 原作ではここから2年後に物語が動く。
 レオン様は魔人との戦闘で左腕を失い、そして魔人は命を落としてしまうのだ。この魔人は恐らくサーラではない。あのゲームでは魔物を生み出す能力を持った魔人がその役を担っていた。それに性別も違う。ツヴァイはそもそも原作には出てきていないし設定資料集にも存在していないのだ。3を意味するドライはいるのにね。

「それほどの危険な存在をよもや助けたいなんて言わないだろうな? そんな甘さは捨てろ。犠牲が出るだけだ!」

 幹部の一人が私に向かって怒鳴りつける。そりゃそうだろう、この街の人間にとっては厄介な敵が現れた程度の認識でしかないだろう。しかし私にとってはそんな簡単な問題ではないのだ。救いたいということがそんなに悪いことなのだろうか。

「まぁ、落ち着きたまえ。現状としてはその魔人の対処をテアに一任しよう。救いたいと思うならやってみせよ。ただし、無駄に犠牲者を増やす真似は許さん」

 ルーセル辺境伯が憤る幹部を抑え、提案してくれた。チャンスをもらえるだけでもありがたい。でも同時に懸念すべきことも増えているんだよね。話さないわけにはいかないか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

パパー!紳士服売り場にいた家族の男性は夫だった…子供を抱きかかえて幸せそう…なら、こちらも幸せになりましょう

白崎アイド
大衆娯楽
夫のシャツを買いに紳士服売り場で買い物をしていた私。 ネクタイも揃えてあげようと売り場へと向かえば、仲良く買い物をする男女の姿があった。 微笑ましく思うその姿を見ていると、振り向いた男性は夫だった…

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...