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薄青と記憶 21
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―ヘキサ―
六花を治療していたぺスカの手が止まる。
「聞いても分からんだろうが、敵は何を使ってたんだ?」
ベッドに腰かける六花を見上げるようにして強い口調で問いただす。
「何と言われても……」
六花が受けた訓練はナイフが基本で銃器の扱いには全くの素人だ。彼女を育てたオクタはあらゆる銃器に精通しているが、その欠片すら六花は教えてもらえなかった。
「はぁ……まあそんなこったろうとは思ったよ」
「でも、どうして相手が銃を使っていたと?」
ん。とぺスカは消毒液を染みこませたガーゼを傷口に押し当てる。
「――――っ!!!!」
「見りゃわかる。お前もナイフでつけられた傷か紙で切った傷かくらいわかるだろ?同じことだ」
弾は掠っただけだったが、微かな痕跡からそれが弾丸による傷だとペスカは見抜いたようだ。それはそうと、何が癇に障ったのか分からないが、傷口に攻撃するのはやめてほしいと本気で思った。
さすがの六花も痛みに顔をしかめる。
「――でも、よく分かりましたね。……彼女は、恐らく話に出た工作員殺し本人だと思います。装備はナイフと拳銃」
六花は比較対象としてオクタのグロック、リコリスのワルサーを思い出しながら話す。
「銃身は短めだったように思います。装填無しでも10発前後打てたようです。装填のそぶりは見せていましたが、すべて撃ち切っていたようには思えません」
はっきりと見た訳ではなかったが、外見、性能面で強く印象に残っているのはそれくらいだ。
「ふーん。日本で銃を用意できるのは珍しい。撃つのに躊躇いもないと。弾の心配もないってんなら……パトロンが金持ちなのか?他には?」
「彼女は燻んだ金髪を二つ結びにしていました……。年齢はリエールと同じくらいかと。……戦い方はどこか見覚えがある気がしていたんですが、途中から全く読めなくなってしまって」
「敵は女だったのか」
少し驚いたような声をあげるぺスカをよそに六花は段々と声が沈み込み自信のなさそうな声色に変わっていった。
失敗は死を意味する世界で、当然ながら“負ける”ことなど初めての経験だ。自分の強さに自惚れていた訳ではないが、真剣勝負の場で勝てなかったことのない六花にはそれだけでも大きな衝撃だった。
自信を失うのに十分すぎる出来事だった。
そのせいで、というわけではなかったが六花は咄嗟に彼女達が「公安警察」の所属であることを隠してしまった。無意識の行動だった。それに気づいた時、慌てて心の中でそれが真実である保証など、どこにもないではないかと自身を正当化してしまった。
「うーむ。どこの人間だ?今、国内に銃を万全な状態で用意出来る規模のものはそうそう無いと思うけどな。君みたいな子どもにぶっ放せる奴を抱えてるなら尚更な」
(あれだけ撃って暴発も故障もなかった。整備もきちんとされているなら……公安も嘘じゃ、ない?いや、でも)
それから六花は彼女の特徴を覚えている限り伝え最後に名前を伝えた。
「彼女は“ラファール”と、そう呼ばれていました」
「ふーん?本名じゃなさそうだし私らみたいな非合法な組織なのかね」
そう言葉を続けたぺスカだが、途中、何かに気づいたように一瞬眉をあげた。が、六花はそれに気づくことはなかった。
「それは……分かりませんが。確かに本名で呼び合っているわけではなさそうでした」
ペスカに思い出しながら話していると、30分もしないで全ての処置が完了した。
「終了だ」
「おぉ……」
あれほど痛かった傷が多少マシになって来た、ように感じた。今なら歩く程度なら苦にならない。今まで傷を負ってもオクタに教えられたやり方で、自分で処置をしてきた六花は、覚えている限り医者に行った記憶がなかったが、医者や病院について考えを見直すべきかもしれない。
「鎮痛剤が効いてるだけだから、治ったわけじゃない。無理するなよー」
薬の入った袋を手渡される。思いのほか重い袋を除くと錠剤の他に湿布や塗り薬など様々な医薬品が詰められていた。
「痛み止めや……まぁそのあたりをテキトーに突っ込んだだけだ。辛くなったら使っておきな」
「テキトーってそんな……」
「なんだ?私は医者だぞ。医者の言うことが信じられないってのか?」
気付けばどこからか取り出したメスが突き付けられていた。
「おっ殺意高いねぇ。六花ちゃん?ぼっこぼこのぼこにしちゃってもいいのよ?こんなやつ」
「えぇ……」
やっと久々に突っ込んできたリコリスに視線を送るとスマホをいじっていた。こちらには目もくれず、会話は一応聞いているといった様子だった。
2人はどこか波長が近いのだろうか。それともこのフランクな性格のせいだろうかと六花は不思議に思った。
どこか常に不機嫌そうなぺスカ。彼女を見ていれば気難しい変わり者だということは六花にもわかる。そんな彼女相手に小言を言い合えるどころか茶化していけるリコリス。
(話をまともに聞くそぶりも見せてないのに……すごい)
一周周って関心すら覚えるほどだ。
六花もリコリスになら遠慮なく話せるが、それこそ彼女の人柄なのだろうか。
「念の為4日後に来い。仕方ないからお前は見てやる」
「はい、ありがとうございます」
「あっもう治療は終わったの?」
リコリスがスマホをしまい六花の隣まで歩いてきた。
「あぁ、終わったよ。随分と妹分に冷たい奴なんだな」
ペスカは嘲るように言葉を投げる。
「バレてた?スマホでゲームしてたの。ちゃんと縦画面にしてたんだけどなぁ」
「へぇ、ゲームねぇ」
どこか含みのある言い方が六花には引っかかった。
まるでリコリスがしていたのはゲームではないとそう確信しているかのような鋭い語気。六花は治療を受けている間ペスカか診察室の方ばかりが気になりそちらを見ていた。
常に視界の外にいたリコリスのことはスマホをいじっていた以上のことはよく分からない。
(スマホ越しにゲームかどうかなんてわかるの?そもそも何かすることなんて……?)
「私は見てたって出来ることないからさ。グロいのは得意じゃないし」
「まぁいい。ここでお前を問い詰めたところで何枚あるかわからんその面が剥げるとも思えんし。とりあえず今日は終わりだ。このちびを引き取って直ぐに帰れ――」
「――ちびちびってぺスカだってそんな変わんないでしょ?」
リコリスの言葉を遮るようにぺスカは言葉を遮る。
「うっさい。お前はもう来んな。いいな?」
「はいは~い。じゃ、また来るよ」
「ありがとうございました。失礼します」
礼を述べるとシッシと追い出される形で診察室を後にすることになった。
「やっと行ったか。今度からはマルベリも防弾仕様にするだろうし、また暫くは暇できそうかな。まぁアイツ関係で仕事が増えなきゃ……な」
ぺスカは器用にくるくると、1人メスを回し始めた。
六花を治療していたぺスカの手が止まる。
「聞いても分からんだろうが、敵は何を使ってたんだ?」
ベッドに腰かける六花を見上げるようにして強い口調で問いただす。
「何と言われても……」
六花が受けた訓練はナイフが基本で銃器の扱いには全くの素人だ。彼女を育てたオクタはあらゆる銃器に精通しているが、その欠片すら六花は教えてもらえなかった。
「はぁ……まあそんなこったろうとは思ったよ」
「でも、どうして相手が銃を使っていたと?」
ん。とぺスカは消毒液を染みこませたガーゼを傷口に押し当てる。
「――――っ!!!!」
「見りゃわかる。お前もナイフでつけられた傷か紙で切った傷かくらいわかるだろ?同じことだ」
弾は掠っただけだったが、微かな痕跡からそれが弾丸による傷だとペスカは見抜いたようだ。それはそうと、何が癇に障ったのか分からないが、傷口に攻撃するのはやめてほしいと本気で思った。
さすがの六花も痛みに顔をしかめる。
「――でも、よく分かりましたね。……彼女は、恐らく話に出た工作員殺し本人だと思います。装備はナイフと拳銃」
六花は比較対象としてオクタのグロック、リコリスのワルサーを思い出しながら話す。
「銃身は短めだったように思います。装填無しでも10発前後打てたようです。装填のそぶりは見せていましたが、すべて撃ち切っていたようには思えません」
はっきりと見た訳ではなかったが、外見、性能面で強く印象に残っているのはそれくらいだ。
「ふーん。日本で銃を用意できるのは珍しい。撃つのに躊躇いもないと。弾の心配もないってんなら……パトロンが金持ちなのか?他には?」
「彼女は燻んだ金髪を二つ結びにしていました……。年齢はリエールと同じくらいかと。……戦い方はどこか見覚えがある気がしていたんですが、途中から全く読めなくなってしまって」
「敵は女だったのか」
少し驚いたような声をあげるぺスカをよそに六花は段々と声が沈み込み自信のなさそうな声色に変わっていった。
失敗は死を意味する世界で、当然ながら“負ける”ことなど初めての経験だ。自分の強さに自惚れていた訳ではないが、真剣勝負の場で勝てなかったことのない六花にはそれだけでも大きな衝撃だった。
自信を失うのに十分すぎる出来事だった。
そのせいで、というわけではなかったが六花は咄嗟に彼女達が「公安警察」の所属であることを隠してしまった。無意識の行動だった。それに気づいた時、慌てて心の中でそれが真実である保証など、どこにもないではないかと自身を正当化してしまった。
「うーむ。どこの人間だ?今、国内に銃を万全な状態で用意出来る規模のものはそうそう無いと思うけどな。君みたいな子どもにぶっ放せる奴を抱えてるなら尚更な」
(あれだけ撃って暴発も故障もなかった。整備もきちんとされているなら……公安も嘘じゃ、ない?いや、でも)
それから六花は彼女の特徴を覚えている限り伝え最後に名前を伝えた。
「彼女は“ラファール”と、そう呼ばれていました」
「ふーん?本名じゃなさそうだし私らみたいな非合法な組織なのかね」
そう言葉を続けたぺスカだが、途中、何かに気づいたように一瞬眉をあげた。が、六花はそれに気づくことはなかった。
「それは……分かりませんが。確かに本名で呼び合っているわけではなさそうでした」
ペスカに思い出しながら話していると、30分もしないで全ての処置が完了した。
「終了だ」
「おぉ……」
あれほど痛かった傷が多少マシになって来た、ように感じた。今なら歩く程度なら苦にならない。今まで傷を負ってもオクタに教えられたやり方で、自分で処置をしてきた六花は、覚えている限り医者に行った記憶がなかったが、医者や病院について考えを見直すべきかもしれない。
「鎮痛剤が効いてるだけだから、治ったわけじゃない。無理するなよー」
薬の入った袋を手渡される。思いのほか重い袋を除くと錠剤の他に湿布や塗り薬など様々な医薬品が詰められていた。
「痛み止めや……まぁそのあたりをテキトーに突っ込んだだけだ。辛くなったら使っておきな」
「テキトーってそんな……」
「なんだ?私は医者だぞ。医者の言うことが信じられないってのか?」
気付けばどこからか取り出したメスが突き付けられていた。
「おっ殺意高いねぇ。六花ちゃん?ぼっこぼこのぼこにしちゃってもいいのよ?こんなやつ」
「えぇ……」
やっと久々に突っ込んできたリコリスに視線を送るとスマホをいじっていた。こちらには目もくれず、会話は一応聞いているといった様子だった。
2人はどこか波長が近いのだろうか。それともこのフランクな性格のせいだろうかと六花は不思議に思った。
どこか常に不機嫌そうなぺスカ。彼女を見ていれば気難しい変わり者だということは六花にもわかる。そんな彼女相手に小言を言い合えるどころか茶化していけるリコリス。
(話をまともに聞くそぶりも見せてないのに……すごい)
一周周って関心すら覚えるほどだ。
六花もリコリスになら遠慮なく話せるが、それこそ彼女の人柄なのだろうか。
「念の為4日後に来い。仕方ないからお前は見てやる」
「はい、ありがとうございます」
「あっもう治療は終わったの?」
リコリスがスマホをしまい六花の隣まで歩いてきた。
「あぁ、終わったよ。随分と妹分に冷たい奴なんだな」
ペスカは嘲るように言葉を投げる。
「バレてた?スマホでゲームしてたの。ちゃんと縦画面にしてたんだけどなぁ」
「へぇ、ゲームねぇ」
どこか含みのある言い方が六花には引っかかった。
まるでリコリスがしていたのはゲームではないとそう確信しているかのような鋭い語気。六花は治療を受けている間ペスカか診察室の方ばかりが気になりそちらを見ていた。
常に視界の外にいたリコリスのことはスマホをいじっていた以上のことはよく分からない。
(スマホ越しにゲームかどうかなんてわかるの?そもそも何かすることなんて……?)
「私は見てたって出来ることないからさ。グロいのは得意じゃないし」
「まぁいい。ここでお前を問い詰めたところで何枚あるかわからんその面が剥げるとも思えんし。とりあえず今日は終わりだ。このちびを引き取って直ぐに帰れ――」
「――ちびちびってぺスカだってそんな変わんないでしょ?」
リコリスの言葉を遮るようにぺスカは言葉を遮る。
「うっさい。お前はもう来んな。いいな?」
「はいは~い。じゃ、また来るよ」
「ありがとうございました。失礼します」
礼を述べるとシッシと追い出される形で診察室を後にすることになった。
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