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File 4
薄青と記憶 11
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―ヘキサ―
破裂音と共に一筋の光が飛び込んだ。光は頭上の光を撃ち破り、部屋を暗闇へと変貌させた。
砕けたガラスの破片がキラキラと薄明かりを反射して降り注ぐ。
そして、重々しい音を響かせながら倉庫の扉がゆっくりと開いた。
1人の男が光を背負って倉庫に入ってくる。
「お前ッ!どうして!」
オクタだ。
「悪いが、そいつは返してもらう」
(どうして……ししょう!?)
六花は蹴られた衝撃で痛む脇腹に手を当てつつ、地に伏したままオクタを見上げる。視線の先にいる師匠の姿は普段とはまるで異なる雰囲気を纏っていた。逆光に呑まれ、表情が読めない。
「俺の弟子から離れろ」
一歩一歩が重く、言葉には覇気が宿っている。存在感だけで倉庫に入ってきた瞬間からこの空間を支配していた。
オクタは3人の男たちに向かって静かに、しかし着実に距離を詰めていく。
男たちは徐々に迫ってくる絶壁のような威圧感を前に顔を強張らせた。
男達よりも遠くにいる六花にもその緊張が伝わり、額に汗がにじむほどだ。あんな気配を間近で浴びてなお、戦意を失わずに立っているだけで3人の男たちが立派な戦士であることが分かる。
――――――!
息を呑む静寂は再び差し込んだ一筋の光によって破られた。
窓ガラスを破って飛び込んだ1発の弾丸が1人の足を穿つ。
「なッ……!?」
太ももの辺りから血が吹き出し、ズボンを赤く濡らす。
六花は目の前の光景に驚き目を覆いそうになるのを辛うじて堪えた。
(ししょうは!?)
慌ててオクタに視線を戻す。しかし、そこにはすでに彼の姿はなかった。
「……っ!?」
六花は目を疑う。
(消え、た……?)
オクタの姿を追い、視線を巡らせる。直後背後で男の短い悲鳴が聞こえた。
オクタは弾丸によって男の足が穿たれた瞬間、皆の意識が弾丸に集められていたその刹那に距離を詰め攻撃に入っていたのだ。
懐から振り抜かれたナイフが光の軌跡を描く。
「!」
六花にはオクタの動きは静と動の区別が明確になっていないように見える。一見メリハリのない動きに思えるが、攻撃と防御の境がなく、攻める側にとって読みづらさで言えばこの上ない。流れるように攻撃を躱し、去なしたかと思えばそれが次の攻撃の動作につながっている。
無駄を極端なまでに削ぎ落とした攻防。洗練された技術から繰り出される一連の流れは全てを後から説明できるほど整然としているのに――
(……次が読めないっ)
次に繰り出される攻撃はそれを見れば最適であったと一目で分かるほど隙がないのに、直前までの動作から次に何が繰り出されるのかが分からない。
例え型を身につけても、理論を頭に叩き込んでも彼以外が再現することなど不可能だと、そう思えるほど完成されていた。
(隙がない……)
六花は驚嘆し、瞬きすら忘れてオクタを眺めていた。
オクタが男たちに肉薄して数秒。すでに一人を落とした。
「……!」
オクタと視線が重なる。
“見ていろ”
そう言っているように感じた。畏怖と憧憬が混ざり合い、六花の小さな身体に衝撃が駆け巡った。
オクタは左手のナイフを握り直す。特別な意匠があるわけではない。一般的なサバイバルナイフだ。黒塗りの刀身がうっすらと光を反射している。
一体どんな技が繰り出されるのか。六花はその一部始終を見逃すまいと10mは離れているであろうオクタの動きを注視する。
次の瞬間、無防備な六花は生まれて初めて「殺気」を浴びた。
「――――――ッ!!!」
思わず手で顔を覆いたくなるような、血の気がサッと一気に引く強烈な殺気だというのに“ナイフ”から視線が離せない。
(……死っ)
死を予感し、意識を手放しかける。頭を振って意識を繋ぎ止めた頃には戦闘は終わっていた。
男たちはオクタの足元で白目を剥いて倒れていた。
オクタは周囲に敵がいないか警戒した後、六花に向かって歩み寄ってきた。
(……うっ)
六花は何を言われるのかを想像した。
「何故、助けを待てなかったと叱られるのか。」
「何故、自分で仕留めきれなかったのかと問い詰められるのか。」
どちらにせよ自分の未熟さについて叱責されるのだと身構え顔を俯かせたが、この男の口から出た言葉は違った。
「怪我の具合はどうだ。起き上がれるか?」
オクタは六花を心配するような言葉をかけた。驚いた六花は顔をあげる。
(この人……なんで)
オクタの目は穏やかで、あの言葉も心からのものとしか思えない表情をしていた。先ほどの身の毛もよだつ様な殺気を放っていた男と同一人物には思えない。
オクタはさっと六花の様子を確認すると胸をなでおろした。
「お前……六花が渡したナイフを持っていてくれて助かった。アレについてる発信機がなかったら六花を追えなかったかもしれない」
そう言ってオクタはポケットからスマホを取り出した。
オクタが何か相図をすると数人のスーツ姿の人間がぞろぞろと倉庫にやって来た。倉庫に入るなり手早く二手に分かれたスーツの男たちは一方が六花を攫った男たちを回収する作業に移り、もう一方は倉庫の清掃活動を始める。
不安そうに眺める六花に彼らのことをかみ砕いて説明する。
「掃除屋だ。後始末や人手が必要な作業を担当する組織の人間だ。心配しなくていい」
六花は恐る恐るオクタの肩を借りて再び立ち上がる。が、どこか安心してしまい力が抜けた六花は地面にぺたんと座り込んでしまった。気づけば頬に一筋の涙が流れている。
「おい、大丈夫か?今度は自分が助ける側になる。そうだろ?」
「じじょーー!」
六花はついに抑えていた感情があふれてしまった。死ぬかもしれないとそう感じた中で戦うことを選び、負けた。死の恐怖と果敢に戦い、自分で道を選んだ。
この数分の間に一生分の覚悟と過酷な選択をしたが、それがやっと現実となって8歳の少女に襲いかかった。
オクタは涙を流しながらしがみつく六花に優しい口調で語りかける。
「よく一人で戦った……。六花が人を助けるために戦いたいって言うなら、俺はそのために力を貸そう。ただ、そう時間はないぞ?」
20X8年10月
―ヘキサ―
「…………っ」
六花は薄暗い部屋の中で目を醒ました。
(私は……一体)
AIを研究開発する施設を破壊するため、六花は施設に潜入した。そこでオクタの生徒を名乗るくすんだ金髪と戦った。
(そのあと……)
意識が朦朧として、記憶が曖昧だ。頭を動かしていると徐々に感覚が戻って来た。
目が暗闇に慣れ、部屋の様子が分かるようになってきた。顔は俯いたまま、視線を動かし様子を探る。
部屋は刑事ドラマなんかで見るような取調室くらいの小さな間取りだ。机が横にあるくらいで埃っぽい以外に特徴はない。
机と視線の高さが合ったことで、自分が椅子に座らされていたことに気づいた。手を動かそうとしても動かせない。前に持ってこようとすると軽い金属のような音と固く冷たい抵抗を感じた。座らされたまま、手錠か何かで後ろ手に拘束されていることが分かった。足も椅子に縛り付けられており、完全に自由は失われていた。
服はナイフを受けてボロボロになったパーカーではなく、その下に着ていた防刃仕様のインナーになっていた。
(私は……まだ生きてるの?)
六花はようやっと状況を把握した。
「――起きたみたいだな」
扉の向こうから聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
何故生かされたのかなど考える必要もない。彼らも知りたいのだ。なぜ自分たちが襲われたのか、死ななくてはならなかったのか。
六花の頭には彼らの期待に応えられる答えがない。だが、彼らは六花の体にその答えを求めて質問をしないではいられない。
破裂音と共に一筋の光が飛び込んだ。光は頭上の光を撃ち破り、部屋を暗闇へと変貌させた。
砕けたガラスの破片がキラキラと薄明かりを反射して降り注ぐ。
そして、重々しい音を響かせながら倉庫の扉がゆっくりと開いた。
1人の男が光を背負って倉庫に入ってくる。
「お前ッ!どうして!」
オクタだ。
「悪いが、そいつは返してもらう」
(どうして……ししょう!?)
六花は蹴られた衝撃で痛む脇腹に手を当てつつ、地に伏したままオクタを見上げる。視線の先にいる師匠の姿は普段とはまるで異なる雰囲気を纏っていた。逆光に呑まれ、表情が読めない。
「俺の弟子から離れろ」
一歩一歩が重く、言葉には覇気が宿っている。存在感だけで倉庫に入ってきた瞬間からこの空間を支配していた。
オクタは3人の男たちに向かって静かに、しかし着実に距離を詰めていく。
男たちは徐々に迫ってくる絶壁のような威圧感を前に顔を強張らせた。
男達よりも遠くにいる六花にもその緊張が伝わり、額に汗がにじむほどだ。あんな気配を間近で浴びてなお、戦意を失わずに立っているだけで3人の男たちが立派な戦士であることが分かる。
――――――!
息を呑む静寂は再び差し込んだ一筋の光によって破られた。
窓ガラスを破って飛び込んだ1発の弾丸が1人の足を穿つ。
「なッ……!?」
太ももの辺りから血が吹き出し、ズボンを赤く濡らす。
六花は目の前の光景に驚き目を覆いそうになるのを辛うじて堪えた。
(ししょうは!?)
慌ててオクタに視線を戻す。しかし、そこにはすでに彼の姿はなかった。
「……っ!?」
六花は目を疑う。
(消え、た……?)
オクタの姿を追い、視線を巡らせる。直後背後で男の短い悲鳴が聞こえた。
オクタは弾丸によって男の足が穿たれた瞬間、皆の意識が弾丸に集められていたその刹那に距離を詰め攻撃に入っていたのだ。
懐から振り抜かれたナイフが光の軌跡を描く。
「!」
六花にはオクタの動きは静と動の区別が明確になっていないように見える。一見メリハリのない動きに思えるが、攻撃と防御の境がなく、攻める側にとって読みづらさで言えばこの上ない。流れるように攻撃を躱し、去なしたかと思えばそれが次の攻撃の動作につながっている。
無駄を極端なまでに削ぎ落とした攻防。洗練された技術から繰り出される一連の流れは全てを後から説明できるほど整然としているのに――
(……次が読めないっ)
次に繰り出される攻撃はそれを見れば最適であったと一目で分かるほど隙がないのに、直前までの動作から次に何が繰り出されるのかが分からない。
例え型を身につけても、理論を頭に叩き込んでも彼以外が再現することなど不可能だと、そう思えるほど完成されていた。
(隙がない……)
六花は驚嘆し、瞬きすら忘れてオクタを眺めていた。
オクタが男たちに肉薄して数秒。すでに一人を落とした。
「……!」
オクタと視線が重なる。
“見ていろ”
そう言っているように感じた。畏怖と憧憬が混ざり合い、六花の小さな身体に衝撃が駆け巡った。
オクタは左手のナイフを握り直す。特別な意匠があるわけではない。一般的なサバイバルナイフだ。黒塗りの刀身がうっすらと光を反射している。
一体どんな技が繰り出されるのか。六花はその一部始終を見逃すまいと10mは離れているであろうオクタの動きを注視する。
次の瞬間、無防備な六花は生まれて初めて「殺気」を浴びた。
「――――――ッ!!!」
思わず手で顔を覆いたくなるような、血の気がサッと一気に引く強烈な殺気だというのに“ナイフ”から視線が離せない。
(……死っ)
死を予感し、意識を手放しかける。頭を振って意識を繋ぎ止めた頃には戦闘は終わっていた。
男たちはオクタの足元で白目を剥いて倒れていた。
オクタは周囲に敵がいないか警戒した後、六花に向かって歩み寄ってきた。
(……うっ)
六花は何を言われるのかを想像した。
「何故、助けを待てなかったと叱られるのか。」
「何故、自分で仕留めきれなかったのかと問い詰められるのか。」
どちらにせよ自分の未熟さについて叱責されるのだと身構え顔を俯かせたが、この男の口から出た言葉は違った。
「怪我の具合はどうだ。起き上がれるか?」
オクタは六花を心配するような言葉をかけた。驚いた六花は顔をあげる。
(この人……なんで)
オクタの目は穏やかで、あの言葉も心からのものとしか思えない表情をしていた。先ほどの身の毛もよだつ様な殺気を放っていた男と同一人物には思えない。
オクタはさっと六花の様子を確認すると胸をなでおろした。
「お前……六花が渡したナイフを持っていてくれて助かった。アレについてる発信機がなかったら六花を追えなかったかもしれない」
そう言ってオクタはポケットからスマホを取り出した。
オクタが何か相図をすると数人のスーツ姿の人間がぞろぞろと倉庫にやって来た。倉庫に入るなり手早く二手に分かれたスーツの男たちは一方が六花を攫った男たちを回収する作業に移り、もう一方は倉庫の清掃活動を始める。
不安そうに眺める六花に彼らのことをかみ砕いて説明する。
「掃除屋だ。後始末や人手が必要な作業を担当する組織の人間だ。心配しなくていい」
六花は恐る恐るオクタの肩を借りて再び立ち上がる。が、どこか安心してしまい力が抜けた六花は地面にぺたんと座り込んでしまった。気づけば頬に一筋の涙が流れている。
「おい、大丈夫か?今度は自分が助ける側になる。そうだろ?」
「じじょーー!」
六花はついに抑えていた感情があふれてしまった。死ぬかもしれないとそう感じた中で戦うことを選び、負けた。死の恐怖と果敢に戦い、自分で道を選んだ。
この数分の間に一生分の覚悟と過酷な選択をしたが、それがやっと現実となって8歳の少女に襲いかかった。
オクタは涙を流しながらしがみつく六花に優しい口調で語りかける。
「よく一人で戦った……。六花が人を助けるために戦いたいって言うなら、俺はそのために力を貸そう。ただ、そう時間はないぞ?」
20X8年10月
―ヘキサ―
「…………っ」
六花は薄暗い部屋の中で目を醒ました。
(私は……一体)
AIを研究開発する施設を破壊するため、六花は施設に潜入した。そこでオクタの生徒を名乗るくすんだ金髪と戦った。
(そのあと……)
意識が朦朧として、記憶が曖昧だ。頭を動かしていると徐々に感覚が戻って来た。
目が暗闇に慣れ、部屋の様子が分かるようになってきた。顔は俯いたまま、視線を動かし様子を探る。
部屋は刑事ドラマなんかで見るような取調室くらいの小さな間取りだ。机が横にあるくらいで埃っぽい以外に特徴はない。
机と視線の高さが合ったことで、自分が椅子に座らされていたことに気づいた。手を動かそうとしても動かせない。前に持ってこようとすると軽い金属のような音と固く冷たい抵抗を感じた。座らされたまま、手錠か何かで後ろ手に拘束されていることが分かった。足も椅子に縛り付けられており、完全に自由は失われていた。
服はナイフを受けてボロボロになったパーカーではなく、その下に着ていた防刃仕様のインナーになっていた。
(私は……まだ生きてるの?)
六花はようやっと状況を把握した。
「――起きたみたいだな」
扉の向こうから聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
何故生かされたのかなど考える必要もない。彼らも知りたいのだ。なぜ自分たちが襲われたのか、死ななくてはならなかったのか。
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