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薄青と記憶 9
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―オクタ―
立体駐車場で車を降りた2人は自動ドアをくぐる。
ショッピングモールの中は空調が効いていて1月上旬だということを忘れるくらいには暖かかった。
ここはショッピングモール3階。オクタは六花の手を引き、案内板に向かう。
(服屋は……この階か。組み手に耐えられるようなものがあれば安上がりなんだがな)
組み手に使う服はナイフの斬撃にある程度絶えることができ、少し引っかけたくらいでは破けない丈夫さがあることが最低条件だ。オクタはそれをショッピングモールで運良く手に入らないかと薄っすら期待していた。
組織の"コトネ"に用意を頼めば望むものが手に入るが、ケチで知られる人物でもあり、良いものを手に入れられる代わりにふっかけられるだろうと予想していた。
(訓練用の服一枚に何万も飛ばしてたまるか)
新しい服に目を輝かせる横で、オクタはなんとかしてここで訓練用の服を手に入れてやろうと思い、揃わぬ歩幅で2人は服屋に向かって歩き出した。
「良いですね!可愛いですよ~」
オクタは力の抜けた顔で椅子に座り込んでいた。
六花は服をいくつか手に取り鏡の前で体に合わせていたのだが、その様子を目ざとく見つけた30代くらいの女性店員が六花を試着室に誘ったのだ。
「お父さまはこちらの椅子にお掛けください」
父親じゃないけどなと思いながらも、言われるがままオクタも試着コーナーに連れて来られ、椅子に座らせられると六花の1人パリコレに付き合わされるハメになってしまった。
(おいおい、一店目でもう1時間以上経ってるぞ)
スマホに視線をやり時間を確認すると午後7時半を回っていた。
初めは楽しんでいた六花も店員の熱意についていけず、若干の疲れが見えてきている。
「し、ししょー、私そろそろ疲れたんですが」
「――ん、師匠?」
店員は六花の言葉に違和感を覚え、オクタに目をやった。
“師匠”など、日常生活でそう使う単語ではない。咄嗟の判断で親子を装い誤魔化すことにした。
「……最近アニメにハマってるみたいでね、影響されてるんだ。ふ」
六花のことを吹雪と呼ぼうとして口を閉ざした。
(親子なら、苗字呼びはあり得ないか……俺も吹雪ってことになるしな)
「六花、外ではやめろって言っただろ?」
「は、はい!?……あっすみません」
六花は突然下の名前を呼ばれ、驚いたようだ。顔を赤くして俯いた。親子にしてはぎこちないやり取りかもしれないが、店員も指摘してくるほど明から様な状況ではない。
そうなんですね~と納得し、話を戻した。
「どれか気に入ったものはありましたか?」
「あっ、それならこれとあれと……」
六花は遠慮なしに青系統の服を数着を選んでいく。
「えと、良いですか?」
オクタは初めから六花が欲しいと言った服は全て買ってやるつもりで来ている。不安そうな目をしている六花に頷いて返すと、六花はやったと小さく跳ねた。
「では、裾も合わせちゃいましょうか」
「はい」
六花は店員に選んだ服を渡し、もう一度袖を通す。オクタにはまた、待つだけの時間が訪れた。
(一つ目の店で結構かかったな。他は今日はいいか……。飯もなんか買って帰んねえと。はぁ……丈夫そうな服もなかったし、これはコトネに用意して貰うしかないか?)
そう考え込んでいるとスマホが鳴った。
「悪い、あー六花。ちょっと電話だ」
オクタはショッピングモール特有の吹き抜けに設置された手すりに寄りかかりながら電話に出た。相手はライースだった。
電話の内容は訃報だ。
「……そうか。……、また1人逝ったか。で、どこの誰――いや、違う。誰にやられ、た、か、じゃ」
オクタは耳を疑った。
「それは間違いないんだな?」
ライースの話によると死亡した工作員は件のコトネだ。僅かな外出の隙を狙われ行方をくらまし、つい先ほど遺体となって発見されたという。
衣服や装飾品を主とする物品の製作、調達を仕事としている彼女は、表立って荒事を担当する役回りでは無い。組織の中で派手な仕事をしているわけでも無く、オクタのように存在が噂になるような人物でもない。
外に出ることすら稀な彼女が死亡したと聞いた時、オクタは耳を疑った。
しかし、彼女の訃報を聞いてもオクタの心に波は立たない。
どこか外にある自分たちのような組織に狙われていたか、はたまた一般人に負けてしまったのか。彼女の死の理由はわからない。が、それを考えるのは本部の人間の仕事だ。
オクタが考えていたことといえば六花の服は誰に頼めばいいのかということくらい。言うなれば、日頃利用していたコンビニが潰れて遠くに移店してしまったのと同じような感覚だった。
それくらい、彼らにとって死とは特に珍しいものでもないのだ。
基本的に、24席ある名前持ちの枠は空けば補充される。今でも埋まっていないのは恵冬が入るはずだった枠くらいなものだ。
今、オクタが育てている六花は24番の枠が空いたから、そこを埋める目的で施設から連れて来たのだとライースは言っていた。
リラの生徒2人も6番と18番の枠が空いた途端に連れて来られたものだ。
コトネがいなくなれば、同じような分野に精通した工作員が補充される。それだけだ。
〈――まぁ、そういう事です。まだ、彼女を襲った人物も動機も分かっていません。貴方ほどじゃないにせよ、危険人物が彷徨いている可能性もありますのでご注意を〉
「はいはい」
〈そういえば、少し外が騒がしいですね。今外ですか?〉
「ん?あぁ、吹雪の服を買いに来ててな」
オクタの目には正月明けだというのに、疲れを知らない子どもたちが楽しそうにかけていく姿が映っていた。
初売りの看板をまだ下さない店もある。まだまだ、世間は通常営業とは行かないらしく、楽しげな雰囲気が漂っている。
カップルや子ども連れ。意識していなかっただけでゆっくりとあたりを見渡せば多くの人が各々の休みを満喫していることが分かる。
〈もうしっかり父親ですねぇ〉
「うるせぇよ。用がないなら切るぞ」
〈特には無いですね。何かあったらオクタから連絡してきてくれても良いんですよ?同期なんですから、多少は頼りになるでしょう?〉
オクタは電話を切り、店に戻って行った。
「ん?六花は?」
オクタが服屋に戻った時、六花の姿はなかった。
先ほどの店員を見つけたが、様子がおかしい。オクタの顔を見て慌てて駆け寄ってきた。
「も、申し訳ありません」
開口一番、彼女は謝罪の言葉を口にする。
「一体何が?」
「それが、少し目を離した隙に……」
それだけ言うと彼女は黙ってしまった。言葉が出て来ないのだろう。
焦った様子から六花が行方不明になってしまったこと、それに責任を感じていることが見て取れる。
「わかった。少し探してみる」
オクタは店員にそう告げると店を離れた。
オクタは思考する。六花はただの子どもでは無い。工作員のタマゴだ。そこらをうろちょろして迷子になるような純粋な子どもではない。
オクタは考えられる理由を一つ一つ検証していく。
「……攫われた、か?」
六花を攫う人間がいるのか、理由は?それらに答えは出ない。が、勝手に歩き回って迷子になったと考えるよりは可能性がある。
どこへ行った?相手は1人なのか?今から追いかけて間に合うのか?様々な疑問が浮かび上がる。
その時再びオクタのスマホが鳴った。
画面には“秋花”の文字が表示されている。リラではなく生徒の方から連絡が来たのは初めてだった。しかし、この電話に出なくてはならない、どこかそう感じて考えるよりも先に通話に出た。
〈――オクタ。あんた今どこにいるの!?〉
電話越しにリラの声が突き刺さった。
立体駐車場で車を降りた2人は自動ドアをくぐる。
ショッピングモールの中は空調が効いていて1月上旬だということを忘れるくらいには暖かかった。
ここはショッピングモール3階。オクタは六花の手を引き、案内板に向かう。
(服屋は……この階か。組み手に耐えられるようなものがあれば安上がりなんだがな)
組み手に使う服はナイフの斬撃にある程度絶えることができ、少し引っかけたくらいでは破けない丈夫さがあることが最低条件だ。オクタはそれをショッピングモールで運良く手に入らないかと薄っすら期待していた。
組織の"コトネ"に用意を頼めば望むものが手に入るが、ケチで知られる人物でもあり、良いものを手に入れられる代わりにふっかけられるだろうと予想していた。
(訓練用の服一枚に何万も飛ばしてたまるか)
新しい服に目を輝かせる横で、オクタはなんとかしてここで訓練用の服を手に入れてやろうと思い、揃わぬ歩幅で2人は服屋に向かって歩き出した。
「良いですね!可愛いですよ~」
オクタは力の抜けた顔で椅子に座り込んでいた。
六花は服をいくつか手に取り鏡の前で体に合わせていたのだが、その様子を目ざとく見つけた30代くらいの女性店員が六花を試着室に誘ったのだ。
「お父さまはこちらの椅子にお掛けください」
父親じゃないけどなと思いながらも、言われるがままオクタも試着コーナーに連れて来られ、椅子に座らせられると六花の1人パリコレに付き合わされるハメになってしまった。
(おいおい、一店目でもう1時間以上経ってるぞ)
スマホに視線をやり時間を確認すると午後7時半を回っていた。
初めは楽しんでいた六花も店員の熱意についていけず、若干の疲れが見えてきている。
「し、ししょー、私そろそろ疲れたんですが」
「――ん、師匠?」
店員は六花の言葉に違和感を覚え、オクタに目をやった。
“師匠”など、日常生活でそう使う単語ではない。咄嗟の判断で親子を装い誤魔化すことにした。
「……最近アニメにハマってるみたいでね、影響されてるんだ。ふ」
六花のことを吹雪と呼ぼうとして口を閉ざした。
(親子なら、苗字呼びはあり得ないか……俺も吹雪ってことになるしな)
「六花、外ではやめろって言っただろ?」
「は、はい!?……あっすみません」
六花は突然下の名前を呼ばれ、驚いたようだ。顔を赤くして俯いた。親子にしてはぎこちないやり取りかもしれないが、店員も指摘してくるほど明から様な状況ではない。
そうなんですね~と納得し、話を戻した。
「どれか気に入ったものはありましたか?」
「あっ、それならこれとあれと……」
六花は遠慮なしに青系統の服を数着を選んでいく。
「えと、良いですか?」
オクタは初めから六花が欲しいと言った服は全て買ってやるつもりで来ている。不安そうな目をしている六花に頷いて返すと、六花はやったと小さく跳ねた。
「では、裾も合わせちゃいましょうか」
「はい」
六花は店員に選んだ服を渡し、もう一度袖を通す。オクタにはまた、待つだけの時間が訪れた。
(一つ目の店で結構かかったな。他は今日はいいか……。飯もなんか買って帰んねえと。はぁ……丈夫そうな服もなかったし、これはコトネに用意して貰うしかないか?)
そう考え込んでいるとスマホが鳴った。
「悪い、あー六花。ちょっと電話だ」
オクタはショッピングモール特有の吹き抜けに設置された手すりに寄りかかりながら電話に出た。相手はライースだった。
電話の内容は訃報だ。
「……そうか。……、また1人逝ったか。で、どこの誰――いや、違う。誰にやられ、た、か、じゃ」
オクタは耳を疑った。
「それは間違いないんだな?」
ライースの話によると死亡した工作員は件のコトネだ。僅かな外出の隙を狙われ行方をくらまし、つい先ほど遺体となって発見されたという。
衣服や装飾品を主とする物品の製作、調達を仕事としている彼女は、表立って荒事を担当する役回りでは無い。組織の中で派手な仕事をしているわけでも無く、オクタのように存在が噂になるような人物でもない。
外に出ることすら稀な彼女が死亡したと聞いた時、オクタは耳を疑った。
しかし、彼女の訃報を聞いてもオクタの心に波は立たない。
どこか外にある自分たちのような組織に狙われていたか、はたまた一般人に負けてしまったのか。彼女の死の理由はわからない。が、それを考えるのは本部の人間の仕事だ。
オクタが考えていたことといえば六花の服は誰に頼めばいいのかということくらい。言うなれば、日頃利用していたコンビニが潰れて遠くに移店してしまったのと同じような感覚だった。
それくらい、彼らにとって死とは特に珍しいものでもないのだ。
基本的に、24席ある名前持ちの枠は空けば補充される。今でも埋まっていないのは恵冬が入るはずだった枠くらいなものだ。
今、オクタが育てている六花は24番の枠が空いたから、そこを埋める目的で施設から連れて来たのだとライースは言っていた。
リラの生徒2人も6番と18番の枠が空いた途端に連れて来られたものだ。
コトネがいなくなれば、同じような分野に精通した工作員が補充される。それだけだ。
〈――まぁ、そういう事です。まだ、彼女を襲った人物も動機も分かっていません。貴方ほどじゃないにせよ、危険人物が彷徨いている可能性もありますのでご注意を〉
「はいはい」
〈そういえば、少し外が騒がしいですね。今外ですか?〉
「ん?あぁ、吹雪の服を買いに来ててな」
オクタの目には正月明けだというのに、疲れを知らない子どもたちが楽しそうにかけていく姿が映っていた。
初売りの看板をまだ下さない店もある。まだまだ、世間は通常営業とは行かないらしく、楽しげな雰囲気が漂っている。
カップルや子ども連れ。意識していなかっただけでゆっくりとあたりを見渡せば多くの人が各々の休みを満喫していることが分かる。
〈もうしっかり父親ですねぇ〉
「うるせぇよ。用がないなら切るぞ」
〈特には無いですね。何かあったらオクタから連絡してきてくれても良いんですよ?同期なんですから、多少は頼りになるでしょう?〉
オクタは電話を切り、店に戻って行った。
「ん?六花は?」
オクタが服屋に戻った時、六花の姿はなかった。
先ほどの店員を見つけたが、様子がおかしい。オクタの顔を見て慌てて駆け寄ってきた。
「も、申し訳ありません」
開口一番、彼女は謝罪の言葉を口にする。
「一体何が?」
「それが、少し目を離した隙に……」
それだけ言うと彼女は黙ってしまった。言葉が出て来ないのだろう。
焦った様子から六花が行方不明になってしまったこと、それに責任を感じていることが見て取れる。
「わかった。少し探してみる」
オクタは店員にそう告げると店を離れた。
オクタは思考する。六花はただの子どもでは無い。工作員のタマゴだ。そこらをうろちょろして迷子になるような純粋な子どもではない。
オクタは考えられる理由を一つ一つ検証していく。
「……攫われた、か?」
六花を攫う人間がいるのか、理由は?それらに答えは出ない。が、勝手に歩き回って迷子になったと考えるよりは可能性がある。
どこへ行った?相手は1人なのか?今から追いかけて間に合うのか?様々な疑問が浮かび上がる。
その時再びオクタのスマホが鳴った。
画面には“秋花”の文字が表示されている。リラではなく生徒の方から連絡が来たのは初めてだった。しかし、この電話に出なくてはならない、どこかそう感じて考えるよりも先に通話に出た。
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