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薄青と記憶 6
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―オクタ―
ライースは六花について最低限の情報を話すと、オクタに後を任せてそそくさとアパートを出て行った。
(忙しいのは本当だったんだな)
そう思いながら玄関の鍵を素早く閉めリビングに戻る。
リビングにはソファーに座ったままココアをすする六花がいた。立ちのぼる湯気を見て飲み物が覚めるほどの時間ですら惜しかったのだと分かると今の本部はそんなにも余裕がないのかと思い嘲るような笑いが込み上げてきた。
(……さて、どうするか)
頭を掻きつつ六花を観察する。
――貴方の能力を超える暗殺者に――
見たところ六花は小学生くらいだが、学校に通ったことはないらしい。
低身長なせいでかつての教え子と同い年くらいかと思っていたが、ライースから8歳だと聞き驚いた。2つも年上とは思わなかった。
8歳と聞いているが、5歳で施設に入ったことを考えると碌な教育は受けていないはずだ。
目の前の六花を見ているとオクタの脳裏に太陽の様な笑みを浮かべる少女の顔が過ぎった。鮮やかな金髪が瞳の奥で揺れる。
この年頃の女の子をみるとどうも彼女を思い出してしまう。
「……子どもは苦手なんだがなぁ」
オクタは無意識のうちにぼそりと愚痴を漏らす。
「こ、子どもじゃない……です。ちゃんと出来ますから」
六花はオクタの声を拾いすかさず言い返してきた。声量こそ控えめだったがどこか芯の強さを感じさせる。
「とりあえず、これからは俺が教育係だ。よろしくな。吹雪」
「……お願いします」
今の六花は施設で着ていた白色の服を着ていて、上から質素なポンチョを羽織っている。
(リエールだろうな)
ライースの奴が渡したとは思えない。リエールの姿は見えなかったが、一緒に来ていたのだろうと推測する。子どもに何かを渡すとしたらライースよりもリエールの方が可能性がある。
(靴も履かしてやりゃ良かったのによ)
今の六花ははっきり言って人身売買でもされてきたみたいな格好だ。髪もボサボサで傷の手当ても碌にされていない。みすぼらしく、痛々しかった。
これは組織からの命令だと自身に言い聞かせ、オクタは頭を切り替える。
オクタが仕事モードに切り替わると、部屋中の空気が変わった。六花にもそれが伝わったのだろう。一度身震いをした後、オクタに対して警戒の視線を向けた。
目の前に座るまだ年端も行かない女の子を暗殺者として教育する。それが組織の工作員である“オクタ”に与えられた新しい仕事だ。
この先、この子は戦って死ぬかも知れない。誰にも知られず、賞賛もされない。友達と遊んで、恋人ができて、結婚して子どもを作って……そんな平凡な生活は二度と訪れないだろう。それが組織のエゴだとわかっていても。
彼女の目を見つめて、いいかと言って続ける。
「俺が吹雪を育てている間の衣食住は面倒を見るが、早く自分で稼げるようになれ」
「……」
六花は黙って話を聞いていた。
「当たり前なんてものはない。人から与えられているだけの物はふとした瞬間に奪われる」
六花の表情に緊張が走り陰が落ちる。小さな肩が震えているのが分かる。彼女も孤児ならば大切な何かを奪われたであろう事は想像に難くない。
かつてオクタは組織に言われるがままに一人の少女を育て上げた。組織の理念にのっとり「AIによって危険にさらされる人々を救うために戦う」のだと。
なにが足りなかったのかは分からない。オクタに分かることは組織のためにと戦わせた生徒が帰ってこなかったということだけ。
だからこそオクタははっきりと言う。
「何もしないで誰かから与えられたものはすぐに消える」
これが正しいのかは分からない。
「自分で見て、そして自分で選ぶんだ。俺は、お前が自分で生きていくための力をつける手助けをする。いいか……自分で決めるんだ」
せめて、その時が来たらこの子が望むもののために手を伸ばせるように。
「違う。ナイフは相手の急所を的確に突く。背後や死角を探って仕留めろ。死角が無ければ自ら作る工夫をしろ」
「殺せる時に殺す。これは当たり前だ。しかし、万一殺しきれないと判断したのなら、即座に退け」
「基本的に戦闘は回避するつもりでいろ。相手は吹雪よりも体格がしっかりしているし、腕力もあることが殆どだ。真っ向勝負になればお前に勝ち目はない」
教えることは確実に敵を殺す術だけ、それもナイフを主軸にした暗殺というのが組織からの指示だった。
ナイフを主軸にという指示はオクタが修めた戦闘手段の中で最も戦績が良いのがナイフだったからだ。
オクタの"ナイフによる確実な殺しの能力"を受け継いだ、いやそれすらも超える工作員が欲しいと言うことだろうとオクタは推測した。
(最近名前持ちが数人減った。その埋め合わせには“ただの名前持ち”程度じゃダメだってことだろう?)
オクタは組織の考えに嫌気が差したが、現にオクタもさまざまな道具を手に仕事をこなして来たが、考えてみれば最も信頼を置いているのはナイフだ。
確実な殺しの能力という点でいえばオクタの戦闘術を受け継いだ工作員ほど適任もいない。
得物がナイフならば組織から弾薬などの補給がなくても「使い続けられる」。そう言った使い勝手の良さもこの子どもには求められているのだろうと考えた。
組織の考えに納得してしまう自分に気づき、自分も染まってしまっているのだと再認識させられた。
自分で得物を用意する方法や手入れの仕方なども今後教えていかなければならないなと思ったとき、ある疑問を抱いた。
(こいつ、1人で買い物とか出来るのか?)
本部やチームメンバーに日々報告をしながら六花の教育を始めて十日余り経った。その程度の期間だったが六花の能力面で既に分かったことがいくつかあった。
まず何よりも気になったのは異様なほどの集中力があると言う事だった。
「はぁ、はぁ……っ。終わりました。せんせー次は何を……?」
センスがいいと一言で言えなくもないのだろうが、呑み込みが早く、教えた事は七から八割近く吸収する。教えられた事をその通りに受け取り、体を意のままに動かす感覚に優れていた。
間違いやズレとして指摘したところもすぐに修正してしまう。不気味なほど呑み込みが早かった。
これといった癖がないから矯正も容易なのかもしれないが、生き急いでいるようにも見え、どこか不安に思うときもあった。
次に身体の柔軟性が高かった。体操などの経験はないと本人は言っていたが体の柔らかさを後から獲得するのは難しく、時間もかかる。
これは維持するべきだ。風呂上がりに入念にストレッチをさせ、その特性は失わせることのないように気を付けなければならない。
最後にやはりというべきか、施設での教育は受けていたようだったが訓練について来られるほどの体力はなかった。8歳の子どもに言うことではないがすぐにバテるし疲れる。スタミナ面の強化は急いだほうがいい。
それと、これは六花の事ではないが、服が足りないことも徐々に問題になってきていた。外出用の服、トレーニング用の服、どちらも足りない。
六花は施設から来た孤児だ。当然私物はなく、ライースに預けられた時の服と同じものが二・三枚程度あっただけでは回していくのも大変だし、激しい訓練をすれば使い物にならなくなってしまう。
後で買いに行くかと考えながら、ナイフの振り方を教えた。
「少しくらい休んだらどうだ?今日はずっと動きっぱなしだろう。……昼買ってくるが何がいい?」
「まだ……大丈夫、です。せんせー、それに私が休んでる間にも……っ、私はまだやれます。大勢の人を助けたいんです!」
「――そうか」
ライースは六花について最低限の情報を話すと、オクタに後を任せてそそくさとアパートを出て行った。
(忙しいのは本当だったんだな)
そう思いながら玄関の鍵を素早く閉めリビングに戻る。
リビングにはソファーに座ったままココアをすする六花がいた。立ちのぼる湯気を見て飲み物が覚めるほどの時間ですら惜しかったのだと分かると今の本部はそんなにも余裕がないのかと思い嘲るような笑いが込み上げてきた。
(……さて、どうするか)
頭を掻きつつ六花を観察する。
――貴方の能力を超える暗殺者に――
見たところ六花は小学生くらいだが、学校に通ったことはないらしい。
低身長なせいでかつての教え子と同い年くらいかと思っていたが、ライースから8歳だと聞き驚いた。2つも年上とは思わなかった。
8歳と聞いているが、5歳で施設に入ったことを考えると碌な教育は受けていないはずだ。
目の前の六花を見ているとオクタの脳裏に太陽の様な笑みを浮かべる少女の顔が過ぎった。鮮やかな金髪が瞳の奥で揺れる。
この年頃の女の子をみるとどうも彼女を思い出してしまう。
「……子どもは苦手なんだがなぁ」
オクタは無意識のうちにぼそりと愚痴を漏らす。
「こ、子どもじゃない……です。ちゃんと出来ますから」
六花はオクタの声を拾いすかさず言い返してきた。声量こそ控えめだったがどこか芯の強さを感じさせる。
「とりあえず、これからは俺が教育係だ。よろしくな。吹雪」
「……お願いします」
今の六花は施設で着ていた白色の服を着ていて、上から質素なポンチョを羽織っている。
(リエールだろうな)
ライースの奴が渡したとは思えない。リエールの姿は見えなかったが、一緒に来ていたのだろうと推測する。子どもに何かを渡すとしたらライースよりもリエールの方が可能性がある。
(靴も履かしてやりゃ良かったのによ)
今の六花ははっきり言って人身売買でもされてきたみたいな格好だ。髪もボサボサで傷の手当ても碌にされていない。みすぼらしく、痛々しかった。
これは組織からの命令だと自身に言い聞かせ、オクタは頭を切り替える。
オクタが仕事モードに切り替わると、部屋中の空気が変わった。六花にもそれが伝わったのだろう。一度身震いをした後、オクタに対して警戒の視線を向けた。
目の前に座るまだ年端も行かない女の子を暗殺者として教育する。それが組織の工作員である“オクタ”に与えられた新しい仕事だ。
この先、この子は戦って死ぬかも知れない。誰にも知られず、賞賛もされない。友達と遊んで、恋人ができて、結婚して子どもを作って……そんな平凡な生活は二度と訪れないだろう。それが組織のエゴだとわかっていても。
彼女の目を見つめて、いいかと言って続ける。
「俺が吹雪を育てている間の衣食住は面倒を見るが、早く自分で稼げるようになれ」
「……」
六花は黙って話を聞いていた。
「当たり前なんてものはない。人から与えられているだけの物はふとした瞬間に奪われる」
六花の表情に緊張が走り陰が落ちる。小さな肩が震えているのが分かる。彼女も孤児ならば大切な何かを奪われたであろう事は想像に難くない。
かつてオクタは組織に言われるがままに一人の少女を育て上げた。組織の理念にのっとり「AIによって危険にさらされる人々を救うために戦う」のだと。
なにが足りなかったのかは分からない。オクタに分かることは組織のためにと戦わせた生徒が帰ってこなかったということだけ。
だからこそオクタははっきりと言う。
「何もしないで誰かから与えられたものはすぐに消える」
これが正しいのかは分からない。
「自分で見て、そして自分で選ぶんだ。俺は、お前が自分で生きていくための力をつける手助けをする。いいか……自分で決めるんだ」
せめて、その時が来たらこの子が望むもののために手を伸ばせるように。
「違う。ナイフは相手の急所を的確に突く。背後や死角を探って仕留めろ。死角が無ければ自ら作る工夫をしろ」
「殺せる時に殺す。これは当たり前だ。しかし、万一殺しきれないと判断したのなら、即座に退け」
「基本的に戦闘は回避するつもりでいろ。相手は吹雪よりも体格がしっかりしているし、腕力もあることが殆どだ。真っ向勝負になればお前に勝ち目はない」
教えることは確実に敵を殺す術だけ、それもナイフを主軸にした暗殺というのが組織からの指示だった。
ナイフを主軸にという指示はオクタが修めた戦闘手段の中で最も戦績が良いのがナイフだったからだ。
オクタの"ナイフによる確実な殺しの能力"を受け継いだ、いやそれすらも超える工作員が欲しいと言うことだろうとオクタは推測した。
(最近名前持ちが数人減った。その埋め合わせには“ただの名前持ち”程度じゃダメだってことだろう?)
オクタは組織の考えに嫌気が差したが、現にオクタもさまざまな道具を手に仕事をこなして来たが、考えてみれば最も信頼を置いているのはナイフだ。
確実な殺しの能力という点でいえばオクタの戦闘術を受け継いだ工作員ほど適任もいない。
得物がナイフならば組織から弾薬などの補給がなくても「使い続けられる」。そう言った使い勝手の良さもこの子どもには求められているのだろうと考えた。
組織の考えに納得してしまう自分に気づき、自分も染まってしまっているのだと再認識させられた。
自分で得物を用意する方法や手入れの仕方なども今後教えていかなければならないなと思ったとき、ある疑問を抱いた。
(こいつ、1人で買い物とか出来るのか?)
本部やチームメンバーに日々報告をしながら六花の教育を始めて十日余り経った。その程度の期間だったが六花の能力面で既に分かったことがいくつかあった。
まず何よりも気になったのは異様なほどの集中力があると言う事だった。
「はぁ、はぁ……っ。終わりました。せんせー次は何を……?」
センスがいいと一言で言えなくもないのだろうが、呑み込みが早く、教えた事は七から八割近く吸収する。教えられた事をその通りに受け取り、体を意のままに動かす感覚に優れていた。
間違いやズレとして指摘したところもすぐに修正してしまう。不気味なほど呑み込みが早かった。
これといった癖がないから矯正も容易なのかもしれないが、生き急いでいるようにも見え、どこか不安に思うときもあった。
次に身体の柔軟性が高かった。体操などの経験はないと本人は言っていたが体の柔らかさを後から獲得するのは難しく、時間もかかる。
これは維持するべきだ。風呂上がりに入念にストレッチをさせ、その特性は失わせることのないように気を付けなければならない。
最後にやはりというべきか、施設での教育は受けていたようだったが訓練について来られるほどの体力はなかった。8歳の子どもに言うことではないがすぐにバテるし疲れる。スタミナ面の強化は急いだほうがいい。
それと、これは六花の事ではないが、服が足りないことも徐々に問題になってきていた。外出用の服、トレーニング用の服、どちらも足りない。
六花は施設から来た孤児だ。当然私物はなく、ライースに預けられた時の服と同じものが二・三枚程度あっただけでは回していくのも大変だし、激しい訓練をすれば使い物にならなくなってしまう。
後で買いに行くかと考えながら、ナイフの振り方を教えた。
「少しくらい休んだらどうだ?今日はずっと動きっぱなしだろう。……昼買ってくるが何がいい?」
「まだ……大丈夫、です。せんせー、それに私が休んでる間にも……っ、私はまだやれます。大勢の人を助けたいんです!」
「――そうか」
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