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薄青の散る 27
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―ラーレ―
「ここだな?」
木々を掻き分ける手に力を込める。ラーレとリエールの二人は渡り廊下で危機に陥っていた六花を救ったのち、足場の悪い山道を歩いて狙撃ポイントを移動していた。
「はい。想定より若干の時間を要しましたが、支障ありません」
風がリエールの頬を撫でる。10月の夜風というには冷たいというほどではない。葉の掠れる音も相まって涼しいと感じられる程度だ。ここが開けていたらどれだけ気分がいいだろうとリエールは想像した。
二人は六花とは別の目的のため狙撃チームとして行動している。
リエールは左腕につけた時計を確認すると顔を上げ、双眼鏡を取り出した。葉の陰から眼下に広がる道路を観察する。この道路は地図に載っていない。
山に沿って右に曲がる道路で、しばらく道なりに進むと道路は消え砂利道になるが、そこから国道に出られる。砂利道は道というには起伏が激しく、旅行に来た一般客はまず踏み入れない。
砂利道を出たところは駐車場のようになっており、そこから自然と国道に出ることができるため、この山肌に沿った道路は施設の研究員が有事の際に使用する裏ルートのようなものと組織は考えていた。
道路には青白い光を放つ道路照明灯がぽつりぽつりと点在し、大まかな陰を浮かび上がらせている。
二人のいる山とは川を挟んで対岸の更に上方に位置する。傾斜などを含めた直線距離は1000ヤードほど。森の中は隙間から漏れる月明かりを頼りにしても薄暗く、隠れるのに最適。
今彼女が見ているあたりはカーブになっているが電灯の間隔も空いていて目が利きづらく、狙いづらいが、二人の存在も察知しづらく、狙撃には絶好のポイントだ
二人は施設から遠く離れてしまい、組織の援護は期待できない。ここでの失敗は誰のフォローも期待できず取り返すことはできない。
そんな仕事を任されるくらいにはライースから二人の仕事ぶりは信頼されている。
目的地にたどり着いたラーレとリエールは黙々と狙撃の用意を始める。
「こうしてると思いだすな」
「何ですか、急に」
ラーレは雑談に興じながら手を動かす。そこには絶対にこの仕事が失敗できないという緊張感も、人を撃つ悲壮感もない。
「君の初任務さ。人工知能を搭載したロボットの基本構想を考えた科学者の一人が、自国でやっていけないからって日本に亡命してきたときも、こんな気持ちい風が吹く夜だったなと思ってさ」
ラーレの脳裏には当時の記憶がついこの間のことかのように鮮明に呼び起こされた。埠頭に煌々と輝く赤。それは埠頭を照らす電灯の光であり、亡命者を運んできた船が燃え上がる炎の赤でもあった。
「そんな昔のこと。よく覚えてますね」
道路を監視していると遠くでサイレンの鳴り響く音が聞こえた。
「――そろそろ来ます。ラーレは狙撃に集中を」
「はいよ。用意ももう終わる」
ラーレはライフルバッグからスコープを取り出し、ライフルに装着した。施設を狙っていた時のものとは違う。暗いところが鮮明に見える特殊な暗視用スコープに切り替えた。
車がアスファルトを蹴る音が強く聞こえてくるようになった。
リエールは時計を確認する。
「……あと20秒です。情報では車両は3台。前と後ろは護衛でしょう。予定通り先頭車両を狙撃」
道幅はそこまで広くない。先頭が横転したら後続車両が抜けるスペースはない。
「後ろも止まるしかないだろうな」
「後続車が止まったら一人ずつ射殺します」
リエールは鈴のように冷たく言い放つ。その手にはラーレのものより一回り小さいライフルが握られている。
彼女の主な仕事は狙撃ではない。しかし、組織で頭一つ抜けた実力を持つスナイパーであるラーレに迫る実力を持っている。
彼女の冷静な判断力と優れた計算能力を持ってすれば痛みを感じる間もなく一人ずつ正確に急所を撃ち抜くことができる。
彼女の持つライフルは装甲車や、防弾処理の施された車両を撃ち抜くことはできなくとも人一人の命を奪うには十分だ。
ラーレが足を止めさえすれば、あとはリエールの方で処理することができる。
「来ました。狙撃用意」
「はいはい」
ラーレはいわれるがままにスコープを覗き込んだ。
スコープの先には3台の車両が写る。目的は先頭車両だが、狙撃ポイントに到達するまで若干の余裕がある。
その瞬間ラーレにちょっとした好奇心がわいた。
車両は国道に抜けたら一般道に抜けどこかへ避難する予定なのだから、当然検問なんかにつかまれば、国の極秘プロジェクトで動く彼らは、特権ですり抜けたりはできない。
自分たちと同じく一般車両のふりをして抜けるはずだと考えたラーレはどんな人物が車を動かしているのか、そしてどんな人物が“ラーレにとって最大の敵”であるAIを搭載したロボットなどというものを作ろうとしているのか興味がわいた。
(どんな奴があんなもんを作ろうってんだ)
しかし、次の瞬間スコープから目を逸らしていた。
「……なに、やって」
「ラーレ。足を止めます狙撃を」
リエールは、ラーレの様子に気づいていなかった。
「何やってんだよ!!――――母さん!!!!」
「ここだな?」
木々を掻き分ける手に力を込める。ラーレとリエールの二人は渡り廊下で危機に陥っていた六花を救ったのち、足場の悪い山道を歩いて狙撃ポイントを移動していた。
「はい。想定より若干の時間を要しましたが、支障ありません」
風がリエールの頬を撫でる。10月の夜風というには冷たいというほどではない。葉の掠れる音も相まって涼しいと感じられる程度だ。ここが開けていたらどれだけ気分がいいだろうとリエールは想像した。
二人は六花とは別の目的のため狙撃チームとして行動している。
リエールは左腕につけた時計を確認すると顔を上げ、双眼鏡を取り出した。葉の陰から眼下に広がる道路を観察する。この道路は地図に載っていない。
山に沿って右に曲がる道路で、しばらく道なりに進むと道路は消え砂利道になるが、そこから国道に出られる。砂利道は道というには起伏が激しく、旅行に来た一般客はまず踏み入れない。
砂利道を出たところは駐車場のようになっており、そこから自然と国道に出ることができるため、この山肌に沿った道路は施設の研究員が有事の際に使用する裏ルートのようなものと組織は考えていた。
道路には青白い光を放つ道路照明灯がぽつりぽつりと点在し、大まかな陰を浮かび上がらせている。
二人のいる山とは川を挟んで対岸の更に上方に位置する。傾斜などを含めた直線距離は1000ヤードほど。森の中は隙間から漏れる月明かりを頼りにしても薄暗く、隠れるのに最適。
今彼女が見ているあたりはカーブになっているが電灯の間隔も空いていて目が利きづらく、狙いづらいが、二人の存在も察知しづらく、狙撃には絶好のポイントだ
二人は施設から遠く離れてしまい、組織の援護は期待できない。ここでの失敗は誰のフォローも期待できず取り返すことはできない。
そんな仕事を任されるくらいにはライースから二人の仕事ぶりは信頼されている。
目的地にたどり着いたラーレとリエールは黙々と狙撃の用意を始める。
「こうしてると思いだすな」
「何ですか、急に」
ラーレは雑談に興じながら手を動かす。そこには絶対にこの仕事が失敗できないという緊張感も、人を撃つ悲壮感もない。
「君の初任務さ。人工知能を搭載したロボットの基本構想を考えた科学者の一人が、自国でやっていけないからって日本に亡命してきたときも、こんな気持ちい風が吹く夜だったなと思ってさ」
ラーレの脳裏には当時の記憶がついこの間のことかのように鮮明に呼び起こされた。埠頭に煌々と輝く赤。それは埠頭を照らす電灯の光であり、亡命者を運んできた船が燃え上がる炎の赤でもあった。
「そんな昔のこと。よく覚えてますね」
道路を監視していると遠くでサイレンの鳴り響く音が聞こえた。
「――そろそろ来ます。ラーレは狙撃に集中を」
「はいよ。用意ももう終わる」
ラーレはライフルバッグからスコープを取り出し、ライフルに装着した。施設を狙っていた時のものとは違う。暗いところが鮮明に見える特殊な暗視用スコープに切り替えた。
車がアスファルトを蹴る音が強く聞こえてくるようになった。
リエールは時計を確認する。
「……あと20秒です。情報では車両は3台。前と後ろは護衛でしょう。予定通り先頭車両を狙撃」
道幅はそこまで広くない。先頭が横転したら後続車両が抜けるスペースはない。
「後ろも止まるしかないだろうな」
「後続車が止まったら一人ずつ射殺します」
リエールは鈴のように冷たく言い放つ。その手にはラーレのものより一回り小さいライフルが握られている。
彼女の主な仕事は狙撃ではない。しかし、組織で頭一つ抜けた実力を持つスナイパーであるラーレに迫る実力を持っている。
彼女の冷静な判断力と優れた計算能力を持ってすれば痛みを感じる間もなく一人ずつ正確に急所を撃ち抜くことができる。
彼女の持つライフルは装甲車や、防弾処理の施された車両を撃ち抜くことはできなくとも人一人の命を奪うには十分だ。
ラーレが足を止めさえすれば、あとはリエールの方で処理することができる。
「来ました。狙撃用意」
「はいはい」
ラーレはいわれるがままにスコープを覗き込んだ。
スコープの先には3台の車両が写る。目的は先頭車両だが、狙撃ポイントに到達するまで若干の余裕がある。
その瞬間ラーレにちょっとした好奇心がわいた。
車両は国道に抜けたら一般道に抜けどこかへ避難する予定なのだから、当然検問なんかにつかまれば、国の極秘プロジェクトで動く彼らは、特権ですり抜けたりはできない。
自分たちと同じく一般車両のふりをして抜けるはずだと考えたラーレはどんな人物が車を動かしているのか、そしてどんな人物が“ラーレにとって最大の敵”であるAIを搭載したロボットなどというものを作ろうとしているのか興味がわいた。
(どんな奴があんなもんを作ろうってんだ)
しかし、次の瞬間スコープから目を逸らしていた。
「……なに、やって」
「ラーレ。足を止めます狙撃を」
リエールは、ラーレの様子に気づいていなかった。
「何やってんだよ!!――――母さん!!!!」
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