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青出 風太

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File 3

薄青の散る 26

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―ヘキサ―

 火花を散らし、振り抜かれるナイフをナイフで受け流す。刃に紛れて不意に繰り出される蹴りに合わせて六花も同じく蹴りで返す。

(あとワイヤーが2本……!それか投げられるナイフがあれば!)

 ワイヤーは腰のベルトに2本だけ。牽制に使ったら逃走に使えるものはない。ナイフも手に持つタイプが2本。袖口に仕込みナイフが2本。爪先に2本。袖口のものは手に持つものに比べて短めで、奇襲用のものだ。射出できるタイプだが、2本しかない。

 だからと言って手に持つタイプを投げると、今度は敵のナイフを受けられなくなってしまう。

 六花にとってどちらとも気軽に投げ捨てられるものではない。



(一体何発、弾倉に入ってるの……?)

 リロードをする素振りこそすれど、彼女は一向に拳銃の弾倉を外さない。まだ弾が入っているという六花の考えが次第に間違いでないと強く確信に変わっていく。

「はいはい。わかったわよ……ったく」

 彼女が不意に呟いた。視線が左に動く。左耳にイヤホンがはめられており、そのイヤホンマイクで何かを言われたのだろうと六花は察した。

(何に対しての「わかった」?。そろそろ向こうから仕掛けてくる……?)

 彼女は戦闘が始まると、徐々に笑いが混じり始め、つい先ほどまで興奮状態だった。それが返事を返した途端、気を落としたかのように静かになった。

 六花は彼女が何を言われたのかわからない。しかし、この状況が自分にとって良いものだとは思えない。

(……でも、私はまだ――死ねない!!!)


 この場をどう離脱するか考えた末に遂に"彼女を倒すしかない"と思い至った。

 心を決めた六花は早い。

 右手に握られたナイフを強く握りしめ、彼女に突撃する。ナイフに尋常ではない殺気を乗せて、斜め上から彼女の右鎖骨のあたりを狙って大きく振り被った。渾身の力を込めた袈裟斬り。

 彼女は殺意の込められたナイフに目を見開き、釘付けになった。しかし、本当の狙いはそこではない。彼女の左脇腹だ。


 上に彼女の注意が向いた瞬間、宙にナイフを“置く”。


 まるでバスケのレイアップシュートのようにひたすらに優しく。彼女の視線はそのまま、尋常ではない殺気を放つ宙のナイフに残っている。

(ここだ……!)

 ワイヤーを近くの柱に巻き付け、飛び上がった身体を殺意に隠し込んで屈みこませ着地、意識の外から右足をサマーソルトのように蹴り上げる。

 これは必殺の一撃ではない。たとえ、この一撃で決められなくとも深傷を負わせればこの後の戦闘を有利に進めることができ、逃走時間も稼げるだろうと六花は考えた。




 “当たる”


 そう六花が確信し爪先のナイフを起動しようとした時、冷静な顔で彼女は言い放った。

「もしかして、アンタ。センセの生徒なの?」
「……!?」

 嫌な予感がして六花はとっさに攻撃を中断する。距離を取り、ベルトワイヤーで宙に放ったナイフを回収し、そのまま構える。

「あっ!やっぱり?」

 彼女は今度こそ勝ち誇ったような、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「似てると思ったのよね~。センセったら私がいない間に別の教え子が出来ちゃってるなんて……少し妬いちゃうわ~」

彼女は笑いながら冗談混じりに溢した。

「……は?」







9月7日

―オクタ―

「相手は銃を用意できるのか。金持ちか相当なマニアか?ホリーならどこかの組に目をつけられてってこともないだろうしな」

 ふざけた様子でオクタは答える。銃などと発言しても夕方の居酒屋でのこと。周りも自分たちのグループの話題に集中していて、他の会話なぞ耳にも入らない。

 ライースは咳ばらいを一つしてグラスの水を流し込んだ。

「……ここ数年、我々工作員。中でも『名前持ち』が死亡する案件は多くありました。それが事故なのか、誰かに仕組まれたものなのか不明でした。今回たまたま用心深いホリーが狙われたから、事の発覚に至ったと考えています」

「……長々と話してきたが、結局お前は何が言いたい?」

 オクタは面倒くさそうにライースに結論を促す。

「私は今回の件、貴方か貴方の生徒の関与を考えています」



「六花か?アイツはその時、家にいたはずだ。夜外を出歩かないなんてお行儀のいい奴じゃないが、用もなしに外出する奴じゃない。まして俺が気づかないはずもない」

「――恵冬けいとです」

「……あいつは死んだんだろ?それを事実として確定したのはお前たち本部の人間と“上”のはずだ」

 言いつつ、オクタの脳裏にかつての教え子の姿が蘇る。輝くような金色の髪を二つに束ねた女の子。根はやさしいが不器用で、同期のリエール、プロテアとは何かと衝突を起こす。

 そんな普通の女の子。

 亡くなったのはちょうど今の六花と同じ15の時、初任務でだった。

「ホリーとは言え一般人に無抵抗でやられるとは考えられません。それに『名前持ち』ではないですが、それなりに腕の建つ工作員を複数人連れていたはず。一対多の戦闘がこなせるのはそれなりの腕を持ってる証明です」

 それにと付け加える。

「恵冬は遺体が確認されていません。あのビルで見つかった遺体は職員三十二名の内逃げ遅れた二十五名のものとテロリスト役の工作員三名と思しきものだけ、そう発表されています」

「だが、二十五人の内、数体が損傷が激しくて判別できていなかったはずだ。中には女性のものもあった。テロリストのものだって誰だか判別はできなかったのに、上はその中の一人を恵冬として処理しただろ?」

 オクタの表情が次第に険しくなる。

「ですが、それだと数が合わないんですよ」

「ほう?そんな話は教育係の俺にすら聞かされていないが?」

 店員が料理を持ってきた。いかにも居酒屋らしい質素だが、味の濃そうな、些か料理と言うには簡単な物だった。

「会社側がマスコミに渡した情報の社員数は昨年のものでその年のものではなかったようです。まだ春頃だと言うことと入れ替えが激しかったために遅れていたのでしょう。新しい方ではあの日出社していた社員数が違います。大々的には発表されませんでしたが」

 助かっている人数がデータ上は正しい。一般人に被害も出たが、爆発犯は全員死亡している。テロリストの仕業とされ、組織的な犯行ではないと早期に判断された。

 さほど重要じゃないとニュースの間に埋もれたか。発表で一人少なくなっていようが、それが爆破犯の人数であるならばさほど取り上げないだろう。

「我々は社員三十二名、恵冬、工作員で人数を計算していましたが、実際には社員三十二名、工作員のみであったと言うわけです。直ぐに“上”にも報告をしましたが、その後の目撃情報が無いためか、それほど真剣に受け取ってはいません。損傷の程度が激しくて確認できない者も多かったわけですから」

「それで?そんな億が一みたいな十年近く昔の話を引っ張り出してきてまで何が言いたい?」

 殺気のような澱んだ雰囲気がオクタから滲み出る。ライースは冷や汗をかきつつも真剣な表情で話を続ける。

「あれほどの人数を何の問題も起こさず処理ができる手練れはそうはいない。というわけで“消息不明”の恵冬が生きている可能性が浮上しました。そして現状彼女を見つけられていない。教育係先生の貴方にこんなことを言わなくてはならないのが非常に心苦しいですが、死んでいるのなら死んでいる証拠が欲しい。……ホリーの件がもし、恵冬の復讐であるのなら早急に探し出さなければ被害が増えます。我々には我々の計画があり、遅れるわけにはいかない」


「――今日はそれを伝えるために来ました。チームにどう伝えるかは貴方に任せます」

 数分の後オクタとライースは夕食を済ませ解散した。



―ヘキサ―

 六花には彼女が何を言っているのかわからない。

(師匠に私以外の……?いやそんな話は……)

「ん?アンタ。察しが悪いわね」

 一息ついて彼女は高らかに告げた。

「私はアンタのセンセ。R1108、オクタの最初の教え子よ。……アンタからしたら私は先輩ってとこかしらね」
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