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薄青の散る 25
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―ヘキサ―
西棟エントランスに向いはじめて数分。
まだリコリスは戻ってこないが、警備は底をついたのか追ってくる足音は徐々に聞こえなくなってきていた。
施設のあちこちから爆音が響く。外壁を破壊し、六花の目指す真の脱出口を警備の目から外す狙いだった。しかし、警備が底をついているのならそこまで効果的ではないかと六花は考えたが、どちらにせよ破壊する施設だ。
崩れるのが早いか遅いか程度で大した差はないと思い直した。
〈次、左!エレベーターヲ超エテ、正面ノ吹キ抜ケニ~~ダーイブ!〉
ご機嫌なm.a.p.l.e.の指示に従ってペースを維持しつつ施設を走り抜ける。
彼女の言った通り、角を曲がった先に透明な筒状のエレベーターを発見した。その先、出口を求める六花の目の前に吹き抜けが現れた。吹き抜けにはショッピングモールなどでよく見るタイプのガラス付きの手すりがついている。
吹き抜けに駆け寄り、手すりを掴んで勢いよく飛び降りる。一階の床との高さは8メートル前後。空中でワイヤーを投げ、柱に括りつけて落下の衝撃を緩める。
〈着地成功!アトハ目ノ前ニアル出入口ヲ突破ッテ逃ゲルダケ~!〉
「――はい!」
けたたましく鳴る警報を背に追い立てられるようにして顔をあげる。脱出まであと少しだと思った。しかし、六花の眼前には想定外の景色が広がっていた。
――すでに出口のシャッターは降り始めており、六花にもそこに着いた時には完全に閉まってしまうことが容易に想像できた。
「ごめん、m.a.p.l.e.もう、シャッターが降りてます……急いで別のルートを探して」
肩で息をする。頭ではすでにそのシャッターを潜り抜けることはできないと分かっているのに、すぐそこに外の世界が広がっていると思うと無意識のうちに足がシャッターに向かって歩き出してしまっていた。
〈ソンナ!?ソコノシャッターノ表示ハ降リテナイッテ出テルノニ!?ウゥッ……スグ別ノルート探ス!ゴメンネ六花サン!」
m.a.p.l.e.はリコリスから送られてくる施設の情報をもとにナビゲートを行なっている。その情報ではシャッターは開いていたのだろう。
(これもクラッキングのせい……?でも、ピンポイントでここを狙うなんて)
この施設には隔壁としての役割を担うシャッターが何箇所も設置されていて、それは六花も目にしていた。しかし、それに引っかからないようなルート採りをして来たため、足止めを喰らうのは初めてだ。
「私は、大丈夫です……お願いします」
どう言う理由でこんなことになっているのか、六花には判断つかないが、彼女の見ているデータと実際の状況は異なっているようだ。
ここから離れるにしても少し落ち着いて息を整えなければならない。一息つこうとした時だった。
「やっと来たわね。結構待ったのよ?」
六花の背後から声がした。
「誰……!?」
背後。エレベーター脇の壁にもたれかかる人影を見つけた。飛び降りた位置からは死角になっていて見えなかったようだ。彼女は長い金髪を揺らしながら陰の中からゆっくりと歩み寄ってくる。
「誰でも良いでしょう?カメラで見てたらここに向かってそうだったから、私もここへ来たってわけ。何で行き止まりに向かってるんだろうな~とは思ったけど」
「――っ」
(女の人?明らかに敵性存在。でも、ここの研究員っぽくも無い)
「小さくてすばしっこい。おまけに飛び回るんだもの……そうね。アンタのあだ名は“スズメちゃん”にするわ」
目の前の女性は燻んだ金髪を低い位置で二つに結んでいる。六花の目には20代半ばほど、丁度リエールと同じくらいの歳に見えた。
耳についたピアスや逆さ十字のアクセサリーからチャラチャラした印象を受ける。薄水色のコートを着ていて、武器の類を隠しているのならその中だろうと六花は推測する。彼女は何の遠慮もなくさらに六花に歩いて近づいてくる。
「まあ、良いわ。さっさとお縄についてもらおうかしらね」
そう言い終わる刹那、彼女との距離は一瞬にして縮まった。いや、その刹那の間に詰められたのだ。
(――来る)
六花は直感的に上半身を仰け反らせた。光の筋を避けたことに気づいたのはそれを完全にやり過ごしてからだった。身体を仰け反らせた勢いを利用してバク転、彼女から距離をとる。
「なっ!?」
彼女は先ほどまで何も持っていなかったというのにいつの間にか右手にナイフを握っていた。
あの光の筋はナイフによる一撃だったのだと六花はその時理解した。
(あと少しで首を……っ!)
最悪の想像が六花の脳裏をよぎり、さっとマフラーに手をかける。
敵を観察しようと目を凝らした瞬間、彼女はニヤリと笑みをこぼし、ナイフを器用にクルクルと高速回転させはじめた。これでは正確な長さが測れない。
六花には何故先ほどの攻撃を避けることが出来たのかわからなかった。ただそこに来る気がしたとしか表現できない直感のようなもので辛うじて回避しただけだ。
「あら、意外とできるじゃない。今の避けられたのなんて久しぶりだわ~」
「今のは一体……」
彼女は嬉しそうに笑う。
お縄についてもらうなどと吐かしていたが、その行動からは六花を捕縛しようと言う意思は感じられない。言葉と行動が一致していない。
六花には彼女が言葉を相手を揺り動かすための一つのツールとしか見ていないような異質な存在に感じられた。先ほどはリエールに近いものを感じていたが、その言動は組織でいうならば、ライースに近い。腹の底が見えない危険人物だ。
彼女は懐からもう一方の手で拳銃を取り出す。
六花は拳銃を扱うようには訓練されていない。彼女の手に握られたそれを見ても種類や装填数は分からなかった。
(あれには何発入る?撃った数を常に意識しないと)
「とりあえず、アンタを逃すつもりはないから。運がなかったと思って諦めなさい」
彼女との打ち合いの最中、六花は不思議な感覚に陥っていた。
彼女の繰り出す攻撃は、ナイフであっても、拳銃を使った射撃、打撃であってもその全てが何故か手に取るように読めるのだ。
金属同士が激しくぶつかり合い、鮮烈な火花を散らす。振り抜かれるナイフを捌き、放つべき隙にカウンターを放つ。
どこからどんな攻撃がどんな順番で、どんな角度で、それが六花に届くのか。
理性ではなく、全身の感覚が常に教えてくれている。六花はそれに応えるだけで攻撃を躱し、自然な流れで反撃を入れることが出来た。
そして、六花の攻撃も不自然なほどに読まれていた。彼女の戦い方は理知的で隙がない。派手な見た目とは対照的で危なっかしさがない。
むしろ、六花のミスを誘っているかのような強かさまで感じていた。
(この人……私より強いっ!)
六花はオクタ以外に自分よりも圧倒的に強い人物との戦闘経験が少ない。彼女の得体の知れない強さに己の師匠の面影を重ねていた。
右手のナイフが六花の目線の高さで振り抜かれる。屈んで躱すことを誘発されている様な感じだ。しかし、そう躱すべきだと身体が理解している。感覚に任せ、屈んでナイフを躱す。屈んだ次の瞬間、彼女の左手に握られている拳銃から六花の足を狙って弾丸が放たれる。
(やっぱり……!)
この射撃は一連の動作として仕掛けてくるだろうと、いや、仕掛けて来ないはずがないとすら感じていた。
屈んだ勢いを利用して真横に跳んで避ける。同時に体を捻って振り向きざまにナイフを振り上げ、彼女の腕下に生まれた死角から脇を狙う。
だが、彼女はそれすらも想定済みだと言わんばかりに寸手の所で身体を逸らす。
「あははっ、惜しいわね」
「どうして!?」
彼女も六花に攻撃を読まれていることを不思議そうにしていた。だが、六花の目に映る彼女ははそんな些細なことよりも奇妙な戦いに高揚し、好奇心に似た感情が勝り、破顔していた。
互いに決定打に欠ける状態でありながらも、彼女は六花に対し、見下し舐めくさった態度を崩さない。それがまた六花の中で不安感を膨らませた。
何故攻撃が当たらないのかがよくわからない不気味な状況、ナイフが空を切る音とくすんだ金髪の笑い声の中、戦闘が続いた。
六花はナイフによる剣戟の嵐の中、次第にこの場を早く離れなければならないと心が急かされ始めた。
オクタからは超近距離の暗殺を教え込まれている。六花は基本的に一瞬の不意打ちで決着をつけることが前提の“暗殺者"であり“戦闘員"ではない。戦闘が長引くようであれば、六花の体躯ではいずれ力負けするのは必然。速やかに戦闘からの離脱を考えるよう訓練されていた。
敵の増援が来る前に。囲まれる前に。ここから離れなければいけない。六花はなんとか思考をまとめあげ、逃げるための手段を模索していた。しかし、いざ逃げようとしても彼女の巧みな体捌きで回り込まれてしまう。
逃げるためにベルトのワイヤーを投げようと視線を動かすと、その先には「読んでいるぞ」と言わんばかりに弾丸が撃ち込まれる。実際にワイヤーを投げていたら避けることすらできず、撃ち抜かれていた。
牽制、逃走。そのどちらもこなそうとするには六花の技量では装備が足りない。
六花が急かされるのに連れて目の前の金髪は、したり顔で嗜虐的な笑みを浮かべる。
「ほらほら、どうしたの?飛んで逃げるんじゃないの?スズメちゃん。くくっ、あははっ!!」
「……!」
互いに相手を先読みする。彼女はここ数回の攻防に拳銃を使っていない。正確に表現するならば射撃をしていない。彼女は既に8発撃っている。オクタの使うグロックは15発。リコリスの使うワルサーなら8発で弾切れだ。
(種類が分からないことがこんなに怖いなんて)
彼女の使う銃が何発装填できるものなのか六花にはわからない。しかし、六花が逃走を図った経路には殆ど必ず弾丸を撃ち出していた。
だからこそ――
(弾がもうない?いや、そう思わせる作戦かも)
六花は逡巡する。弾が切れているのかもしれないという六花の考えを肯定するように、彼女は少しでも隙が出来れば懐からマガジンを取り出し、リロードを挟む素振りを見せる。
弾が残っているにしろ、残ってないにしろ彼女の方から少し距離を取ったからといって逃走を図ることはできない。弾が残っていれば逃走しようとした隙に撃たれる可能性がある。弾がなければリロードする隙を与えることになる。
となれば、逃亡の選択肢はない。
ワイヤーを彼女の手元に向かって放ち、マガジンを弾き飛ばしてリロードを牽制する。失敗すれば、ようやっと弾数が減り始めた拳銃の脅威が復活し自らの首を絞めることになる。2本あるワイヤーを逃走ではなく、牽制用に使い、渋々戦闘を続けるしかなかった。
西棟エントランスに向いはじめて数分。
まだリコリスは戻ってこないが、警備は底をついたのか追ってくる足音は徐々に聞こえなくなってきていた。
施設のあちこちから爆音が響く。外壁を破壊し、六花の目指す真の脱出口を警備の目から外す狙いだった。しかし、警備が底をついているのならそこまで効果的ではないかと六花は考えたが、どちらにせよ破壊する施設だ。
崩れるのが早いか遅いか程度で大した差はないと思い直した。
〈次、左!エレベーターヲ超エテ、正面ノ吹キ抜ケニ~~ダーイブ!〉
ご機嫌なm.a.p.l.e.の指示に従ってペースを維持しつつ施設を走り抜ける。
彼女の言った通り、角を曲がった先に透明な筒状のエレベーターを発見した。その先、出口を求める六花の目の前に吹き抜けが現れた。吹き抜けにはショッピングモールなどでよく見るタイプのガラス付きの手すりがついている。
吹き抜けに駆け寄り、手すりを掴んで勢いよく飛び降りる。一階の床との高さは8メートル前後。空中でワイヤーを投げ、柱に括りつけて落下の衝撃を緩める。
〈着地成功!アトハ目ノ前ニアル出入口ヲ突破ッテ逃ゲルダケ~!〉
「――はい!」
けたたましく鳴る警報を背に追い立てられるようにして顔をあげる。脱出まであと少しだと思った。しかし、六花の眼前には想定外の景色が広がっていた。
――すでに出口のシャッターは降り始めており、六花にもそこに着いた時には完全に閉まってしまうことが容易に想像できた。
「ごめん、m.a.p.l.e.もう、シャッターが降りてます……急いで別のルートを探して」
肩で息をする。頭ではすでにそのシャッターを潜り抜けることはできないと分かっているのに、すぐそこに外の世界が広がっていると思うと無意識のうちに足がシャッターに向かって歩き出してしまっていた。
〈ソンナ!?ソコノシャッターノ表示ハ降リテナイッテ出テルノニ!?ウゥッ……スグ別ノルート探ス!ゴメンネ六花サン!」
m.a.p.l.e.はリコリスから送られてくる施設の情報をもとにナビゲートを行なっている。その情報ではシャッターは開いていたのだろう。
(これもクラッキングのせい……?でも、ピンポイントでここを狙うなんて)
この施設には隔壁としての役割を担うシャッターが何箇所も設置されていて、それは六花も目にしていた。しかし、それに引っかからないようなルート採りをして来たため、足止めを喰らうのは初めてだ。
「私は、大丈夫です……お願いします」
どう言う理由でこんなことになっているのか、六花には判断つかないが、彼女の見ているデータと実際の状況は異なっているようだ。
ここから離れるにしても少し落ち着いて息を整えなければならない。一息つこうとした時だった。
「やっと来たわね。結構待ったのよ?」
六花の背後から声がした。
「誰……!?」
背後。エレベーター脇の壁にもたれかかる人影を見つけた。飛び降りた位置からは死角になっていて見えなかったようだ。彼女は長い金髪を揺らしながら陰の中からゆっくりと歩み寄ってくる。
「誰でも良いでしょう?カメラで見てたらここに向かってそうだったから、私もここへ来たってわけ。何で行き止まりに向かってるんだろうな~とは思ったけど」
「――っ」
(女の人?明らかに敵性存在。でも、ここの研究員っぽくも無い)
「小さくてすばしっこい。おまけに飛び回るんだもの……そうね。アンタのあだ名は“スズメちゃん”にするわ」
目の前の女性は燻んだ金髪を低い位置で二つに結んでいる。六花の目には20代半ばほど、丁度リエールと同じくらいの歳に見えた。
耳についたピアスや逆さ十字のアクセサリーからチャラチャラした印象を受ける。薄水色のコートを着ていて、武器の類を隠しているのならその中だろうと六花は推測する。彼女は何の遠慮もなくさらに六花に歩いて近づいてくる。
「まあ、良いわ。さっさとお縄についてもらおうかしらね」
そう言い終わる刹那、彼女との距離は一瞬にして縮まった。いや、その刹那の間に詰められたのだ。
(――来る)
六花は直感的に上半身を仰け反らせた。光の筋を避けたことに気づいたのはそれを完全にやり過ごしてからだった。身体を仰け反らせた勢いを利用してバク転、彼女から距離をとる。
「なっ!?」
彼女は先ほどまで何も持っていなかったというのにいつの間にか右手にナイフを握っていた。
あの光の筋はナイフによる一撃だったのだと六花はその時理解した。
(あと少しで首を……っ!)
最悪の想像が六花の脳裏をよぎり、さっとマフラーに手をかける。
敵を観察しようと目を凝らした瞬間、彼女はニヤリと笑みをこぼし、ナイフを器用にクルクルと高速回転させはじめた。これでは正確な長さが測れない。
六花には何故先ほどの攻撃を避けることが出来たのかわからなかった。ただそこに来る気がしたとしか表現できない直感のようなもので辛うじて回避しただけだ。
「あら、意外とできるじゃない。今の避けられたのなんて久しぶりだわ~」
「今のは一体……」
彼女は嬉しそうに笑う。
お縄についてもらうなどと吐かしていたが、その行動からは六花を捕縛しようと言う意思は感じられない。言葉と行動が一致していない。
六花には彼女が言葉を相手を揺り動かすための一つのツールとしか見ていないような異質な存在に感じられた。先ほどはリエールに近いものを感じていたが、その言動は組織でいうならば、ライースに近い。腹の底が見えない危険人物だ。
彼女は懐からもう一方の手で拳銃を取り出す。
六花は拳銃を扱うようには訓練されていない。彼女の手に握られたそれを見ても種類や装填数は分からなかった。
(あれには何発入る?撃った数を常に意識しないと)
「とりあえず、アンタを逃すつもりはないから。運がなかったと思って諦めなさい」
彼女との打ち合いの最中、六花は不思議な感覚に陥っていた。
彼女の繰り出す攻撃は、ナイフであっても、拳銃を使った射撃、打撃であってもその全てが何故か手に取るように読めるのだ。
金属同士が激しくぶつかり合い、鮮烈な火花を散らす。振り抜かれるナイフを捌き、放つべき隙にカウンターを放つ。
どこからどんな攻撃がどんな順番で、どんな角度で、それが六花に届くのか。
理性ではなく、全身の感覚が常に教えてくれている。六花はそれに応えるだけで攻撃を躱し、自然な流れで反撃を入れることが出来た。
そして、六花の攻撃も不自然なほどに読まれていた。彼女の戦い方は理知的で隙がない。派手な見た目とは対照的で危なっかしさがない。
むしろ、六花のミスを誘っているかのような強かさまで感じていた。
(この人……私より強いっ!)
六花はオクタ以外に自分よりも圧倒的に強い人物との戦闘経験が少ない。彼女の得体の知れない強さに己の師匠の面影を重ねていた。
右手のナイフが六花の目線の高さで振り抜かれる。屈んで躱すことを誘発されている様な感じだ。しかし、そう躱すべきだと身体が理解している。感覚に任せ、屈んでナイフを躱す。屈んだ次の瞬間、彼女の左手に握られている拳銃から六花の足を狙って弾丸が放たれる。
(やっぱり……!)
この射撃は一連の動作として仕掛けてくるだろうと、いや、仕掛けて来ないはずがないとすら感じていた。
屈んだ勢いを利用して真横に跳んで避ける。同時に体を捻って振り向きざまにナイフを振り上げ、彼女の腕下に生まれた死角から脇を狙う。
だが、彼女はそれすらも想定済みだと言わんばかりに寸手の所で身体を逸らす。
「あははっ、惜しいわね」
「どうして!?」
彼女も六花に攻撃を読まれていることを不思議そうにしていた。だが、六花の目に映る彼女ははそんな些細なことよりも奇妙な戦いに高揚し、好奇心に似た感情が勝り、破顔していた。
互いに決定打に欠ける状態でありながらも、彼女は六花に対し、見下し舐めくさった態度を崩さない。それがまた六花の中で不安感を膨らませた。
何故攻撃が当たらないのかがよくわからない不気味な状況、ナイフが空を切る音とくすんだ金髪の笑い声の中、戦闘が続いた。
六花はナイフによる剣戟の嵐の中、次第にこの場を早く離れなければならないと心が急かされ始めた。
オクタからは超近距離の暗殺を教え込まれている。六花は基本的に一瞬の不意打ちで決着をつけることが前提の“暗殺者"であり“戦闘員"ではない。戦闘が長引くようであれば、六花の体躯ではいずれ力負けするのは必然。速やかに戦闘からの離脱を考えるよう訓練されていた。
敵の増援が来る前に。囲まれる前に。ここから離れなければいけない。六花はなんとか思考をまとめあげ、逃げるための手段を模索していた。しかし、いざ逃げようとしても彼女の巧みな体捌きで回り込まれてしまう。
逃げるためにベルトのワイヤーを投げようと視線を動かすと、その先には「読んでいるぞ」と言わんばかりに弾丸が撃ち込まれる。実際にワイヤーを投げていたら避けることすらできず、撃ち抜かれていた。
牽制、逃走。そのどちらもこなそうとするには六花の技量では装備が足りない。
六花が急かされるのに連れて目の前の金髪は、したり顔で嗜虐的な笑みを浮かべる。
「ほらほら、どうしたの?飛んで逃げるんじゃないの?スズメちゃん。くくっ、あははっ!!」
「……!」
互いに相手を先読みする。彼女はここ数回の攻防に拳銃を使っていない。正確に表現するならば射撃をしていない。彼女は既に8発撃っている。オクタの使うグロックは15発。リコリスの使うワルサーなら8発で弾切れだ。
(種類が分からないことがこんなに怖いなんて)
彼女の使う銃が何発装填できるものなのか六花にはわからない。しかし、六花が逃走を図った経路には殆ど必ず弾丸を撃ち出していた。
だからこそ――
(弾がもうない?いや、そう思わせる作戦かも)
六花は逡巡する。弾が切れているのかもしれないという六花の考えを肯定するように、彼女は少しでも隙が出来れば懐からマガジンを取り出し、リロードを挟む素振りを見せる。
弾が残っているにしろ、残ってないにしろ彼女の方から少し距離を取ったからといって逃走を図ることはできない。弾が残っていれば逃走しようとした隙に撃たれる可能性がある。弾がなければリロードする隙を与えることになる。
となれば、逃亡の選択肢はない。
ワイヤーを彼女の手元に向かって放ち、マガジンを弾き飛ばしてリロードを牽制する。失敗すれば、ようやっと弾数が減り始めた拳銃の脅威が復活し自らの首を絞めることになる。2本あるワイヤーを逃走ではなく、牽制用に使い、渋々戦闘を続けるしかなかった。
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