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薄青の散る 20
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―ギプソフィラ―
ギプソフィラは1階非常口の近く。警備のあまり来ない倉庫のような個室で連絡が来るまで身を隠していた。
この辺りは警備が巡回しない。それは下見の時点で把握していた事実だったのだが、こうも来ないと逆にどこを警備しているのか心配になる。
(非常口だけあって普段は使わないんだろうけど、流石に不用心すぎるね)
非常口の鍵は特殊な作りをしていて内側からならば比較的簡単に開けられる。
外側にも鍵穴があるのだが、ビクともしなかった。
ギプソフィラは久しぶりに"開けたい"と心を躍らせる鍵穴に出会ったが、今回は挑戦している時間がない。
これも仕事だと割り切り、内側から開けることを選択した。
この施設にはここの他に非常口があと2箇所ある。どの非常口も同型の鍵穴で、外からの侵入を徹底して拒んでいる。だからこそ、ここからの侵入者を警戒していないのだろうと納得していた。
ギプソフィラはジャケットの内ポケットからキーケースを取り出し、用意していた合鍵を鍵穴に差し込む。
鉄製の扉は見た目に反して大きな音を立てることもなくスムーズに開いた。手入れがされている様子はないが、まだできたばかりの施設で、錆びもできていなかったからだろう。
扉を開き切ると森が広がっていた。木と土の匂いが鼻につく。
「……もういいよ」
ギプソフィラの声に合わせて木々の影から5人の子どもが現れた。皆大きめのリュックを背負っている。中身は考えるまでもない。
彼らを連れてきた名前持ちの工作員は手筈通り後方で待機しているはずだ。今回の任務は5人の子どもたちの試験も兼ねており、彼らは余程のことがなければ動けないことになっている。
(私は心底、そっちに拾われてなくて良かったと思うよ)
子ども達に同情しつつ、ギプソフィラは施設の内部に戻る。
普段の仕事なら"鍵を開けて終わり"、"鍵を渡して終わり"になる彼女だが、今回は少し事情が違う。
イヤホンに手を当て、チームメンバーのセレッソに連絡を取った。
「サクラちゃん。とりあえずエランティスに繋いで。契約分は働いた。確認して貰えばわかるはず、あの人、カメラ越しにそっちで見てるんでしょ?」
ギプソフィラは施設内を見渡し、見つけた監視カメラに視線を送る。
「うん、エランティスさんも見てるよ。お疲れ様」
敵地にいる間はイヤホン越しに聞き慣れたチームメンバーの声がすると言うだけで妙に安心感があった。
「お疲れ様です。ギプソフィラ」
回線にエランティスが入ってきた。
エランティスは六花たちの所属する組織の工作員だ。ギプソフィラの所属する組織とは指揮系統が異なっており、厳密に言えば別組織の所属ということになる。
しかし、本作戦ではギプソフィラが組織に協力する代わりに、任務終了後はエランティスが彼女の仕事をサポートする契約になっていた。
「契約分は働いてもらうよ。節分草。とりあえず西側の研究棟に行きたい。警備との遭遇なしのルートでナビ頼むよ」
「わかりました。あと、私のコードネームはエランティスです。……今いる通路をまずは左へ一度地下に降りてもらうわよ」
現在、エランティスを含む支援班は、m.a.p.l.e.の流したウィルスによって生まれた隙を突いて施設のセキュリティを支配していた。
カメラの映像を吸い上げ、差し替える事で潜入の痕跡を消し、吸い上げた情報を元に警備の網を掻い潜らせる。
リコリスが六花を、エランティスがギプソフィラを。そして、彼女らの育ての親であるリラが、5人の子どもたちをそれぞれ誘導して作戦を進めていく。
ギプソフィラは本作戦に参加して初めて、あの「カミシログルーブ」の一件を担当したチームが六花とリコリスだと知った。
あの一件は一時期テレビでも頻繁に取り上げられており、彼女の記憶にも残っていた。
どうやって犯人が侵入し逃走したのか、そもそも警備員や厳重なセキュリティ網をどう突破したのかなど不明な部分が多く、ワイドショーを賑わせたものだが、結局はそれ以上の情報が出て来ず時間とともにネタとしても取り上げられなくなってきていた。
(セキュリティを掌握し、数字ちゃんをカメラ越しに、ラジコン操作する。天井裏に登ったあのワイヤーがどの程度の長さかは分からないけど、高層階に行くのだって無理じゃないだろう)
六花の動きを、そしてその働きを見て、ギプソフィラは妙に納得していた。
「私の仕事が終わるまで精々暴れて引きつけておいてくれよ……!」
イヤホンから聞こえるエランティスの指示に従い、研究棟に向かって駆け出した。
施設は病院のように清潔で、廊下にも職員用の自動販売機や観葉植物、ベンチなどが設置されている。
ギプソフィラが身を隠すのには十分だ。
「次の角50m先を右、警備が2人。走ってきてるからそれをやり過ごしてからね」
「はいはい」
ギプソフィラはかぶせるように返事を返し、曲がり角に到着すると付近にある自動販売機に身を隠した。
イヤホンの向こうにいるエランティスは落ち着いた様子で指示を出しているが、彼女にとってこの作業は答えのわかっている試験のようなもの。警備の動きをカメラで把握し、それと遭遇しないように駒を動かすだけ。
「――退屈そうだね」
「……見つかって戦闘、にはなりたくないでしょ?こっちの事はいいからちゃんと身を隠してなさい」
彼女と組んでほんの数分だが、軽口が通用しなさそうな相手だと言うのは通話越しでも伝わってきた。
(お堅い真面目ちゃんって感じ。面倒臭いな)
しかし、仕事は正確だ。目の前の通路を彼女の言ったタイミングで警備が2人通って行った。
「ほら、行ったわよ。急ぎなさい」
「……はいはい」
ギプソフィラは現在地を正確に把握しているわけではないが、既に地下を通って西棟に移動、そこから数分走っている。もう時期研究室に着く頃だろうと予想していた。
「警報が鳴るけど、気にしないで。あっちが上手くやってるって事だから」
その言葉が聞こえて数秒後、施設内の非常用ランプが赤く光った。ほとんど同時に警報が鳴り響く。
「うっ!?」
ギプソフィラは驚いて耳を塞ぎ体をかがめた。
「ヘキサたちの方で揺動に使ったみたいね。警備も東棟に向かってる。今のうちにあなたの目的を達成してしまいましょう」
「私の、じゃないけどね。了解」
研究棟に入るとまず目を引いたのは右手側の壁。壁一面ガラス張りで向こうの様子がはっきりと見て取れる。
壁の向こうは仕切りで何部屋かに分けられていたが、コンベアの様なものや大きめの作業台、デスクなどがあるロボットの製造工場のようなスペースになっていた。
既に組み上げられた人型のフレームが何体も並び立っている。
「こんなものが……」
驚き言葉を漏らしてしまった。
「さっさと破壊してしまいたいところだけれど、今の貴女にはそれ用の装備はない。まずは目的を達成することを優先なさい」
ギプソフィラは特段AIや、それを搭載したロボットに嫌悪感を抱いてはいなかったが、原型とも言えるソレを目にして焦りにも近い感情を感じていた。
彼女が“上”から命じられた任務は
『この施設で行われている研究の成果、そのデータを持ち帰ること』
AI搭載型のロボットを製造しようとしていると知ったギプソフィラの雇い主は、六花たちの組織の「上」と違い、既に開発、製造を止めることを半ば諦めている。
開発データを抜き取ることでロボットを制御するプログラムに対するアンチプログラムの作成を行おうと方向転換を考えていた。
ギプソフィラは1階非常口の近く。警備のあまり来ない倉庫のような個室で連絡が来るまで身を隠していた。
この辺りは警備が巡回しない。それは下見の時点で把握していた事実だったのだが、こうも来ないと逆にどこを警備しているのか心配になる。
(非常口だけあって普段は使わないんだろうけど、流石に不用心すぎるね)
非常口の鍵は特殊な作りをしていて内側からならば比較的簡単に開けられる。
外側にも鍵穴があるのだが、ビクともしなかった。
ギプソフィラは久しぶりに"開けたい"と心を躍らせる鍵穴に出会ったが、今回は挑戦している時間がない。
これも仕事だと割り切り、内側から開けることを選択した。
この施設にはここの他に非常口があと2箇所ある。どの非常口も同型の鍵穴で、外からの侵入を徹底して拒んでいる。だからこそ、ここからの侵入者を警戒していないのだろうと納得していた。
ギプソフィラはジャケットの内ポケットからキーケースを取り出し、用意していた合鍵を鍵穴に差し込む。
鉄製の扉は見た目に反して大きな音を立てることもなくスムーズに開いた。手入れがされている様子はないが、まだできたばかりの施設で、錆びもできていなかったからだろう。
扉を開き切ると森が広がっていた。木と土の匂いが鼻につく。
「……もういいよ」
ギプソフィラの声に合わせて木々の影から5人の子どもが現れた。皆大きめのリュックを背負っている。中身は考えるまでもない。
彼らを連れてきた名前持ちの工作員は手筈通り後方で待機しているはずだ。今回の任務は5人の子どもたちの試験も兼ねており、彼らは余程のことがなければ動けないことになっている。
(私は心底、そっちに拾われてなくて良かったと思うよ)
子ども達に同情しつつ、ギプソフィラは施設の内部に戻る。
普段の仕事なら"鍵を開けて終わり"、"鍵を渡して終わり"になる彼女だが、今回は少し事情が違う。
イヤホンに手を当て、チームメンバーのセレッソに連絡を取った。
「サクラちゃん。とりあえずエランティスに繋いで。契約分は働いた。確認して貰えばわかるはず、あの人、カメラ越しにそっちで見てるんでしょ?」
ギプソフィラは施設内を見渡し、見つけた監視カメラに視線を送る。
「うん、エランティスさんも見てるよ。お疲れ様」
敵地にいる間はイヤホン越しに聞き慣れたチームメンバーの声がすると言うだけで妙に安心感があった。
「お疲れ様です。ギプソフィラ」
回線にエランティスが入ってきた。
エランティスは六花たちの所属する組織の工作員だ。ギプソフィラの所属する組織とは指揮系統が異なっており、厳密に言えば別組織の所属ということになる。
しかし、本作戦ではギプソフィラが組織に協力する代わりに、任務終了後はエランティスが彼女の仕事をサポートする契約になっていた。
「契約分は働いてもらうよ。節分草。とりあえず西側の研究棟に行きたい。警備との遭遇なしのルートでナビ頼むよ」
「わかりました。あと、私のコードネームはエランティスです。……今いる通路をまずは左へ一度地下に降りてもらうわよ」
現在、エランティスを含む支援班は、m.a.p.l.e.の流したウィルスによって生まれた隙を突いて施設のセキュリティを支配していた。
カメラの映像を吸い上げ、差し替える事で潜入の痕跡を消し、吸い上げた情報を元に警備の網を掻い潜らせる。
リコリスが六花を、エランティスがギプソフィラを。そして、彼女らの育ての親であるリラが、5人の子どもたちをそれぞれ誘導して作戦を進めていく。
ギプソフィラは本作戦に参加して初めて、あの「カミシログルーブ」の一件を担当したチームが六花とリコリスだと知った。
あの一件は一時期テレビでも頻繁に取り上げられており、彼女の記憶にも残っていた。
どうやって犯人が侵入し逃走したのか、そもそも警備員や厳重なセキュリティ網をどう突破したのかなど不明な部分が多く、ワイドショーを賑わせたものだが、結局はそれ以上の情報が出て来ず時間とともにネタとしても取り上げられなくなってきていた。
(セキュリティを掌握し、数字ちゃんをカメラ越しに、ラジコン操作する。天井裏に登ったあのワイヤーがどの程度の長さかは分からないけど、高層階に行くのだって無理じゃないだろう)
六花の動きを、そしてその働きを見て、ギプソフィラは妙に納得していた。
「私の仕事が終わるまで精々暴れて引きつけておいてくれよ……!」
イヤホンから聞こえるエランティスの指示に従い、研究棟に向かって駆け出した。
施設は病院のように清潔で、廊下にも職員用の自動販売機や観葉植物、ベンチなどが設置されている。
ギプソフィラが身を隠すのには十分だ。
「次の角50m先を右、警備が2人。走ってきてるからそれをやり過ごしてからね」
「はいはい」
ギプソフィラはかぶせるように返事を返し、曲がり角に到着すると付近にある自動販売機に身を隠した。
イヤホンの向こうにいるエランティスは落ち着いた様子で指示を出しているが、彼女にとってこの作業は答えのわかっている試験のようなもの。警備の動きをカメラで把握し、それと遭遇しないように駒を動かすだけ。
「――退屈そうだね」
「……見つかって戦闘、にはなりたくないでしょ?こっちの事はいいからちゃんと身を隠してなさい」
彼女と組んでほんの数分だが、軽口が通用しなさそうな相手だと言うのは通話越しでも伝わってきた。
(お堅い真面目ちゃんって感じ。面倒臭いな)
しかし、仕事は正確だ。目の前の通路を彼女の言ったタイミングで警備が2人通って行った。
「ほら、行ったわよ。急ぎなさい」
「……はいはい」
ギプソフィラは現在地を正確に把握しているわけではないが、既に地下を通って西棟に移動、そこから数分走っている。もう時期研究室に着く頃だろうと予想していた。
「警報が鳴るけど、気にしないで。あっちが上手くやってるって事だから」
その言葉が聞こえて数秒後、施設内の非常用ランプが赤く光った。ほとんど同時に警報が鳴り響く。
「うっ!?」
ギプソフィラは驚いて耳を塞ぎ体をかがめた。
「ヘキサたちの方で揺動に使ったみたいね。警備も東棟に向かってる。今のうちにあなたの目的を達成してしまいましょう」
「私の、じゃないけどね。了解」
研究棟に入るとまず目を引いたのは右手側の壁。壁一面ガラス張りで向こうの様子がはっきりと見て取れる。
壁の向こうは仕切りで何部屋かに分けられていたが、コンベアの様なものや大きめの作業台、デスクなどがあるロボットの製造工場のようなスペースになっていた。
既に組み上げられた人型のフレームが何体も並び立っている。
「こんなものが……」
驚き言葉を漏らしてしまった。
「さっさと破壊してしまいたいところだけれど、今の貴女にはそれ用の装備はない。まずは目的を達成することを優先なさい」
ギプソフィラは特段AIや、それを搭載したロボットに嫌悪感を抱いてはいなかったが、原型とも言えるソレを目にして焦りにも近い感情を感じていた。
彼女が“上”から命じられた任務は
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AI搭載型のロボットを製造しようとしていると知ったギプソフィラの雇い主は、六花たちの組織の「上」と違い、既に開発、製造を止めることを半ば諦めている。
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