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薄青の散る 19
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―ヘキサ―
走りながら六花は制御室にいるであろう職員の対処について思考をめぐらす。
六花の技量を持ってすれば二、三人程度ならば瞬時に一切の行動を許さず無力化する事が出来る。
ただ、何かしらの要因で五、六人が固まっているとそうはいかない。
今、向かっている東棟制御室は警備のいる部屋から若干の距離があるのだが、仕留める前に警報を鳴らされでもすれば、増援が来てしまうだろう。
見取り図で見た限り制御室にそこまでの広さはない。乱戦になれば、小柄な六花は数で抑え込まれてしまう。
(警報を触らせず、でも、殺さない)
頭の中でシュミレートするが、六人いた時点で後一人。間に合わない
六花は無闇矢鱈に殺しを手段に考えるタイプではない。
この仕事をしている目的は一人でも多くの人間を、将来訪れるであろうAIの脅威から遠ざけることだ。出来る事なら命を奪うことなく作戦を遂行したいと考えていた。
だが、己の技量が足りないばかりにそれを選択せざるを得ないこともある。
組織から制御室を制圧するために渡された道具は二種類のカプセル。
一つは催眠効果のあるガスを噴出するカプセル。瞬時に効きはしないが、30秒もしないで対象を眠らせることが出来る。
これで対処できるのはせいぜい二、三人。一人が眠りに落ちて残りが怪しいと疑い始める頃には残りの二人もガスにやられ、間に合わない。
しかし、五人以上いたのなら全員同時にというわけにはいかないだろう。誰かが異常に気づき行動を起こしてしまう。だから、少数の相手にしか使えない。
もう一つは手足を痺れさせる神経系に異常をもたらすガスを噴出するものだ。
これには即効性がある。ただし、このガスは意識を奪うものではないので最後は六花が直接対象を攻撃しなくてはならない。即効性のあるものだが、その分効果が短い。対象の動きが止まった様子を確認し次第、即座に動かなくては落としきるまでに効果が切れてしまう。
殺さずなどと加減している暇はない。
六花は特製のマフラーでこのガスの影響を軽減できるが出来る事なら殺さずに済む一つ目のカプセルを使いたいと考えていた。
目的地に辿り着いた。
監視制御室にも天井に点検口が取り付けられており、階下の光が漏れでていた。そこを横目にスマホを確認する。すでにギプソフィラからメッセージが届いていた。
"いつでもどーぞ"
彼女はすでに非常口に到着しているようだ。
それを確認すると小柄な暗殺者は階下の様子を慎重に探り始めた。息遣いや歩行音。あらゆる音から情報を集めて人数と配置を割り出す。
(五人……キャスター付きの椅子に座ってるのが三人と、ドアのところに二人)
ため息を漏らしながらウェストポーチから小型のカプセルを取り出した。
対象を麻痺させるガスを噴出するカプセルだ。六花はナイフに手を当て感覚を確かめた。震える手を制してナイフを抜いていたのはいつまでだっただろうか。
点検口の裏側についている金具を弄り静かに開くとカプセルを投げ入れた。
階下から驚き動揺する声が聞こえる。
(警備はドアの前に二人、逃げられる前に仕留める……!)
マフラーを再び摘み上げ口元を完全に覆って部屋に飛び込んだ。
部屋に入って真っ先に目についたのは巨大なスクリーン。
右側の壁を埋め尽くしており、分割された画面は施設の内部を映していた。スクリーンを操作するためと思われるコンピュータ前の椅子に腰かけた職員が三人。痙攣しつつも六花の姿を認め何かに必死に手を伸ばしている。
ドアの目の前で警棒を構えた警備が一人、もう一人はどうにか部屋の外に退避しようとしていた。
(警備員の一人は動きが悪い。ガスが効いてる……なら)
暗殺者は目を見開き、警棒を構えた警備員に向かって駆け出す。スカートの下からナイフを抜き出し、職員二人の背後を駆け抜けざまに斬りつけ、仕留めつつ警備員との距離を積める。
「――どこからっ!」「――かはッ!?」
一息に部屋を駆け抜け警備の息の根を止めた。
残る警備と椅子に座る職員を黙らせるのにそう時間はかからなかった。マフラーとゴーグルを下げて一息つく。
「終わり……っ早くm.a.p.l.e.を!」
スマホを適当な端末にかざし、m.a.p.l.e.を移す。
〈出番ダネ?イッテキマ~ス!〉
青白く光を放つ画面の一部に赤毛の女の子が映し出された。少しかざしただけで六花は特に操作していなかったが、無事に移動できたらしい。彼女は元気いっぱいに手を振り画面の奥へと消えていった。
m.a.p.l.e.はリコリスたちのハッキングのためにウィルスを流しに行った。
(すぐには戻ってこないでしょ。少し休憩)
六花は血のりを飛ばし、ナイフをしまってから部屋の中を見て回ろうかと思ったのだが、すぐにスマホが震えた。
そこには画面の奥に消えていった女の子の姿があった。
「もう帰って来たの!?まさか失敗!?」
〈終ワッタダケダヨー〉
その一言だけ。終わったという言葉に六花が唖然としているとm.a.p.l.e.はやれやれと首を振って仕事内容を話し始めた。
〈今回、私ノ仕事ハ"バックドア"ヲ仕込ムダケ〉
m.a.p.l.e.が言うにはリコリスたちが入り込む隙を作るだけの簡易的かつ軽いウィルスと妨害電波を機能不全にさせるウィルスの二つを流しただけらしい。
このウィルスは以前オクタやラーレが使っていた、トロイの木馬タイプよりインストールが早いという大きなメリットがある。
その後の操作はリコリスたちが手作業で行わなければならないという面倒な側面もあるのだが、ウィルスを流す側が短時間で済むというのはそれを覆すほどの大きなメリットだ。
面倒くさがりのリコリスは頑なにこれの使用を渋っていたらしいが、他のチームやチームメンバーからの要望によって本作戦での使用を決断したのだ。
「お待たせ!ヘキサ!」
六花の耳に聞き慣れた大きな声が届いた。ものの数十秒でリコリスたちはセキュリティを破ってしまったのだ。
「思ったより早かったですね」
「なになに?褒めてくれてんの?嬉しいな~!」
「そんなことよりギプソフィラに連絡しますよ。まだまだ作戦はこれからなんですから」
「そんなことよりって酷くない?」
リコリスの小言を無視してスマホでメッセージを入力していく。
六花がスクリーンに視線を移すと、制御室内のカメラを見つけることができた。当然ながら六花が端末の前に立つ姿が映っている。
「すぐ消すから、心配しないで。って節ちゃ、じゃなくて……エランティスも言ってるから、私たちは私たちで動こう」
「お願いします」
エランティスが処理してくれるというのならデータの差し替えも完璧なはずだ。六花は戦地ではあるが、安堵のため息を漏らしイヤホンを付け直す。
制御室を後にした。
―ギプソフィラ―
「あっ、連絡きた」
ギプソフィラは非常口を開けるため所定の位置に待機し、身を隠していた。彼女はいざという時、卓越した技術で身を隠し、嵐が過ぎ去るのを待つことで危機を脱してきた。
これは組織の教育で身に着けたものではなく、鍵屋として働く中で、感覚的に習得した技術だ。
この能力のおかげでいち早く施設内を探索し、見取り図の作成、侵入経路の提案ができた。正直なところ、天井裏につながる点検口は発見していたのだが、内部は探索できていなかった。
建築や配線関係に詳しいテトラに助言をもらっていたが、六花が天井裏やエレベーターを突破できるかは賭けだと思っていた。
(やるじゃん。流石は数字ちゃん)
走りながら六花は制御室にいるであろう職員の対処について思考をめぐらす。
六花の技量を持ってすれば二、三人程度ならば瞬時に一切の行動を許さず無力化する事が出来る。
ただ、何かしらの要因で五、六人が固まっているとそうはいかない。
今、向かっている東棟制御室は警備のいる部屋から若干の距離があるのだが、仕留める前に警報を鳴らされでもすれば、増援が来てしまうだろう。
見取り図で見た限り制御室にそこまでの広さはない。乱戦になれば、小柄な六花は数で抑え込まれてしまう。
(警報を触らせず、でも、殺さない)
頭の中でシュミレートするが、六人いた時点で後一人。間に合わない
六花は無闇矢鱈に殺しを手段に考えるタイプではない。
この仕事をしている目的は一人でも多くの人間を、将来訪れるであろうAIの脅威から遠ざけることだ。出来る事なら命を奪うことなく作戦を遂行したいと考えていた。
だが、己の技量が足りないばかりにそれを選択せざるを得ないこともある。
組織から制御室を制圧するために渡された道具は二種類のカプセル。
一つは催眠効果のあるガスを噴出するカプセル。瞬時に効きはしないが、30秒もしないで対象を眠らせることが出来る。
これで対処できるのはせいぜい二、三人。一人が眠りに落ちて残りが怪しいと疑い始める頃には残りの二人もガスにやられ、間に合わない。
しかし、五人以上いたのなら全員同時にというわけにはいかないだろう。誰かが異常に気づき行動を起こしてしまう。だから、少数の相手にしか使えない。
もう一つは手足を痺れさせる神経系に異常をもたらすガスを噴出するものだ。
これには即効性がある。ただし、このガスは意識を奪うものではないので最後は六花が直接対象を攻撃しなくてはならない。即効性のあるものだが、その分効果が短い。対象の動きが止まった様子を確認し次第、即座に動かなくては落としきるまでに効果が切れてしまう。
殺さずなどと加減している暇はない。
六花は特製のマフラーでこのガスの影響を軽減できるが出来る事なら殺さずに済む一つ目のカプセルを使いたいと考えていた。
目的地に辿り着いた。
監視制御室にも天井に点検口が取り付けられており、階下の光が漏れでていた。そこを横目にスマホを確認する。すでにギプソフィラからメッセージが届いていた。
"いつでもどーぞ"
彼女はすでに非常口に到着しているようだ。
それを確認すると小柄な暗殺者は階下の様子を慎重に探り始めた。息遣いや歩行音。あらゆる音から情報を集めて人数と配置を割り出す。
(五人……キャスター付きの椅子に座ってるのが三人と、ドアのところに二人)
ため息を漏らしながらウェストポーチから小型のカプセルを取り出した。
対象を麻痺させるガスを噴出するカプセルだ。六花はナイフに手を当て感覚を確かめた。震える手を制してナイフを抜いていたのはいつまでだっただろうか。
点検口の裏側についている金具を弄り静かに開くとカプセルを投げ入れた。
階下から驚き動揺する声が聞こえる。
(警備はドアの前に二人、逃げられる前に仕留める……!)
マフラーを再び摘み上げ口元を完全に覆って部屋に飛び込んだ。
部屋に入って真っ先に目についたのは巨大なスクリーン。
右側の壁を埋め尽くしており、分割された画面は施設の内部を映していた。スクリーンを操作するためと思われるコンピュータ前の椅子に腰かけた職員が三人。痙攣しつつも六花の姿を認め何かに必死に手を伸ばしている。
ドアの目の前で警棒を構えた警備が一人、もう一人はどうにか部屋の外に退避しようとしていた。
(警備員の一人は動きが悪い。ガスが効いてる……なら)
暗殺者は目を見開き、警棒を構えた警備員に向かって駆け出す。スカートの下からナイフを抜き出し、職員二人の背後を駆け抜けざまに斬りつけ、仕留めつつ警備員との距離を積める。
「――どこからっ!」「――かはッ!?」
一息に部屋を駆け抜け警備の息の根を止めた。
残る警備と椅子に座る職員を黙らせるのにそう時間はかからなかった。マフラーとゴーグルを下げて一息つく。
「終わり……っ早くm.a.p.l.e.を!」
スマホを適当な端末にかざし、m.a.p.l.e.を移す。
〈出番ダネ?イッテキマ~ス!〉
青白く光を放つ画面の一部に赤毛の女の子が映し出された。少しかざしただけで六花は特に操作していなかったが、無事に移動できたらしい。彼女は元気いっぱいに手を振り画面の奥へと消えていった。
m.a.p.l.e.はリコリスたちのハッキングのためにウィルスを流しに行った。
(すぐには戻ってこないでしょ。少し休憩)
六花は血のりを飛ばし、ナイフをしまってから部屋の中を見て回ろうかと思ったのだが、すぐにスマホが震えた。
そこには画面の奥に消えていった女の子の姿があった。
「もう帰って来たの!?まさか失敗!?」
〈終ワッタダケダヨー〉
その一言だけ。終わったという言葉に六花が唖然としているとm.a.p.l.e.はやれやれと首を振って仕事内容を話し始めた。
〈今回、私ノ仕事ハ"バックドア"ヲ仕込ムダケ〉
m.a.p.l.e.が言うにはリコリスたちが入り込む隙を作るだけの簡易的かつ軽いウィルスと妨害電波を機能不全にさせるウィルスの二つを流しただけらしい。
このウィルスは以前オクタやラーレが使っていた、トロイの木馬タイプよりインストールが早いという大きなメリットがある。
その後の操作はリコリスたちが手作業で行わなければならないという面倒な側面もあるのだが、ウィルスを流す側が短時間で済むというのはそれを覆すほどの大きなメリットだ。
面倒くさがりのリコリスは頑なにこれの使用を渋っていたらしいが、他のチームやチームメンバーからの要望によって本作戦での使用を決断したのだ。
「お待たせ!ヘキサ!」
六花の耳に聞き慣れた大きな声が届いた。ものの数十秒でリコリスたちはセキュリティを破ってしまったのだ。
「思ったより早かったですね」
「なになに?褒めてくれてんの?嬉しいな~!」
「そんなことよりギプソフィラに連絡しますよ。まだまだ作戦はこれからなんですから」
「そんなことよりって酷くない?」
リコリスの小言を無視してスマホでメッセージを入力していく。
六花がスクリーンに視線を移すと、制御室内のカメラを見つけることができた。当然ながら六花が端末の前に立つ姿が映っている。
「すぐ消すから、心配しないで。って節ちゃ、じゃなくて……エランティスも言ってるから、私たちは私たちで動こう」
「お願いします」
エランティスが処理してくれるというのならデータの差し替えも完璧なはずだ。六花は戦地ではあるが、安堵のため息を漏らしイヤホンを付け直す。
制御室を後にした。
―ギプソフィラ―
「あっ、連絡きた」
ギプソフィラは非常口を開けるため所定の位置に待機し、身を隠していた。彼女はいざという時、卓越した技術で身を隠し、嵐が過ぎ去るのを待つことで危機を脱してきた。
これは組織の教育で身に着けたものではなく、鍵屋として働く中で、感覚的に習得した技術だ。
この能力のおかげでいち早く施設内を探索し、見取り図の作成、侵入経路の提案ができた。正直なところ、天井裏につながる点検口は発見していたのだが、内部は探索できていなかった。
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