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薄青の散る 17
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―ヘキサ―
「ハナちゃん?」
六花はギプソフィラと並んでコンテナの端に座っている。壁に背中を預けたまま六花はギプソフィラの言葉をオウム返しする。
「そう、今は40代くらいの女の人だけどね」
ギプソフィラは何もおかしなことを言っているつもりはないらしい。
ただ六花にはある言葉が引っかかる。
「今は?……今はってどう言うことですか?」
基本的に六花の組織では同じコードネームを持つ工作員はいない。
そうして六花が思いついたものは「若返り」だ。
(まさか年齢を自在に変えられるとか……!?そんな映画みたいなことが……)
組織には薬学や医療の分野に特化した工作員がいるという話は知っている。しかし、いかに優れた工作員がいたとしても、六花には現代の技術で若返りが実現できるとは思えなかった。
そう言った研究があるのかさえ六花にはわからない。
「なんか難しいこと考えてる?馬鹿だなぁ、人が変わったんだよ。物理的に。名前は先代のものを継いだだけ」
「そ、そうですよね。そっちは……名前継げるんですね」
六花の組織ではコードネームを使える工作員は少ない。さらに、六花たち数字のコードを持つ工作員を除いては、周りの人間がどう呼ぶかで名前を決定することが多い。誰かからそのまま貰う、所謂世襲のような現象は起きにくい。
六花のなかではそれが常識。世襲は無いものだと真っ先に切り捨てていた。
「多分、君を選んだのは前のハナちゃんだから、70を少し過ぎたくらいの小柄なおばあちゃんだったはずだよ」
背は低く、杖をついていて腰の曲がった老婆。常に薄紫の巾着を持っている以外に特徴的な特徴はない。
どこにいても不思議ではないが故に施設に出向き、孤児たちを選別する役割を担っていたという。
ギプソフィラからそう説明されると確かに六花のいた施設にそんな容姿の老婆が度々やってきていたような気はするが、鮮明には思い出せなかった。
「まぁ、その人はもういないし、気にすることじゃないよ。今のハナちゃんは40くらいの気弱なおばさんだから」
「今はもういないって言うのは?」
六花は恐る恐る尋ねる。
「……去年亡くなったんだ。老衰。私もそれなりに良くしてもらってたし、お婆ちゃんみたいで嫌いじゃなかったよ」
「……そうでしたか」
ギプソフィラは無表情に、無感動に言い放ったが、「嫌いじゃなかった」と言った時、ふと優しげな表情を浮かべた様に六花の目には映った。
コンテナに乗り込んで50分ほど経った。一度ダムで停まったときにコンテナが開かれた以外大きな問題もなく、無事目的地へと辿り着いた。
「……開いたらコンテナの手前の方から中身が出される。隠れられるスペースはどんどん無くなっていくからタイミングを見て外出るよ」
「出るって言ったって」
「大丈夫。施設側の職員は一人で運転手たちも積み下ろしの方に集中するから、ささっと出れば見つかることはまずない。それとも足には自信ない?」
ギプソフィラは自分の足をたたいて見せた。煽るような態度に六花はカチンときたが、発破をかけることが目的だろうと分かると口角を上げた。
「……誰がっ」
六花はギプソフィラに続いてコンテナを降りた。
外は搬入口兼倉庫になっており、体育館ほどの広さがあった。薄暗く、大型の倉庫ラックに囲まれた空間は最先端技術の研究施設だというのに若干の埃っぽさがあった。
積まれたダンボールの隙間を縫うようにして走る。積み下ろしをする運転手たちの視線を切って六花は前を走るギプソフィラを追いかけて部屋の外へ出る。
「――こっち」
ギプソフィラは六花が廊下に飛び出した時には既に隣の個室に飛び込んでいた。
(早い。って言うか……)
倉庫のような場所を抜けると白を基調とした清潔感の漂う病院のような光景が広がっていた。青白い電灯に照らされた廊下だけでSF映画の中に入ったのではないかと疑ってしまうほど現実味がない。
先ほどの倉庫とはまるで別物。圧倒されつつも六花はギプソフィラの入った部屋へと体を滑り込ませた。
部屋の中は隣の倉庫同様薄暗く全体がよく見えなかった。金属製のラックやカゴ台車、木箱などで両サイドの壁が埋められており、窮屈な印象を受ける。
「……ここは?」
「ゴミの集積所ってとこかな。そこのシャッターはすぐ隣の搬入口につながってるからゴミを運び出す前の一時保管場所になってる」
確かにギプソフィラの言う通りそこにはシャッターがあった。シャッターを開ければ搬入口に止めたトラックに直接荷物を積み込めそうだ。
ギプソフィラは天井を指差す。
「君はこっから上に行くんでしょ?どう登る?ラックをよじ登るの?」
天井には50センチ四方の小さなフタがあった。点検時にはここから天井裏に入るのだろうが部屋の中にはハシゴの類がない。ギプソフィラは自分よりも背の低い六花がどう天井に登るのか興味があるようだ。
六花は天井のフタを確認する。目地タイプの点検口の端にフックが埋め込まれているのを見つけた。先の曲がった棒などを引っ掛けて引くことで開けられる構造をしている。
六花はウェストポーチからゴーグルを取り出しながら話す。
「こうします」
六花はゴーグルをつけると、ベルトのワイヤーを天井に向かって放った。タイミングを見てベルトのボタンを操作し、カラビナのゲートを開く。ワイヤーを器用に波打たせ、フック部分にカラビナを通した。ワイヤーを引いて点検口を開く。
「やるじゃん。で?」
「あとはもう片方のワイヤーで登るだけですよ。これから先は別行動ですね。非常口についたら教えてください」
「はーい」
六花は彼女の返事を聞き届けると、もう片方のベルトワイヤーを点検口の中へと放り込む。
再びワイヤーを波打たせケーブルラックに巻き付ける。思い切りワイヤーを引っ張り体重をかけても問題がなさそうなことを確認し、巻取りを開始。六花の体躯は一瞬にして天井に消えた。
「ハナちゃん?」
六花はギプソフィラと並んでコンテナの端に座っている。壁に背中を預けたまま六花はギプソフィラの言葉をオウム返しする。
「そう、今は40代くらいの女の人だけどね」
ギプソフィラは何もおかしなことを言っているつもりはないらしい。
ただ六花にはある言葉が引っかかる。
「今は?……今はってどう言うことですか?」
基本的に六花の組織では同じコードネームを持つ工作員はいない。
そうして六花が思いついたものは「若返り」だ。
(まさか年齢を自在に変えられるとか……!?そんな映画みたいなことが……)
組織には薬学や医療の分野に特化した工作員がいるという話は知っている。しかし、いかに優れた工作員がいたとしても、六花には現代の技術で若返りが実現できるとは思えなかった。
そう言った研究があるのかさえ六花にはわからない。
「なんか難しいこと考えてる?馬鹿だなぁ、人が変わったんだよ。物理的に。名前は先代のものを継いだだけ」
「そ、そうですよね。そっちは……名前継げるんですね」
六花の組織ではコードネームを使える工作員は少ない。さらに、六花たち数字のコードを持つ工作員を除いては、周りの人間がどう呼ぶかで名前を決定することが多い。誰かからそのまま貰う、所謂世襲のような現象は起きにくい。
六花のなかではそれが常識。世襲は無いものだと真っ先に切り捨てていた。
「多分、君を選んだのは前のハナちゃんだから、70を少し過ぎたくらいの小柄なおばあちゃんだったはずだよ」
背は低く、杖をついていて腰の曲がった老婆。常に薄紫の巾着を持っている以外に特徴的な特徴はない。
どこにいても不思議ではないが故に施設に出向き、孤児たちを選別する役割を担っていたという。
ギプソフィラからそう説明されると確かに六花のいた施設にそんな容姿の老婆が度々やってきていたような気はするが、鮮明には思い出せなかった。
「まぁ、その人はもういないし、気にすることじゃないよ。今のハナちゃんは40くらいの気弱なおばさんだから」
「今はもういないって言うのは?」
六花は恐る恐る尋ねる。
「……去年亡くなったんだ。老衰。私もそれなりに良くしてもらってたし、お婆ちゃんみたいで嫌いじゃなかったよ」
「……そうでしたか」
ギプソフィラは無表情に、無感動に言い放ったが、「嫌いじゃなかった」と言った時、ふと優しげな表情を浮かべた様に六花の目には映った。
コンテナに乗り込んで50分ほど経った。一度ダムで停まったときにコンテナが開かれた以外大きな問題もなく、無事目的地へと辿り着いた。
「……開いたらコンテナの手前の方から中身が出される。隠れられるスペースはどんどん無くなっていくからタイミングを見て外出るよ」
「出るって言ったって」
「大丈夫。施設側の職員は一人で運転手たちも積み下ろしの方に集中するから、ささっと出れば見つかることはまずない。それとも足には自信ない?」
ギプソフィラは自分の足をたたいて見せた。煽るような態度に六花はカチンときたが、発破をかけることが目的だろうと分かると口角を上げた。
「……誰がっ」
六花はギプソフィラに続いてコンテナを降りた。
外は搬入口兼倉庫になっており、体育館ほどの広さがあった。薄暗く、大型の倉庫ラックに囲まれた空間は最先端技術の研究施設だというのに若干の埃っぽさがあった。
積まれたダンボールの隙間を縫うようにして走る。積み下ろしをする運転手たちの視線を切って六花は前を走るギプソフィラを追いかけて部屋の外へ出る。
「――こっち」
ギプソフィラは六花が廊下に飛び出した時には既に隣の個室に飛び込んでいた。
(早い。って言うか……)
倉庫のような場所を抜けると白を基調とした清潔感の漂う病院のような光景が広がっていた。青白い電灯に照らされた廊下だけでSF映画の中に入ったのではないかと疑ってしまうほど現実味がない。
先ほどの倉庫とはまるで別物。圧倒されつつも六花はギプソフィラの入った部屋へと体を滑り込ませた。
部屋の中は隣の倉庫同様薄暗く全体がよく見えなかった。金属製のラックやカゴ台車、木箱などで両サイドの壁が埋められており、窮屈な印象を受ける。
「……ここは?」
「ゴミの集積所ってとこかな。そこのシャッターはすぐ隣の搬入口につながってるからゴミを運び出す前の一時保管場所になってる」
確かにギプソフィラの言う通りそこにはシャッターがあった。シャッターを開ければ搬入口に止めたトラックに直接荷物を積み込めそうだ。
ギプソフィラは天井を指差す。
「君はこっから上に行くんでしょ?どう登る?ラックをよじ登るの?」
天井には50センチ四方の小さなフタがあった。点検時にはここから天井裏に入るのだろうが部屋の中にはハシゴの類がない。ギプソフィラは自分よりも背の低い六花がどう天井に登るのか興味があるようだ。
六花は天井のフタを確認する。目地タイプの点検口の端にフックが埋め込まれているのを見つけた。先の曲がった棒などを引っ掛けて引くことで開けられる構造をしている。
六花はウェストポーチからゴーグルを取り出しながら話す。
「こうします」
六花はゴーグルをつけると、ベルトのワイヤーを天井に向かって放った。タイミングを見てベルトのボタンを操作し、カラビナのゲートを開く。ワイヤーを器用に波打たせ、フック部分にカラビナを通した。ワイヤーを引いて点検口を開く。
「やるじゃん。で?」
「あとはもう片方のワイヤーで登るだけですよ。これから先は別行動ですね。非常口についたら教えてください」
「はーい」
六花は彼女の返事を聞き届けると、もう片方のベルトワイヤーを点検口の中へと放り込む。
再びワイヤーを波打たせケーブルラックに巻き付ける。思い切りワイヤーを引っ張り体重をかけても問題がなさそうなことを確認し、巻取りを開始。六花の体躯は一瞬にして天井に消えた。
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